ハイヒューマンの悲劇
な、何だなんだ!? どうしたんだ、君達?!
物凄い形相で俺へと視線を向ける面々。
ハイヒューマンの何がいけないのだろうか?
もしかして、人種差別とかあるの? え、それは嫌だなぁ。
まぁ、地球でも人種差別があったし、このエルドラドって異世界は地球以上に人種が多いのだから複雑なのだろう。
そう考えれば、人種差別があったとしても仕方がないとも思える。
だが、ハイヒューマンが差別される理由って何だろうね?
当然俺は知らないので、普通に聞こうかな、とも思ったのだが、差別している相手に素直に教えてくれる訳はないだろう。
それに、その前に荷馬車から降ろされるかも知れません。
そんな不安を抱いていたのだが、それは直ぐに杞憂だったことが判明した。
その理由は………
「「「「「ハイヒューマンは絶滅したんじゃなかったのか!?」」」」」
oh………マジで?
差別じゃなかったのは良いんだけど、ハイヒューマンが絶滅してるってのは不味いのではなかろうか?
人に自己紹介する度に、この人達みたいに驚かれるのはウザ………いや、面倒臭い。
「……本当にハイヒューマンなのか?」
ディーンが代表して静かな口調で尋ねて来た。
やっぱり冷静になるとダンディーっすね。
俺もディーンに対抗してダンディーっぽく答える。
「……あぁ、確かにハイヒューマンだ。
しかし、残念ながら俺はそれを証明する術を持ってはいない。
……悪いな」
滅茶苦茶ダンディーっぽくない?!
これでもかとダンディーっぽさをアピール出来たと思います。
でも、どうやらそれどころではないようで、皆はお互いに口々に自身の考えを述べている。
なんか無視されたみたいで悲しい……。
なので、もう一度ダンディーっぽく………と、ここでレナが何やら興奮した様子で口を開いた。
「街に入る時に身分証明の為の物を持ってない人物は、マジックアイテムで確認されるから直ぐに分かる筈よ」
「そうね。
でも、本当にハイヒューマンなら凄いことじゃない?!」
「確かにな! ハイヒューマンは絶滅してから千年は経ってるって話だし、これはスゲェことになるかもな!」
スゲェとか凄いとか言われているが、ハイヒューマンの何が凄いのか本人の俺ですら分からない。
ただ単純に、絶滅したと思われていたからなのかも知れないが、ハイヒューマンである俺は別に何も感慨深いことも無い。
なので、ふ~ん、と言うしかなかった。
しかしそんな俺の反応が理解出来ないらしく、ハイヒューマンがどんな種族なのかと詳しく説明された。
曰く、ハイヒューマンという種族は例外なく魔法が使えたそうで、しかもステータスの数値を自由に出来る種族特有のスキルを持っていたそうだ。
まぁ、それは知ってるよ。ただ、魔法に関しては知らなかったけどね。
でもそこで疑問が浮かぶのだが、内なるエネルギーとやらを感じる修行は一切なんの効果もありませんでしたけど?
そう思い、それを口にすると衝撃の返答があった。
なんと! 俺が長い間やっていたのは、魔法剣術士になる為の修行だったらしいのだ!
魔法を使う際には、イメージと自分に合う適性の属性を使うだけで発動出来るものなのだそうだ。
勿論、三千人に一人という確率で魔法を扱う素質が有れば、という注釈は付くが。
そして俺がやっていた修行は、上手くいけばスキル欄に魔力操作というスキルが出現するらしい………まぁ、つまり、魔力操作というスキルを取得出来るということだ。
そしてそして、それを取得すれば、魔法とは異なる武器と魔法を合わせた攻撃を出来るようになるらしい。
何か燃える展開ですね。
ハイヒューマンは例外なく魔法を使えるということなので、もしかしたら魔力操作のスキルも取得出来るかも知れない。
まぁ、それは兎も角、ハイヒューマンについての話はまだ終わらない。
曰く、ハイヒューマンは元々数が少なかったが、どの種族よりも長生きするのでなんとか存続していたようだ。
しかし、二千年前に激化した戦争によって、たった一人のハイヒューマンを残して全てのハイヒューマンは死んだのだそうだ。
そしてその最後のハイヒューマンも、千年前に寿命で死んだらしい。
うむ、悲劇の種族な訳ですね。
しっかし、何で俺はハイヒューマンなのだろう?
まぁ、それは別に気にすることでもないだろうし、特に気にもならない。
ちなみに、ハイヒューマンの平均寿命は、千年だと伝えられているそうだ。
凄い長生きする種族だったんだね、ハイヒューマンって。
俺もそんなに長生き出来ると良いな。
そして、まだハイヒューマンについての話は終わらない。
曰く、ハイヒューマンと別の種族との間に出来た子供は、高いステータスを持つことが確認されているそうで、二千年前にはハイヒューマンを種馬、あるいは苗床として半ば奴隷のように酷使していたらしい。
超怖いんですけど!
俺ってヤバくない? どっかの権力者とかに拉致されて種馬とかにされそうで怖いんだけど……。
街に入る際に身分証明をする物を持ってないと、マジックアイテムで犯罪歴の有無を調べるそうなのだが、その時に種族も自動で読み取る水晶が有るらしいので、嘘を言っても簡単にバレる。
当然俺は身分証明をする物を持ってないので、そのマジックアイテムで調べられることになる訳だ。
そうすると、その場は目の前で興奮する人達のようにある種のパニックが起きるかも知れない。
そしてその結果、俺は悪徳貴族とかに捕まって奴隷に………なんてことがマジで有り得そうでワロエナイ。
全然、ワロエナイ。
何か街に行くのが嫌になってきた。
って言うか、行きたくない。
そんな俺の不安を感じ取ったのか、ダンディーな男であるディーンは、これまたダンディーな渋い声で安心するように告げてきた。
「心配するな。子供が云々って所に関しては、根拠のない噂でしかない。
事実、研究者の間では眉唾の類いらしいし、二千年前にハイヒューマンが奴隷にされていたのは、全員が魔法を使えるからだというのが本当の理由だと判明している。
第一、キリュウも知っているだろうが、今は世界中の国が奴隷禁止という法律を作って千年以上にもなる。
まぁ、犯罪奴隷は別だがな」
おうふ………ビビったぜぇ。
本気で街に行くのを止めようと思ってたよ。
肉料理とか魚料理とか、もう全部諦めても構わないと思えるほどビビった。
それはそうと、この世界でも奴隷禁止なのですね。それは人権の観点から言っても当然だと思います。
素晴らしいの一言ですよ。
ただし、犯罪者は奴隷になるらしいけど………とは言っても、日本でも犯罪者は刑務所で刑務作業に従事しなければならないし、この世界の犯罪奴隷もそれと似たようなものだと思われる。
実際、ダンディーなディーンがそう説明してくれた。
でも、日本の犯罪者が行っている刑務作業とは隔絶した重労働のようですよ。
なんでも、炭鉱で働かされるらしいからな。滅茶苦茶キツいだろうね。
犯罪駄目! 絶対駄目! ってことを肝に命じとこうと思う。
ひょんなことでハイヒューマンの悲しい歴史を学んだ後、俺はダンディーなディーンに何故たった一人でダンジョンに入ったのかと尋ねられた。
そこは流してくれてると助かったのだが、ディーンはダンディーなだけではなく、冷静でもあったらしい。
完璧超人かよ! ディーンのやつめ!!
まぁ、尋ねられたのは仕方ないので本当のことを話そうと思い、俺はゆっくりと口を開いた。
「ふと目を覚ましたら、そこがダンジョンの中だったんだよ」
「うん? ……意味が分からんな。
もう少し、詳しく説明してくれ」
ディーンは眉間に深い皺を寄せて、更に詳しくと告げて来た。
うん、そらそうだよね。
俺がディーンの立場だったら、同じ反応をしてると思います。
ディーン以外の面々も同様の反応を示していて、俺が詳しい説明をしない限りはこの質問から逃れられないようだ。
なので、少しだけ嘘を混ぜつつ答える。
「何て言えば良いのかな……簡単に言うと、目を覚ます前の記憶が無いんだよね、俺。
だから、さっき皆が教えてくれたハイヒューマンに関することや、常識についても全然知らなかったんだ」
「嘘!?」
「おいおい……」
「えぇ?!」
「マジで?!」
昭和のドラマや映画でよくあるネタの記憶喪失。これで上手く騙されてくれると良いんだけど……。
彼ら………って言うか、ディーン以外の面々は、俺の説明を聞いて驚いているが、残り一人は訝しげな表情を浮かべて考え込んでいる。
その一人は、勿論ダンディーなディーンである。
ディーンは驚く面々を無視して、小さくではあるが不思議とその場に居る全員の耳に入るような声で呟いた。
「……そう言えば昔、俺の住んでいた故郷で頭を強く打った奴が居た……そいつは頭の怪我は無事に直ったが、一年ほどの記憶が無くなっていたことがあった」
ディーンの呟きを耳にした面々は、無言で俺へと視線を向けた。
そして、もう一度その視線をディーンに移す。
「それじゃあ、キリュウもそいつと同じような症状ってことか?」
「……あぁ、おそらくな」
クロウがディーンに尋ねると、ディーンは渋面で答えた。
その二人のやり取りを見ていたヴェル、レナ、イーナの三人は、同情の色が多く含まれた目で俺へと視線を向けた。
うむ、上手くことが運んで良かった。
でも、何か………ほんとスイマセン。御免なさい!
騙したみたいで………いや、完全に騙してるんですけど、でも仕方ないんですよ。
何せ、"俺は異世界から来たんだよーん!“とか言っても絶対信じて貰えないだろうしね。
俺が少し心苦しく思いながら無言で座っていると、そんな俺を見たレナが何を勘違いしたのか慰めるように頭を撫で始めた。
しかもその後、それが伝染したのかクロウもヴェルもイーナも俺の頭を撫でた。
そして、最後にダンディーなディーンですら皆と同様に俺の頭を撫でる始末だった。
……罪悪感で俺の心が張り裂けそうです。
……御免なさい……許してちょ!
俺からしたら微妙な雰囲気に包まれる荷馬車の上で、暫く心痛を感じながら過ごしていると、荷馬車が進む方向の遠くに高い壁で囲まれた街が視界に入った。