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0019 主のいない森

空気の質が変わる。

森に入っても前回のように困る姿を見つけにこない。まぁ居ないのだから当然ではあるが。

「すごい……まるで別の世界だ。俺はあの森と荒野が別の世界だと言われても全く疑わないぞ。」

「木も迫力が違うね。こりゃ一千年はくだらない。あ、あれなんか三千年くらい生きてるんじゃないかな。」

そういうと背の高い男は少し先にある大きな木の根元へと駆けてゆく。あ、そういえば。

「そういえばこの辺りには罠があって……」

遅かった。草と枝で作られた球が上から勢いよく背の高い男にぶつかる。背の高い男は俺らの足元まで転がってきた。

「「「「…………。」」」」

沈黙が流れる。もうこいつ死んだってことでよくね。

「進もう、様子を見なければならない。」

髪の長い男がそう宣言する。森についた今、主導権は少し向こうへと傾いている。というか道を知っている俺らと知らない彼らなら主導権がこちらに傾くのも当然だし、到着した今それが元に戻っていくのも当然だ。

「こっちだ、ついて来てくれ。」

道は罠を辿れば分かる。俺はあの子供を追いながらあちこちの罠の所在を確認していたから、比較的迷わずに到着できるだろう。毒は薬になるみたいな、ちょっと違うか。

髪の長い男は面白くなさそうな様子だ。いや、表情は能天気そうな笑みを浮かべてはいるが、対人能力をマスターしている俺にかかれば目線、表情筋の引きつり具合や指先の方向、立ち方から推測できる。全身を見なければならないので不審がられるだろうが、向こうもこちらが怪しんでいるのは知っているだろうから最低限気にしなくてもいいだろう。

「この辺りには不思議な植物がたくさんある。本で見たことのないものばかりだ。世界は広いってことだね。」

と一人呟くのは背の高い男だ。彼は植物、ひいては自然に造詣が深いようで、さっきからあちらこちらの植物を興味深そうに観察している。ちなみに全員が呆れたような、諦めたような目線を背の高い男に向けている。女の人なんかいつ襲いかかってもおかしくない。無論性的にではない。死に関わる方だ。

「お!これは養分を空気中の成分から変換するんじゃないかな。ここの葉が出来るだけ表面積が大きくなるようになってるよ。この辺の空気に合うように進化したんじゃないかな。」

これは興味深い単語を耳にした。

「進化?進化ってなんだ。教えてくれますか。」

前の世界では進化に人類がたどり着くまでかなりの期間が必要だった。この世界はモネグロ――先日に冒険者に袋叩きに遭いかけた街――から分かるようにそこまで文化レベルは高くないだろう。争いや土地の小ささ、凶暴な生き物の影響で歴史が蓄積しにくいのも要因の一つと考えられる。それでも字が開発されているわけだからこれから急速に発展していくとは思うが。

ともかく、進化はこの世界には不釣り合いな存在なはずだ。そこを聞きたい。

「へぇ、学者志望?」

違うわ。さっさと言え。

「進化ってのは元々の生物、僕は原祖って呼んでるんだけど、原祖がその環境に適応したり、種の繁栄のために身体の仕組みを変化させる事だ。動物達は凶暴な魔物達に対抗するために肉体的に強くなったと研究結果が出ているんだ。また魔物達は元々動物で、魔力を取り入れる事で魔力を効率的にエネルギーに還元出来るような身体の作りになったんじゃないか、その反動で凶暴になったんじゃないかと言われているね。あ、あと多種族についてなんだけど……」

長い。話を切り上げるタイミングを完全に見失った。これはどうしようもないな。

「要約してくださいよ。僕も学術を嗜んでいますが、分かりやすく説明できない学者は三流と教わっていますよ。」

少し腹立たしそうにルッツが言う。実際学者なのだから、気に触ることがあってもなんらおかしくない。事実、ルッツは睨みつけている。学者は天才肌が多いというし、何か譲れない美学があるのかもしれない。

ルッツへの推察はともかく、この無駄に長い話が終わるのはありがたい。

「あ、あぁ。申し訳ないね、ルッツくん。進化ってのはある種族が別の能力を持つことだよ。」

「ありがとうございます。」

前の世界とは微妙に違うのだろう。この世界にも天才と呼ばれるべき人間がいるということだろうか。

とはいえ、こいつに質問したら日が何度沈むか予想できないので無視して先に進む。なんかルッツに怒られてしょんぼりしてるけど知らん。

「ここは、村?人がいない。でも最近までいた形跡はある。まるで全員が何かの意思に駆られてどこかへ消えてしまったような…。」

「ああ、俺だってわかるぞ。これは異常だ。これだけでもここに来た価値があった。お前ならもっと分かることがあるだろう?」

「え、あ、うん。そうだね。例えばここの作物は他のがカゴに入っている中、手に持てるくらいの量だけ無造作に捨てられている。あそこは追いかけっこしてたのだろうけれど、足跡が二人分、来た道を戻っている。それも追いかけっこしていた時に比べ、圧倒的に速くね。誰かに呼ばれたくらいじゃ、こんなに必死のスピードにはならない。まあ僕は土精霊を見たことはないから、これが標準という可能性も否定できないんだけど…。」

そんな事は重要じゃない。

このひらけた場所には無数の生活の跡が残されていた。また林を挟んだ奥の方には、天幕が複数設置されている。そして俺の視力は常人では見えない距離の景色も見ることができる。

最も大きな、村長であった華奢な男の天幕。その前には死体が一つも残っておらず、変わりに女が一人座り込んでいた。

――――――――――――――――――――

遅れて申し訳ないです。書く事は決まってるのですが……。

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