0026 自称邪神様の一人語り
「疑り深いヤツナギ君。君は、恐らくではあるが、他人のステータスを見る能力があるのだろう?どうだ、私のステータスを読み取ってみては。」
シオンがそう続ける。『真理』を用いると、確かにステータスは、表示されることはなかった。
「ステータス、分からなかっただろう。私の友人に、そのシステム、いや違うな。理を作った人間がいるんだ。面白半分に算出方法や技能なんかをバンバン作っちゃうからそれが常識になってしまってな。へへへへ、愉快だな、あいつは本当に。」
だんだん一人語りになっているのに気づいていないのか、シオンはそこからも喋り続ける。
「あいつは西軍が攻め込んできた時に、死んだのだろうか。私と同じく死んでいなければいくらでも方法はあるのだがな。あいつの能力は戦争に向いたものではなかった。だから私は東軍に、それも幹部に入れるのは反対だったんだ。あいつは、戦に参加するべきではなかった。なかったんだ……。」
シオンがなんか言っているが、今は聞く余裕がない。ルッツがまた後で教えてくれるだろう。
「私の能力なんて所詮はゴミからゴミを作り出してるに過ぎない。しかも燃費も最悪だ。それをあいつは改善してくれて、餌まで持ってきて、苦労していただろうに常に笑顔で。」
文章が長い。いくら俺が文章を読むのが早くても生物一人の歴史は膨大なものだ。要約したところであと二分はかかるだろう。
「それなのにあいつは、あいつは最後に、世界を改変した。広範囲に、広範囲に、致命的に。あいつは最後に、いつもと同じ笑顔で、『東軍の負けだな』と。あいつは、笑顔で泣いて、泣きながら!」
そろそろシオンがやかましいんだが。
「聞いているのか!あいつはずっと……、いや、君に押し付ける話じゃないか。申し訳なかった。ここに謝罪しよう。」
するとシオンがこちらを不思議そうにじっと見つめる。まずい、気づかれたか?
「ヤツナギ君、君は何を見ているんだ?私の後ろには何もないぞ。隣の少年が創り出した湖と、そこに浮かぶ害悪だけだ。」
そこにルッツが割り込んで会話する。
「質問があります。どうしてヤツナギさんの名前が分かったのですか?どうしてヤツナギさんの能力がステータスを閲覧することだと分かったんですか?」
シオンは言いたくなさそうな顔を浮かべるが、まるで意識と声帯の行動が乖離しているかのようにペラペラと喋りだす。
「私は、私の使役下に置いた者たちの見聞きしたものを知れる。それは音でも、光でも、空気でもだ。私はあの害悪どもの感覚をちょっと拝借して、何があったのかを聞いたんだ。また、『威圧』を軽々と突破して見せたからな。強靭な精神か、狂人的な発想か、能力を知る何かが必要だ。ヤツナギ君は知識が回るが、心はそれほど強くないようだ。むしろ磨耗していってるのではないか?」
「恐るべき洞察力ですね。僕から見てもその様な様子には気づけませんでした。」
「明け透けたお世辞は必要ない。私もヤツナギ君と同じように相手の能力を分析することが出来る……まさか、ヤツナギ君、君は……。」
チェックメイトだ。
「シオン。本名『シオン=デルヤード』。幼少期より霊力の扱いが上等だったシオンは、その後の戦争で軍部を担当する。」
俺は一歩、シオンに歩み寄る。彼は雪のように白い肌をより白くさせていく、そんな気がした。
「シオンの能力は『依り代に霊力を付与して擬似的に生物化させる』ものだ。シオンはその能力の関係上、活動を停止すると近くに存在した生物に能力が譲渡される。」
俺は一歩、シオンに歩み寄る。彼は骨のように細い足を二歩後ろに下げていく。
「シオンの能力の弱点。それは……」
「黙れ!『死を受け入れよ』、『死を増やせ』、『死よ、王の元に集うのだ』、死よ!死よ!命を燃やせ!何もかもを染め上げろ!死……」
「自身の戦闘能力は絶望的に低い事だ。また、指揮下の者たちも戦闘能力は高くなく、またシオンが活動を停止すると、指揮下の者たちはただの死体に成り下がる。」
俺は一歩、シオンに歩み寄る。彼は糸のように細い髪を振り回し、何か言葉にならぬことを叫んでいる。
「シオン=デルヤード自身も、死体に憑依した存在に過ぎない。彼は周期が来れば、また蘇るだろう……だからすまないが、二千年ほど眠っててくれないか?」
俺は一歩、シオンに歩み寄る。彼は棒のような腕を土に汚した。腰を抜かしたのだろう。ドサリと地面に座り込んだのだ。
「なんでもいいから、なんでもやるから!止めるんだ、殺さないでくれ!永い刻を闇の中で過ごしたんだ。ずっと害悪どもの恨みが、苦しみが、全部私にかかって、百以上の発狂ものの苦しみが、私にかかって、それでも耐え凌いだんだ。何度草が茂り、何度日が昇り、何度雪が降り、何度を死を望んだか分からない。それでも耐え凌いだんだ。死を乗り越えた私に、死を乗り越えた私に、止めろ、近寄るな、来ないで!誰か、誰か!」
「クハハハハ、死を操ると言われたものが、死を操っていたものが、死を恐れるとはなあ。俺だって、争いのないところから来たんだ。『人間』を殺すのは忌避してるんだ。」
「じゃあ……!」
「でもお前は死体だろ?それも生き返ることのが出来るっておまけ付きだ。少しぐらいその利益を分けてくれたっていいだろう?」
俺は一歩、シオンに歩み寄る。もう、蹴りが届く距離だ。
「『もう一セット』だ。俺らのような有能な、勇猛な、そしてろくでなしな奴には出逢わないようにするんだな。良かったな、シオン。学んだじゃないか。数千年の代価としては充分じゃあないか。」
「止めろ!止めろ!!」
「暗い世界で骸骨と円舞曲を楽しむんだな。さよならだ。自称邪神様。』
俺はシオンを全力で蹴りつける。その身体は簡単に崩れた。中身はスカスカで、まるで骨の内部のようだった。実際そうなのだろう。彼は肉を骨に『置き換える』事で、死体が腐ることを回避したのだろう。
俺はルッツに向き直る。
「どうだ、ルッツ。俺だって殺せるのが分かっただろう?俺だって、役に立てるのがわかっただろう?」
ルッツは首を横に振る。
「人間以外に限る話でしょうに。まだヤツナギさんの戦闘能力はその辺の底辺傭兵以下ですよ。まあ人間に限った話ではありますが。」
「いや、シオンの能力はかなり有能だ。シオン自身気づいていなかった能力も、『真理』で一発だ。これで俺の戦闘能力も飛躍的に向上したといえるだろう。」
だから、と俺は続ける。
「旅を再開しようじゃないか、ルッツ君。」




