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0027 定義

未だ朝の残り香匂う森の中。本来、虫や野鳥に動物などの生物で溢れているはずの生命の力を感じる森は、今は耳が痛いほどの静寂に包まれていた。

俺とルッツのいる場所もまた通常の森とは、森と言わずともまともな光景からはかけ離れている。背後にはら二人分の死体が転がっているのだ。それだけではない。あたりに動物、虫、果てには人間の骨、骨格などの死骸が散乱している。それらはついさっき出来た新たな湖の上にも浮かんでいて、湖面を覆い尽くすほどの量は、その湖が元々白色だったと錯覚させるかもしれない。そして眼前には外面のみが人間に見える巨大な骨、シオンの成れの果てがそこらの遺骸と同じように転がっていた。ここら一帯で生を主張するのは俺らと、植物のみだ。

ルッツはランプを湖に投げ込み、背を向けたまま俺に話しかける。

「まずはお疲れ様でした。状況の共有を行いたいところですけど、実はついさっきからどうしても質問したい事があるんです。いいですか。」

俺は能力の確認の為に死骸に触れながらも、耳を傾ける。なお、恐らくルッツは俺が質問を許可しなくても勝手に話すだろう。時間があるからルッツは回りくどい言い方をしているのだ。

「ヤツナギさん、だいぶ躊躇い無かったですね。シオンは確かに死んでいたのかもしれないし、実際中身は人間のソレとは遠くかけ離れてたですけど、それでも外面は人間そのものでした。僕、中身を確認するまで人間だと思っていました。体臭とかで人間かどうかって分かるんですか?」

それとも、とルッツはこちらを向いた。俺は顔を背けたままだ。

「それとも、ヤツナギさん、思考をいじりましたか?」

思考をいじる。そう、ルッツも俺の特殊能力が『自分も例外ではない』事に気付いているのだ。俺はシオンという化け物の歴史の全てを知っていて、その関係でステータス、そして能力といわれるものが仮初めである事が真実だということも知っている。そして、それに関してはルッツもだ。ルッツは俺にシオンとの対応を任せていた。それはシオンの発言、行動の全ての観察、ひいては嘘の有無についてもだ。結局シオンは人間では無かったわけだから、その情報の信憑性は百パーセントとは言えないが、それでも元々は人間だった者だから高い確率ではあるだろう。なので俺が何もルッツに伝えなかった時点で、ルッツにシオンの発言を疑う余地は無くなったのだ。

つまり、以上の事実を知ってしまった俺らは、より深く相手を把握する必要がある。特殊能力だけではない。ステータス、能力など関係ない。性格、行動、価値観、個人の能力。全てを把握してこそ、自由で柔軟な対応が可能になる。ここは包み隠さず話す方がいいだろう。ルッツとの関係が希薄になることは何としても避けなければいけない。ぬるいコーラのような人生は二度も経験したくない。まあ前の世界はあそこから楽しんでいくつもりだったけれど。

「後者だ。無論、俺だってデメリットには気付いてる。」

だけど…と続けたかったのだが、ルッツの呟きが耳から抵抗なく鼓膜を振動させ、頭の中を揺さぶった。

「個性の死……」

個性とは、免許証やパスポートといった身分証明書にあたるものだと俺は思う。パスポートが書き換わっていたら人はどう思うか。答えは言わずもがな。

「僕、分かりますよ。あれですよね、そう、土精霊!集団自殺を目の当たりにしたと言ってましたからね。そうじゃないかと最初から思ってましたから。だからこそその質問をしたわけですし。」

はみ出しものだと思われる。パスポートの改ざんならば社会のはみ出しもの。そして思考の改ざんならば、人間のはみ出しものだ。

「……そうだ。人間のはみ出しものだ。」

ルッツも人間だ。人間である以上、心理学の基本となる部分は通用する。いや、たとえその知識を持っていなかったとしても伝わるこの狼狽と気遣いが、心に刺さる。

「何言ってるんですか。貴方前にお前は人間だとか言ってたじゃないですか。もしかして覚えてないんですか?」

「いや、俺は人間であって人間じゃない。」

人間の定義とはなんだろうか。

前の世界では、頭部以外の毛髪が薄くある程度の社会性を持った、二足歩行する哺乳類の事を『ニンゲン』と呼んでいた。今はどうだろうか。

「…………。」

ルッツは目線を下に落とし、足元の骨を転がし始めた。

今は少なくとも、前の世界では『ニンゲン』と呼ばれていたものと同じ特徴を持つ生物が存在していた。ならば『ニンゲン』を証明するものはなんだろうか。

「………人間とは。」

ルッツが呟くように話す。いや、独り言なのかもしれない。

「人間とは、いや、種とはある一定の能力を持った仲間の集まりです。相手にどのような印象を与えるか。どこに手が届くか。性行為の方法、出産の方法。独特な社会性に知能の高さ。」

ルッツは確信のある話し方をしている。足元の、大腿骨であろう骨が、パキンと折れた。

「あらかじめ知能ある生物は枠を決め、そこに生き物の定義を、納得できる理由をつけました。個体一つ一つに名前をつけ、それを記憶する能力が無いからです。『ニンゲン』含めた生物の限界ともいえます。」

ルッツがこちらを向く。世界の全てを知り、先へと歩を進めようとした者の顔にしては、少しばかり近かった。

「全ての生物には個性が存在します。知能あるもの、無いものにも等しく個体一つ一つの特徴が存在します。虫が目の前を通り過ぎていくのも、象が鼻を左右に揺らすのも、植物の葉が伸びる方向も、どこかの誰かが踏み出す足を右足にした事も、ヤツナギさんがここで自らの存在証明について考えている事も全ては個性で、唯一無二で、覆しようのない絶対的なものです。」

ですから、とルッツは微笑んだ。

「『ヤツナギ クリュウ』で良いんじゃないでしょうか?」

その時の微笑みは、確かに微笑みだった。ルッツは初めて本当の笑顔を見せた。俺が初めて見た笑顔であった。それに、親に心を殺され、親を殺したルッツの、初めての笑顔だった。

――――――――――――――――――――

あけましておめでとうございます。すっかり遅れました。申し訳ありません。正直どう進ませて良いか皆目見当もつきませんが、頑張って参ります。

ちなみに大吉でした。良いことありそうです。

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