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0024 危険だらけ

俺は激怒した。なんちゃって。

あの後すぐにルッツは寝てしまった。ルッツ曰く健康に害がある行動は避けたいとの事だ。俺にとって研究者のイメージといえば陽の光の届かぬ無機質な部屋に籠り、昼も夜も関係なく動くような人間だが、ルッツは違うようだ。まあルッツを常人の枠に当てはめる事そのものが愚かではあるが。

そこで俺も眠ろうと思ったのだが、見張りがいないという重大な問題に気がついたのだ。さすがに二人眠りこけてそのまま骸骨らに踏み殺されました、じゃあシャレにならないと思い、俺はランプを片手に夜が明けるまで美味しそうな果物探しをしていたのだ。自称健康マニア研究者は日の出と共に起床し、果物の山を見て一言、

「なんで寝なかったんですか?別に心配しなくても骸骨たちはここに近づけませんよ?」

早く言えよ。俺だって寝たくないわけじゃないんだよ。ルッツが昨晩刺していた、あの先端に黄緑色の玉のついた棒にそういった効果があったらしい。まあ確認しなかった俺も悪くないとは言えないが、それでも、ねぇ?

まあそんな物があるという事は範囲外から文字通り必死にこちらに向かおうとするが効果を突破できずにいる骨の群れがルッツの目にも届く範囲にいるわけで、すだれに振り付ける雨のような音を立てながらこちらに猛然と向かおうと四肢を動かす骸骨らがそこに。

「「うわぁ……」」

ルッツは骸骨らから目を逸らし、辞書のようなものを懐から取り出した。

「それは?」

魔導大全ネクロノミコンと呼ばれるものです。中に書かれている知識は魔導というよりも死や呪いなど悪魔的な事についてですが、魔導書としての能力は最高です。ヤツナギさんが読めば魔法が使えるようになること請け合いですが、少々内容が刺激的なので見せられないです。」

「その大仰なものを使うほどの魔術を使うのか?」

目の前に海を創り出しましょう、とルッツは言う。その目にはかつて見たことのない愉悦があった。

「では少し長い詠唱ですので。」

するとルッツは目を瞑った。想像力が必要とかそういうのだろうか。

生きとし生きる者よ

聞こえるか、原初の声が

全ては生まれ、全ては滅ぶ

定めを創りし原初の声が

定めを壊せし原初の声が

耳を澄ませ、原初の声に

全ては呑まれ、全ては吐かれる

始めを創りし原初の声に

終わりを創りし原初の声に

神が世界を創るのならば

我は世界を水に流そう

神が我を止めるのならば

我は水に身を任せよう

魔導を極めしものであれ

全てを知りしものであれ

神へと至るものであれ

全ては滅ぶ、全ては呑まれる

原初の力を知れ“廻水”

唄うように紡がれる言葉。その魔法の効果は絶大だった。ルッツが詠唱を終えた途端に僅か前方より無間に水が、まるで当たり前ように吹き出し、物理法則を無視した形で骸骨らに向かって一着線で進んでいく。水圧は一般人が思っている数千倍は強い力を持っている。ただの骨にそんな衝撃に耐える力を持っているはずもなく、文字通り原初に還る。

水が去ったところには、草すらも残らなかった。木も、根も、虫も、何もかもがなくなる。土も水圧で抉り取られ、骸骨らが山になっていたであろう場所には大きな湖ができていた。それでいて俺らの方には被害が全くない。流石というべきなのだろうか。呆れて物も言えないというのが正直な気持ちだが。

「少しやり過ぎてしまったですかね。まあ霊力は大量に手に入ったと思うんで大丈夫だろうとは思うんですけど。」

当の本人はケロっとした様子で手元の本を器用に懐にしまい込んでいる。

「前は燃やすやつ、確か“灰燼”だったか、あれを使ってぶっ倒れていたじゃないか。体調に問題はないのか?」

ルッツは笑みを深くして答える。

「僕、水魔法が一番得意なんですよ。日常で使う事は殆ど無かったんですけど、役に立つ場面が生まれて嬉しいです。」

「へー、俺も何かしらの戦闘能力が欲しいな。」

何を言ってるんですか、とルッツは眉を顰める。

「そのスピードで近寄られて殴られたら衝撃波だけで周りにいた人も吹き飛びますよ。」

「えっ、嘘、そんなに?」

「嘘です。」

「死ね。」

「それは極端な話ですけど多分、蹴りを食らわせただけで腹が裂けるくらいの威力は出るんじゃないですかね。」

ごめんなさい、それはもうやりました。

ルッツは、ふと足元にある果物を見る。そして、外側が厚く身があまり詰まっていない、テニスボールほどの大きさの果物を片手に二つずつ持ち上げた。それは、質量から栄養価から色々な情報が載っていたのは変わらないが、名前の部分や推定値段の部分などの社会に関わる項目が『未発見』になっていたので興味を持って衝動的に持ってきたものだ。だからなんだという話だが。

その果物でルッツは器用にジャグリングを始めた。俺もみかんを手に持つとジャグリングをしたくなってきたものだ。懐かしい気分になる。が、あの果物は皮が厚いだけあって重量がある。俺はともかくハイキングだけで疲れて嘔吐するルッツが出来るようなこととは……いや、霊力がステータスに反映されるのが真実ならばそうか。俺も心なしか足が速くなった気がする。

ぱん、と湖面に浮かんだ水泡が爆ぜる。無理やり土をえぐって創られた湖である以上、空気が水底に残っていても不思議では……

ブクブクブク、バシャバシャ、ブクブクブク。

湖面が波打ち、荒れ狂う。何もないはずの湖面から水が噴き出た。それも複数箇所でだ。よく見れば一つ一つ横幅は大きくない事が分かる。縦幅の大きさがそれを台無しにしているが。

「ヤツナギさん、僕たち何か間違ったことしましたか?」

ルッツは薄い笑みを浮かべながら言う。いや、これはもはや苦笑と呼ぶべきだろうか?

「いや、救われぬ人々を天へと送り届けただけだ。」

その間も湖からは絶えず水の柱が出来上がっている。何かが水の柱の最高到達点辺りで浮いているが、何かまでは小さくて視認できない。白い、固形の何かだ。

「やっと見つけた、ルッツさん!…って何!水しぶき!」

「ヤツナギさんよ、なんだこりゃ?説明してくれよな?」

縦に長い男と、横に長い男だ。昨日まで一緒に居たが、ルッツがここに来たことではぐれてしまっていた。

「説明する余裕はないですよ。あれを見てください。」

ルッツの指差すところを見れば、木の幹に穴が空いているのが分かる。

「さっき『何か』が幹を貫通して水しぶきの方向へと飛んでいきました。」

となるとだ。白い固形の『何か』が何かが予測できる。

「骸骨らのボディーか。死に損ないにも限度があるぞ。本当に…。」

「だから説明を…うわっ!」

突如、水の柱の横幅が急激に大きくなった。まるでバケツをひっくり返した様だ。それも最高到達点が同じであるから、見えない天井が存在しているように見える。さっきの比ではない。

勢いよく骸骨らの残骸が集まると、急速にそれらが人型に変化した。空気も、息がつまるほどに。

流石に今回ばかりは一歩間違えたら死んでたとはならないかもしれないな、と俺は思わず冷や汗をかいた。

水の柱が、唐突に消えた。

かつて水が立ち上がり、そして重力に負けて落ちていったところには、一人の男が『浮いて』いた。眼を閉じていて、四肢も投げ出している。髪は白く、肌も白い。一糸纏わぬ姿でありながら、下品さよりも気品のある気配がこの距離でも伝わってくるようだ。その男が瞼をあげる。普通なら見えないだろうが、俺には見えた。黒目の部分も白い。黒目にあたる部分がないのだ。俺はその人間に近い姿の中にある明らかに人間と違う特徴に空恐ろしさを覚えた。

男が口を開く。その音は決して大きくなく、決して聞き逃すことのないものだった。

――――死を讃えよ――

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