身分証明
先ほどまでの微妙な空気は、街を視界に入れてから一気に吹き飛んだ。
それも当然だろう。
何せ、俺が一年あまりも夢にまで見た街が手の届く距離に存在しているのだから。
「ヒャッホー! 街だ街だ、街だぁーーー!!」
俺のテンションは爆上げである! 意味も無く踊りまっせぇ!
突然パラパラを踊り出した俺を、呆然と見つめる雷電の人達。
……あぁ、雷電ってのは、ディーン達のチーム名である。
彼らは冒険者ギルドに登録している冒険者なのだそうで、ディーンの魔法剣の技である雷を象徴したチーム名を名乗っているらしい。
ちなみに、冒険者にはランク制度という面倒臭い物があるそうなのだが、チーム雷電の面子は全員Cという高ランクに位置するんだと自慢気に教えられた。
凄いよね。普通に感心しますよ。
ただ、ランクCってのがどんな風に凄いのかは良く分からんがな!
だって基準が分からないのだから仕方ないでしょ?
なので、雷電の皆には"凄腕の冒険者なんだね“と笑顔付きで誤魔化すように言っといた。
まぁ、それは兎も角、念願の街に到着です!
肉料理や魚料理を満足するまで食べたい! 食べまくりたい!!
そんな風に考えている俺に、まるで"待て“と指示された犬のような現実が待っていた。
黒く高い壁に囲まれる街に唯一ある入り口、そこでは五十人ほどの行列が出来ていたからだ。
「今日は多いな」
「ここ二ヶ月は、モンスターの数が少なかったからじゃないか?」
「多分そうでしょうね。安全に移動出来ることなんて少ないから、今のうちに街を移動する商人が多いのかも知れないわね」
行列を見てガッカリしていた俺とは裏腹に、雷電の面々は行列の多さの理由を話し合っていた。
へぇ~、二ヶ月間モンスターの動きが鈍くなってたんなら、もしかしたらそのお陰で俺は比較的安全に草原を歩いて居られたのかも知れないな。
ラッキーだったんじゃない?
うん、ラッキーだったかもね。
「何時もだったら、もっとモンスターの数が多かったりするの?」
「そりゃそうよ。冒険者としての仕事で街の外に出る時は、最低でも二回はモンスターに襲われるわ。
キリュウ君はダンジョンを攻略してるけど、それでも一人で街の外に出るのはお薦めしないわね。少なくとも、二人以上で行動するようにした方が良いわよ」
ふむふむ、ミーナの忠告はもっともですね。
実際、俺が草原を一人で歩いていて思ったのだが、小休憩や睡眠を取るような長時間の休憩の時は、ある程度の人数が居れば交代で休憩出来るのに、と何度も思っていたのだ。
俺は文無しなので、雷電の面々から話を聞いて冒険者ギルドで登録してお金を稼ごうと思っているのだが、その時には誰かとチーム………彼らの言い方で言うと、パーティーと言うらしいが、そのパーティーを是非とも組みたいと思っている。
まぁ、俺みたいな六歳児とパーティーを組んでやろうって奇特な人が居れば、の話ではあるが……。
そんなことを考えている間に、行列が半分ほど消化されていた。
そして、門番と思われる革鎧を着た男性が、槍を右手に持ったまま笑顔を浮かべて此方に駆け寄って来た。
「よぉ、お疲れさん!」
「人が多くて大変そうだな」
「いやいや、それほどでもねぇよ。
ん?……そのガキはどうしたんだ? 護衛依頼でも請けたのか?」
「いや、そうじゃ無いんだが………少しややこしい話でな。
人の少ない所で話がしたい」
「……まぁ、別に良いけどよ。
なら、詰所で話を聞かせてくれ」
気の良さそうな門番と、ダンディーなディーンが会話を繰り広げる。
そして俺が話題に上ると、ディーンが渋面で場所を変えさせてくれと頼んでいた。
その結果、行列を無視して俺を乗せた荷馬車は十メートルはある門の真下へと移動する。
いやはや、デカイ門ですねぇ。
内心で感動の言葉を呟いている俺を、ディーンが片手でヒョイっと抱え、まるで樽を運ぶかのように門の真下にある詰所へと入って行く。
俺はされるがままである。
そして、椅子に座らされると、気の良さそうな門番さんとディーンの二人の会話が再開された。
「草原でたった一人で彷徨いていたのを見つけたんだが、話を聞いてみると、どうやら頭を打って記憶が無くなったらしいんだ」
「……聞いたことが有るぞ。確か……記憶喪失っていう症状だろ?」
「症状の名前までは知らないが、多分それで間違いないと思う。
以前、俺の故郷で同じような症状の奴が出たことがあったんだ。この坊主……キリュウって名前なんだが、このキリュウはその故郷の奴より重症らしくてな、何も覚えて無いらしい」
「そりゃまた……可哀想になぁ……」
うむ、可哀想だよね。そんな奴を目の前にしたら俺でも同情すると思う。
ただ、俺のは仮病なので、門番さんの同情的な目線が心苦しいです……。
そんな門番さんに、ディーンは今までとは違う小さな声で語り掛ける。
「更に問題が有るんだが……こいつがかなりの事情なんだよ」
「記憶喪失よりも?」
「あぁ、実はな……」
ディーンは訝しげな表情を見せる門番さんを無視して、一旦言葉を途切らせると詰所の外に視線を向けた。
多分、誰も聞いて居ないのを確認したのだと思う。
ディーンは外に向けていた視線を、再び門番さんに戻すと言葉を続ける。
「キリュウの種族が問題なんだよ」
「は? 坊主……キリュウだったか? キリュウはヒューマンに見えるが?」
「いや、ヒューマンじゃない。
キリュウは……ハイヒューマンだ」
呆然、無言、絶句、そんな感じの表現が当てはまるような表情を見せる門番さん。
暫くポカーンとして口をアホみたいに開けていたが、唐突に笑いだした。
「は、ハハハ! ディーンが冗談とは珍しいな!
お前と知り合ってから五年が経つが、お前の口から初めて冗談を聞いたぞ!」
笑い続ける門番さんは、その後は珍しいと連呼しながら更に笑い続けた。
そんな門番さんに、ディーンはジト目を向けて大きく溜め息を吐いた。
「はぁぁぁ………取り敢えず、キリュウは身分証明をする物を持ってないからマジックアイテムで調べろ。
街に入る為の入場税は俺が払う」
「ハッハッハッ! はいはい、少し待ってろ。クックックッ、直ぐ持って来る」
門番さんが詰所の奥に姿を消すと、再度深い溜め息を吐くディーン。
そんなに溜め息ばかりを吐いていたら、幸せが逃げまくりでっせ!
直ぐに吐いた息を吸い込むんだ!
などと取り留めも無いことを内心で呟く俺の下へ、門番さんが握り拳くらいの大きさの水晶球を持って戻って来た。
その水晶球は、ダンジョンで見た物とあまり変わらない。唯一の違いは、色だろうか?
ダンジョンの水晶球は透き通るような無色透明だったのに対して、目の前の水晶球は緑色をしている。
「キリュウ、この水晶球に手を当ててくれ」
「手を当てるだけで良いの?」
尋ねる俺に、ディーンは優しく微笑みながら頷いた。
安心させる為のその笑顔、まさにプライスレス!
俺は促されるままに水晶球に手を当てる。
すると不思議なことに、水晶球にスウッと音もなく文字が浮かび上がった。
俺はそれを見てビックリするが、俺以上にビックリしている人が居る。
その人は、水晶球を持って来た門番さんである。
彼は、二度見、三度見、四度見と水晶球と俺に視線を交互に向けていた。
そして暫くすると、小さく"マジかよ“と呟いてドスッと大きな音を立てて椅子に座った。
驚き過ぎじゃない?
俺からしたらそう思うが、絶滅した筈の種族が目の前に現れたら俺もこんな反応になるのかも知れない。
まぁ、それは兎も角、俺も水晶球に浮かんだ文字を読んで見た。
水晶球には、"六歳、男、ハイヒューマン、犯罪歴無し“と書かれている。
犯罪歴の所を見て、ダンジョン内で冒険者と思われる人の遺品をネコババしていたことを思い出し少々焦ったのだが、問題にはならなかったようで安心したよ。
ホッと胸を撫で下ろす俺を見たディーンは、苦笑しながら口を開いた。
「これは身分証明の為の物だ。別にキリュウの身に何か不都合なことが発生する訳じゃない」
俺を気遣ってくれるダンディーなディーン。
どこまでもダンディーでクールで完璧超人であるらしい。
こいつはモテるやつに違いない! リア充め!!
まぁ、とは言うものの、俺も日本に居た時は普通に彼女が存在していたけどな。
ともあれ、ノホホンとした雰囲気の俺とディーンを他所に、門番さんは恐る恐る震える声で口を開いた。
「これヤバくねぇ? マジパネェ、ハンパネェ。
これは上司に相談しなくちゃならないやつじゃねぇ?」
「俺が知るかよ、ハインツの仕事だろうが。
……だが、もし人に話さなきゃならないなら、上司ではなく直接領主様に報告した方が良いだろうな。
ハイヒューマンのことが噂になるようなことは出来るだけ避けた方が無難だろう」
門番さんの名前はハインツと言うのか……何かカッコ良いな。
だけど、そのハインツはパニックのせいかアホの子みたいになっていて、とても名前のようにカッコ良くはない。
パネェパネェと五月蝿すぎだと思う。
もっと表現方法を模索した方が良いんじゃない?
いや、まぁ、俺がパニックになっていた時は、犬のような遠吠えをしたり一人寂しくパラパラを踊ったりしていたので、それに比べたら遥かにマシだけどね。
ハインツはディーンの言葉を耳にして、"パネェ! 確かに、パネェ! ハンパネェ!“と叫びながら、ディーンから俺の為の入場税を受け取っていた。
ちなみに、ディーン達は冒険者であるので、入場税は払わなくても良いらしい。
冒険者は街の外に出るのが基本なので、そんな冒険者から入場税を取っていたら、冒険者が街に寄り付かなくなるのでそんな待遇になっているようだ。
ディーンは、いまだにパニックになっているハインツを無視すると、俺を再び小脇に抱える。
そしてそのまま俺を荷馬車に乗せると、御者台に上るなり直ぐに馬を進め始め門を潜った。
俺は荷馬車の進行方向へ笑顔を浮かべて視線を向ける。
そこには、俺が予想していたよりも素晴らしい光景が広がっていた。