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0022 鎮圧

ヤツナギさんは危機感が足りないと思う。危険があると知っていながら突っ込んでいく。それを回避する方法を知っていながら回避しようとしない。また集団自殺された話をした時もヤツナギさんは事も無げに話していたが、土精霊が逆に襲いかかってきていたらどうだろうか。怒りによって力が強くなったり、特殊な能力を使えたりする可能性もある。無論、ヤツナギさんも気づいているだろう。けれど気に留めない。まるで自らの生き死にに無頓着な様な…。

僕はまだ死ねない。魔術の解明は無限で、夢幻で、無間だ。限りなく、霞を掴むようなものであり、疑問という問題がひっきりなしに浮かび上がってくる。僕だけが通れる世界の理に至る道だと僕は思っていた。

「……ツ君?ルッツ君?」

耳障りな音だ。こいつらにも愛想を振りまく必要があるとなるとどうしても滅入る。ヤツナギさんには僕から離れないで欲しい。ヤツナギさんならば、僕だけが通れる世界へ理と至る道を、肩を並べて歩いていける。だからこそ、僕が『人間味が欠落している』事をひた隠しにする。異質なものはそれだけで恐怖の対象だ。ヤツナギさんに見限られたら、僕は孤独な世界には耐えられないかもしれない。矛盾をはらんでいると分かっていても、そう思う。

「ルッツ君!聞こえているかい。」

髪の長い男だ。ヤツナギさんはこいつの動向に注目していた。だから僕は背の高い男を注目していた。ただのバカだったと分かった時は気が抜けたものだ。

「はい、なんですか。」

「ヤツナギ…さんは何をしにいったか分かるね?教えてくれないか。」

笑顔が消えないように気を配りながら、僕は回答する。

「分かりません。」

予想は立つ。残党がいたか、僕たちに関わるイレギュラーか。ヤツナギさん単体にかかるイレギュラーの確率は低いだろう。が、こいつに伝える必要は毛先ほどもない。

「そうか、あいつはすぐ戻ってくるだろうか。」

「分かりません。ですがすぐに戻る確率が高いと思います。」

これは真実だ。ヤツナギさんは一分弱と言った。一分弱で帰ってこない場合はイレギュラーにイレギュラーが重なるという稀な状況に限るだろう。

「そうか……。すまないね。」

そういうと髪の長い男は僕の首に刃物をあてがってきた。

「これ以上あいつに主導権を握られるとまずい。君たちは申し訳ないが、強すぎるんだ。君は、あいつの能力の詳細を知っているだろう。教えてくれるね?」

そういう事か。確信は持てなかったのだが、やはりこうなってしまったか。ヤツナギさんに殺さないように釘を刺しておいたのは功を奏したという事だろう。ヤツナギさんは悪意に気づいていながら意図的に無視してくれた。無論、目で制するなどの援護はしてくれていたが。大事なパイプを作ろうと思ったが、失敗だな。他の四人を見ると、背の高い男と横に大きい男は驚いている。逆に背の低い男と女は驚いてはいるが何も言わない。向こうの二人ならばあるいは……。

「だんまりか。すぐに殺せる事を気づいているかい。」

髪の長い男は少し声のトーンを落として口にする。そして首に切り傷をいれるように刃物をなぞった。僕は首に小さな傷ができ、すぐに消える。

「強さの定義とはなんでしょうか。」

「は?」

「“強さとはなんだ。否。強さは数値化できるようなものにあらず。常に変化し、不定極まりない。」

髪の長い男以外が息を呑む。僕は笑顔を消したので、恐らくそれでだろう。だが、髪の長い男は理解のできない事を言われて混乱し、それが怒りとして表面に出ている。

「だからなんだ?お前は俺より強いから離せとでも言うのか?腕の一つでも落とさなきゃ分からないのか?お前は餌だ。あのバケモノの唯一見つかった弱点はお前だ。お前の生殺与奪を握ればあのバケモノは俺に逆らえない。あとは俺の能力で言う事を聞くようにすりゃ完璧だ。分かったか?お前はおとなしく情報を全て吐き出せ!」

違う。これは残念ながら僕の発言の意味を理解していない。

「それを知りつつかの者は驕り高ぶる。水よ、戒めを《沈殿》”」

髪の長い男は刃物を手から離す。そのまま刃物は地面に突き刺さった。

「なんだこれは………。身体が、頭が、あ?ああ?」

簡単な話だ。これの内部に水を発生させ、血液の質量を急上昇させ、心臓でも送りにくいようにした。すると血は下へとたまり、脳に届かず痴呆症のようになり、体は動かぬようになる。それが今の状態だ。そしてこれは今血が吹き出やすいようになっている。

僕は懐から針を取り出す。そのときに何かが下へと落ちたが気にしない。むしろ罠として機能してくれるものだ。この針、ヤツナギさんが『支配者』を行使するときにパフォーマンスとして使ったものだ。その針をこれの足の部分に突き刺す。すると針はすぐに吹き出てしまう。そして足から大量に出血する。圧力がかかる分早く血が抜けていいだろう。

口を半開きにしている髪の長い男はもう長くない。この間にこの女と背の低い男も処理してしまおう。

僕がそちらを向くと背の低い男は逃げ出し、女は逆にこちらに向かってきた。もちろん友好的な足取りではない。

背の低い男は諦める。まずはこの女だ。僕は針を回収して女に向き合う。その時に足下のワナを微調整する。

女の拳がギリギリ届く場所に来たらバックステップをする。そして僕のいたところに女が着いて、そして転けた。僕はこうなる事を知っていた。だから冷静にこの女の目に針を突き刺す事ができた。女が叫び、もがくが気に留めない。もう一つの眼球に刺したときに脳に到達したようで、痙攣して動かなくなった。

女が無様に転んだ原因は懐から針を取り出すときに落としたもの。メジキネ草である。この草はどうやら傷つくと保護液というか、やたらヌルヌルするものを分泌した。これはほとんど草が掴めなくなるほどヌルヌルで、トラップの一つになるだろうと相手の進行方向を予測して微調整したわけだ。

ふと残りの二人を見ると、気を失っている背の高い男と、それを守ろうと仁王立ちしている背の低い男が目に入った。まだ逃げていないなら都合がいい。

「僕は敵対した人間の命しか奪いませんよ。ともかく、ヤツナギさんを待って……」

その時、音が聞こえた。小さいながらも耳に響く独特の音域。ハンドサインと共に教わった音。これはヤツナギさんの集合の合図だ。

「予定が変わりました。ヤツナギさんの場所へ超急いでいくので。ここで夜営の準備をするなり帰るなりお願いいたします。それでは。」

ヤツナギさんが僕を呼ぶほどの事態。何が起こっているのだろう。

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