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0023 私だって骸骨らを流すつもりはなかった

日が沈みかけている。この世界には月がないためただただ闇が広がる世界となる。それは、夜は死に直結する可能性が高い事を示している。灯りを灯せるであろうルッツと合流する事は必須事項ともとれるだろう。人間は身の回りの把握の87%を視覚に頼っているともいう。俺の場合はもうちょっと他の感覚にも頼っているが。

未だ眼下には骨の群れ。いや、『死損じた者ども』の群れというべきだ。それらが彫像のように跪いている。この骨の彫像が動くと聞いて信じる者はどのくらいなのだろう。人体模型も真っ青である。

例外は最も大きい『死損じた者』。その者はこちらを見上げ、なんとも取れぬ顔をしている。顔がないので当然ではあるが。

比較的沈黙に慣れている俺が、何か話さねばならないと思った頃に、俺が来た方向から異変がやってきた。それは水。大量の水が勢いよく眼下を塗りつぶし、『死損じた者ども』を流していく。水がなくなる頃には足や手、はたまた頭であったであろうものがあちらこちらに残っているだけとなった。

「ヤツナギさん。大丈夫ですか。あんな恐ろしい気配を纏ったものたちに囲まれるなんて何をしたんですか?」

水が勢いよく流れ出した方向からルッツがやってきた。ルッツは俺が『死損じた者ども』囲まれている状況を、正確にはその固有能力である『威圧』に感化されて危険の対象と思われるものを取り除いてくれたのだろう。

ルッツは時に人間味が足りない行動をすることがあると思っているが、こう心配されていると実感できる何かがあると素直に嬉しい。自分が認められる人間ってのは見つけられないものだったからこそだ。

「聞いてます?死にたい感じですか?」

ルッツの表情相変わらずの張り付いた笑みだ。切れ長の目と相まって背筋が凍るような冷たさを感じる、とは言い難かった。初見の時よりも少し柔らかくなったような気がする。ただの慣れかもしれないが。

思考がルッツへの考察一直線になっていると、ルッツは針を取り出した。それはもともと黒いものだったが、今は持っている部分以外が血まみれになっている。さらに先端には目玉が刺さっていて。なんかもう、何してんの、って感じだ。

「あの五人組のうちの三人が襲ってきました。最初は髪の長い男。処理したら背の低い男は逃げ出し、女の者はこちらへ向かってきたので迎撃しました。これは彼女の目ん玉です。」

俺は木から降りた。それでもなお、ルッツは針に突き刺さっている目玉をずっと眺めながら話している。

ルッツはここまで業務報告のように、何のことでもないかのように伝えてきた。俺は感情がいじってあるからむしろテンションが上がるが、――そしてテンションが上がる事にテンションが下がるのだが――ルッツは何もいじってないのだから、素で人の生き死にに一切の興味がないのだろう。研究の一環で人を殺すこともあるのかもしれない。人体実験とか、前の世界では人権がどうのとかで禁止されていたがルッツの方はどうか分からないからな。

するとルッツは一転、針の先の目玉から目を離し、嬉しそうに話し出した。

「人の目は意外と魔力の通りが良かったりします。今は他の二人が見ていたり笛が鳴ったりで回収できませんでしたが、指先や舌、それに四肢の関節なんかも魔力が通りやすいですね。特に指先は。ああ、腰を落ち着けるところを見つけたら研究をまた始めたいですね。」

するとルッツは針に突き刺さった目玉に目を向け、また業務報告のように無関心に話す。

「ヤツナギさんが牽制していたのにあの男、先走るとは頭が悪いですね。それとも僕は非力だと思っていたのでしょうか。」

「いや、俺としてはルッツが二人も殺せる方が意外なんだけど。」

俺がそう言うとルッツは、針を手の中で回す遊びをしながら話した。

「僕は身体能力が皆無だから、どうしても材料を集めるのに苦労したんです。幸い、紆余曲折あって人の死角を突くことは得意なんです。あとは殺気を把握するとか。実は魔術だけじゃ世界はやっていけないのですよ。」

最近の学者は暗殺技術も身につけているようです。いつか俺もご教授願おうかな。

「僕の状況説明はおしまいです。さあ、話してください。なんであの恐ろしい気配を放つ骸骨の集団に囲まれていたのかを。なんか口にするとシュールですね。」

「それは言わない約束だ。まあまずは土精霊グノーメであろう女が視界に入ったところから始まるんだが……」

ルッツと離れてからの数十分間の事を余す事なく伝えた。するとルッツは呆れたように針の先の目玉から目を離した。

「すごいですね。自殺志願者とかそういう?」

「違う。理由だってあるぞ。お前のスキルは霊力有りきのものがあるんだから、骨にこびりついてると思われる霊力を根こそぎルッツが回収できたら武力の向上に繋がる。歩くだけでぶっ倒れたりしないだろ。」

「あ、それで思い出しました。僕むちゃくちゃ疲れてるんです。『探究』で脚力だったりを無理やりあげてたのでもう筋繊維とかバキバキだったと思いますよ。もう治っただろうけど。なんで寝ても良いですか。」

空はもう陽が沈む。あたりはほぼ光を失い、わずかに周囲が窺えるのみだ。

「良いんだが、ここで寝たら暗かったりでやばくないか。」

するとルッツは手元をこすり合わせた。すると淡い光が手から溢れた。その後には、少し大きめのランプのようなものがルッツの手に握られていた。

「それはどんな道具なの。」

「これはランプですよ。見て分かんないんですか。」

「えっ、ランプなの。魔術特有のかっこいいアイテムだったりとかしないの。」

ルッツはランプを左右に揺らしている。

「実験も兼ねてますからね。まあ前の検証の時は足が取れちゃったり大変でしたから。」

「足が取れちゃったのか。『探究』で無茶な動きを再現したらそんな事になるのか?どんな化け物を思い浮かべたんだよ。」

俺が呆れたように言うと、ルッツがランプを揺らすのをやめて言う。

「前に見た魔物のですね。特別な器官を使って早くなるようなので再現できるかと思いまして。」

ルッツはいつも通りの張り付いたような笑み、と俺以外なら思うだろう。が、違う。ルッツは嘘をついている。俺に言えないような強化……。

「ルッツ。」 俺はできるだけでルッツを傷つけないように声をかける。「小さくても気にすることはない。確かにこれから立派になる可能性は高くないが、低くもない。慌てなくてもいつか立派になるさ、な?」

「一体なんの話ですか。」

「そんなモノの大きさにこだわる必要はない。それよりもだ、俺はこのランプの使い方を知らない。どうすれば良いんだ。」

ルッツは一瞬笑みが消えかけたが、得心がいったのかすぐに表情は元に戻る。ルッツはどうも感情が表に出ることが表情が消えることに繋がるという矛盾した性質を持っているようなのだが、他の人と接するときに困らないだろうか。

「ヤツナギさんの世界は便利ですねえ。電気がうんたらなんて考えたことないですよ。」

「もう日が暮れるから早くしてくれよ、骸骨たちが帰ってくるとも限らない。」

「いや、骸骨らはかなり数を減らしてるでしょうね。」

「理由は?」

「霊力が体内に吸収されたであろう感触があったので。ネズミもどきを殺した時や髪の長い男らを殺した時にはこのような感触はありませんでしたから、大量に体内に吸収された場合にこのような感触があるのでしょう。」

骸骨たちは約二百体だった。土精霊はだいたい五十体くらいだろうか。あの出来事の記憶が曖昧になってきている。俺が無関心になるようにしたのだから当然ではあるだろうが。

がちゃん、からん。がちゃん、からん。

そんな音が聞こえてくる。数は明らかに減り、初めて聞いた時に圧迫感なんてものはない。無いが、ルッツにとっては恐怖感を煽るだろう。奴らは『威圧』という固有能力を持っているのだから。

「『死損じたものども』が来る。」

「なんですか、それは?」

「やつらはそう呼ばれているらしい。『威圧』という固有能力を持っているから初見では恐ろしく感じるが、その実正体を知れば恐ろしくもなんともない。俺が伝えたことでルッツも怖いと思わないと思うぞ。」

ルッツがかつてきた方と反対側に体を向ける。どうやらタイムリミットである。これからは骸骨らとの楽しいお話がはじまる。

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