0002 職業:ストーカー
まず走っていて分かったことだが、とにかく身体能力が向上している。マサイ族にボルトの能力を押し込んで体力が減らないようにしたといえば良いだろうか。流石異世界。これが俺限定のチートであってほしい。
音がだいぶ近くなったのを確認した。俺は木の陰に隠れ、音の方向を覗き見た。
暗がりとは言っても、まだ日は完全には沈んでいない。ギリギリ見えたのは馬。恐らく馬車馬だろう。馬車が近くにいる可能性が非常に高い。
俺は服に土をつけ、貧相な見た目にした後に、馬車に向かって走り出した。
馬車の様相は以下にも馬車、といった感じだ。いわゆる幌馬車だろう。周りには槍や剣を持った人間が追随していた。護衛である可能性が高い。
そこまで見たところで笛が高らかになり、護衛(仮)が武器をこちらに突きつけてきた。だが、予定通りだ。俺は大声で、
「助けてくれ!仲間が森の中に居るんだ!」
と言いながら武器を突きつける人の腕を掴んで倒れた。
だが、
「黙れ!お前のようなやつが信用ができるわけがなかろう!」
と言われて腕を振るわれて飛ばされた。
「去れ!それが出来ぬのなら殺すぞ!」
こりゃダメだな。撤退することにしよう。
俺が逃げるタイミングを見計らっていた時に、中から声が聞こえてきた。
「助けましょう。何かしらの脅威はありますか?」
おっと流石に想定外。逡巡していると、
「幾ら何でも許せません!そのような判断をすると死にますよ!」
今回は護衛が正しい。大正義だ。
「私の能力を知っているでしょう?この方は嘘をついていませんよ。」
「嘘をつかずとも騙すことはできるのです!」
「そんなこと言ったら全て疑わなくてはいけなくなりますよ?」
「当然です!貴族たるお方が疑わずしてなんとしましょう!」
口論は続く。そこで俺は、
「貴族様!嘘を見抜けるとは誠ですか!」
と聞く。予想通りなら…
「貴様は口を開「その通りです」くっ…!」
コントかよ。俺は内心で笑いながら、
「私は貴族様たちに全く危害を加えないと誓います。」
「貴様ぁ…!口を開くなと言っているのだ!」
刃先当たってやすぜ。もうそろそろ『貴族様』から応答が来るでしょ。
「……止めなさい。彼は嘘をついていませんよ。危害を加える気は一切ありません。」
「しかしっ!」
「止めなさい。」
大変に頭の悪い主人を持つと大変だね〜。非常に大変だ。かわいそうに大変だろうなー。
頭の中に大変という言葉が飛び交っていると今まで何も話していなかった剣持ちの人間がこちらに歩いてきた。
そしてなんのためらいもなく、俺の首目掛けて剣を振るった。
俺の人外じみた動体視力は、その剣の太刀筋まで読めた。身体を半回転させ、それを避ける。地面に剣が刺さると剣持ちの男は、
「3数えるうちに離れろ。さもなくば殺す。」
そういうと、剣持ちの男は剣を鞘に収めた。中の人間が抗議しているようだが、この状況でついていくと逆に被害が出る。俺は大人しく引き下がった。
道中、雑草を千切り草笛をまた作る。そしてピッ、ピッーと吹いた。
元の場所に戻ると、ルッツがのんびりしてた。
「どうでしたー?」
「馬車をストーキングして街を見つけるぞ。恐らく今日は徹夜だから覚悟しとけよ。」
「了解でーす。」
状況は芳しくない。どちらもモチベーションを上げるためにバカな会話をしてると分かっているから虚しいだけ。
俺が駆け足で進むと、ルッツはすぐにばてた。
「や……ヤツナギさん……ゴホッ、早すぎです…ゲホッゲホッ」
「おんぶかお姫様抱っこのどっちが良い?」
「頼みますからお姫様抱っこだけはやめて下さい…。」
俺はルッツを背に担ぎ、走り出した。
後ろから「はやっ!ちょっ、早すぎでぶっ!ひ、舌かんだ……」とか聞こえない。全然聞こえん。
馬車には数分で追いついた。500メートルほど離してついていくことにする。
馬車は休憩せずに歩き続けるようだ。護衛もさっきの人とは違うことから、何人かが交代する形なのだろう。
歩くこと数時間。1日が24時間ではない可能性も、日が出ている時間が短い可能性も、下手したらもう太陽が出ない可能性だってある。まぁそこまで言うとキリがないんだが。
というわけで俺たちは今、完全な暗闇の中歩いている。1キロほど距離を開けているので石につまづいたりしてもまずバレない。今はこの人外じみた五感に感謝だ。人間やめるって変な気分だ。全能感と喪失感が同時に襲ってきてて暴れたい。ていうか別に地球じゃないし暴れてよくね?
ルッツは何が不満なのかさっきから全然喋ってくれない。ちょっと寂しいが、もともと孤独だった俺には数時間会話なしなど苦にはならぬわ!
ちょっと自分で言ってて悲しくなってきた。
ああ、暴れたい。こんな破壊衝動は前まではなかった。身体に精神が引っ張られている状態って奴かな?
「ルッツ君。私事で非常に申し訳ないのだが、1分ほどで戻るからその場で待機していてくれ。」
そういうが早いが、俺は後方へ全力で走った。20秒ほどで走ったらだいたい250メートルくらいか……。割と化け物だな。
目の前にあるのは至って普通の木です。ちょっと大きいけどね。
俺はこの木の幹を蹴り砕いた。うん。すっきりした。
そしたら猛ダッシュで戻る。さっきと同じ様な早さで戻ってくることができた。
戻ってもルッツは見つからない。なんたって暗すぎるのだ。呼吸音は聞こえるため近くにはいるのだろうが、探すのが面倒だ。
「ルッツー、戻ったぞー、進むぞー。」
そういうと後ろに気配を感じた。確認してもルッツで間違いない。声を出してくれないから確認が面倒だなー寂しいとかそういうわけじゃないけど面倒だなー。
前方に時々僅かな光が見える。馬車から出る光だ。
月明かりに照らされないことに違和感を感じながら、俺たちは馬車についていく。
さて、街につけるかな?