0030 死者蘇生
俺らはとりあえず村から離れた。少なくとも俺にとって良い気分のする場所じゃないし、ルッツもここにとどまる理由が無いと感じているからだ。
トーンという街までへの道のりは前とは違く、生き物に草花、土の踏み心地までも新鮮だ。前の世界では見なかったものがたくさんある。
空気が綺麗と感じるのは木が外敵を追い払うための物質を出しているからであると聞いたことがある。空気が綺麗であると感じるほどその周辺の樹木は生命力に満ち溢れていると言えるのではないだろうか。
ルッツも外の景色に意識が引っ張られているように見える。研究者気質の人間は未知なものがある事が罪だと思っている節があるが、ルッツはそれと同じには感じない。ある程度当然ではあるが。
森というものは得てして迷いやすい。木を避けたり、地面のちょっとした歪みで身体が傾くだけで道が少しずつ逸れてしまう。そして周りが同じような木だから、逸れたことに気づかないのだ。俺らこそ真っ直ぐ進むことくらい造作もないことだ。言葉で表すのは難しいが、無理やり説明しようとするならば『見える景色全てを座標化し、座標と座標を伝うように進む』と言ったところか。もっと簡単な把握方法があれば他の人にだって教えられるんだが、そんな事よりもこの先のことを考える方が有益であると考えてしまう。
さて、何故迷いやすいかという雑学を頭のなかで反芻していたかというと、目の前に人であったと思わしきものが落ちているからだ。食い散らかされたのか血があちらこちらに飛び散り、ほとんど骨しか残っていない。すでに乾いていることから死んでから時間がたっているだろうと予測ができる。近くに人を殺すだけの能力を持つ生物がいると留意しておいた方がいいだろう。もっとも、そんな生物は掃いて捨てるほどの種類があるのだが。
近くに死体がある事の有用性を考え、折角だから実験をしようと思った。能力を手に入れて霊力が無限の可能性を秘めていると知ったがゆえに手に余っている節はあるが、それこそさっきの話ではないけれど、未知のことを解明していくのは楽しい事があるということを否定することはできない。『真理』で全て解決することは出来てしまうが、頭を使った感じがしないからどうしてもつまらない。最悪の場合でもどうとでもなるのだから、デメリットを避ける動きよりもメリットを重要視する動きをするべきだ。今の場合では俺が楽しいといったところかな。
恐らく身体が作り変わっているのだろう。右の手のひらを上に向け霊力というものが体内にある姿を想像すれば、蜂蜜酒のような色の液体が手のひらの上を濡らす。これが霊力なのだろう。手汗だったならあまりに情けない。あとはこの液体を死体にかけるだけである。感覚ではどのくらい出しているのかがわからない。
ついさっき擬人族を死損じたものどもと同じ状態にするのに適当にこの液体をかけていったから特徴はある程度把握している。多く含まれるものはただ死体が歩いているように見えるが、少なければただの骨である。一番中途半端な状態がひどいもので、腹が膨れ上がったり、一歩歩くたびにカラダから皮膚が溶け落ちたりしていた。
霊力が少ないと死体の損壊の速度が上がるのではないかと予想しているわけだが、ここで疑問になるのが霊力をありったけ詰めた場合である。光速を超えたら過去へ行けるように、ある程度の境目を越えれば逆に身体が修復されるのではないかとは思うのだが、どうにも初めてのことである。何が起こるかわからない。詰むことはないだろうが。
蜂蜜酒のような色の液体が下に向かって落ちている姿は、どうにも汚いことをしているようで不快だと思った俺は、頭蓋骨にあたる部分を掴んだ。そのまま霊力を垂れ流す。ルッツは周りの植物に興味があるのか、見たことのない道具を取り出して何かをしている。サンプルの採取であるとは思う。俺がルッツの行動を見ていると、ルッツが気がついたのかこちらを見る。そしてこちらに異変がないのを確認すると作業に戻った。こういう所はやはり愛想のない奴だとは思う。愛想はある、ないじゃなくて作り出すものだと俺は思っているが。
数分間霊力を垂れ流し続けた。俺が有していた霊力のどのくらいが注ぎ込まれたのか把握できないが、ある程度消費しただけの価値はあった。死体は逆再生しているかのように筋組織、皮膚、神経に脳細胞に至るまでが作られる過程を見せた。容姿が見たことない人物であることから、これで霊力を用いることで死者を形だけでも生き返らせることができることが分かった。これでも重大な利益だが、それよりも重要なことがある。
身体が形成される最中、前の世界の人間にはありえない器官が右肩の下あたりにあった。肺の間を縫うように存在するそれは、恐らく霊力を保存する場所ではないかと予想している。あくまでも予想だが、それ以外に変わった部分もないのではないかと思う。外的要因によって身体能力が強化されていると考えた方が良さそうだ。
これの何が重要かといえば、この狙いやすい右肩のあたりに弱点があるという事実だ。もし霊力が喪失されることがあれば相手の大幅な弱体化が狙えるだろう。また自分もここへの攻撃の警戒をする必要があるというわけだ。まあどこだって攻撃されたくはないが。
「四肢を動かすな。口に出して自己紹介をしろ。」
まずはこの死損じたものの動作テスト。骨ではないのだから死損じたものどもとは違うとは思うんのだが、どうせ仮称だ。そこまで気にすることないだろう。
少しエラの張った顔に細くて高い鼻。切れ長の鋭い目は青色で、少し左側が斜視だ。髪は、特徴を表すには少々失礼な表現だが黄土色といったところだろうか。
そんな平々凡々とした女性の顔が動いた。四肢は投げ出したままだ。
「はい。わたしはココノと言います。わたしはモネグロという街で生まれました。商会の娘でしたので商会の権威を伸ばすために嫁に飛ばされるところなのですが、わたしは顔が醜いので勘当されてしまいました。モネグロの商店はほとんどがわたしの親の居る商会が牛耳っているので実質モネグロから追い出されました。この先を進めばトールという街があるのですが、そこに向かう途中に男に会い、それからの記憶がありません。以上です。」
過去の『ココノ』が残っているかは分からないが、少なくとも思考能力は充分であると確認した。次だ。
「俺の質問に全て答えろ。分からない場合は、なんでも良いから予想を述べろ。」
「かしこまりました。」
さあ、実験はまだ始まったばかりだ。




