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0015 ルッツの世界観

「さて、僕もそろそろ動きますかね。」

一人呟く。この世界でのルッツの単独行動は初めてだ。

さて、ルッツの事について深く掘り下げていこう。

ルッツは前の世界では両親から酷い虐待を受けていた。それも比較的外傷のつかない非常に陰険なものだ。

一週間足のつかぬ水溜めの中に閉じ込められ、溺れて死にかけた。

五日間両手足を縛られ、糞尿や毒虫など多種多様のものを投げつけられた。

一日中手の先すら動かせないほどの箱に詰め込まれたまま放置された。

それらは両親が揃っているときは必ず行われた。それを、ルッツは12歳までひたすら耐え抜いたのだ。まさに鋼の精神。成人男性でも発狂するような拷問と呼ぶのもおこがましいほどの苦行を、死ぬ事なく乗り越えた。

が、そこまでされて精神が無事でいるわけもない。鋼も打ち続ければ歪むのだ。

ルッツの持つ狂気。それは今日地球では偏執病と呼ばれる妄執。

ルッツは非常に賢かった。だが、あまりにも弱かった。社会的にも、肉体的にも。

さて、日本では社会的弱者というものは国家に保護されるものだ。ルッツも助けを求めればすぐに救われるものだ。日本であればの話であるが。しかし保護を求めずとも逃げ出す事は幾らでも可能だった。それは死を含めてのことだ。だがルッツはそれをしなかった。彼の常識を超えた頭脳は、今の現状を『最も良い形で』打開する方法を導き出した。それこそが魔導の解明である。

ルッツの家は商家だ。遠くへ行くことも多々あり、魔法を研究する時間は確かにあった。

が、この魔法の研究は確かに有用であるが、しかしである。12歳に満たない幼子のヒビだらけの心に、武力という力は、現状を打破できるという希望と、こんな目に合わせた両親を殺せるというどす黒い欲と混ざり、一つの価値観を生み出すこととなる。

それは、『魔法の原理の解明こそが、自らの存在を証明できるただ一つの方法である』という価値観。強迫観念という枠をも超えた存在意義。絶対的な存在。

故にルッツは自分に何の価値も見出していない。死ぬことも、それが魔術の発展につながるのならば厭わない。ただルッツのその頭脳が、自ら思考して動いた方が効率よく謎を解明できると推測しているから生きているに過ぎない。

そのはずだった。

いかに超越した頭脳であってもイレギュラーの予測など不可能であった。どんなに頭が良くても死ぬときは一瞬なのである。世界の転換期を引き起こす事も出来る、それこそルッツの頭脳は近代の科学力を現代まで引き上げるだけの力を持っていた。しかしそれは起こる事はなく、あっさりと死んだ。

その死は前の世界にとっては大いなる損失だったが、この世界にとっては大いなる恩恵でもある。言うなれば地球にドラえ○んのひみつ道具の仕組みを理解した上で作り出せる人間が現れたようなものだ。

そして、その死はルッツにもプラスへと働いた。それは八柳 九龍との出会い。その出会いはルッツの価値観に確かにヒビをいれた。魔術を抜きにしても彼の頭脳に価値を見出したのだ。ルッツこそ、一番の転換期を迎えていると言えるだろう。

そんなルッツは現在、この土地について把握しようとしている。八柳も同じく調べているだろう。探査能力については彼の方が上なのだ。それならばこちらは向こうでは出来ない事を為すべきだ。例えば動物が集まらない理由など。

「ん?これは……。」

ふと足元を見ると草が揺れ動いていた。小さな動物だ。ネズミのようだが、ルッツはそう決めつけない。魔術の研究を重ね続けたルッツは、先入観というものを一切持たない。

ちなみに余談だが、淡白な判断のできる者は大成するというデータがある。八柳とルッツのどちらが大成するかという勝負をした場合、判断力ならルッツに軍配があがるだろう。ルッツの場合魔術以外で大成できる可能性は限りなくゼロに近いのだが。

ルッツは足元のネズミのようなものを捕まえ、持ち上げる。ネズミは温厚なのか特に抵抗はしなかった。そしてルッツはその目と思わしき場所に指を突っ込み、脳をめがけて指を引っ掛けた。

ネズミは特に悲鳴などをあげること無く四肢の力を抜いた。絶命しただろう。

「うーん……。」

ルッツの奇行には理由がある。生物の死と引き換えに手に入るという力【霊力】。彼の能力には霊力を用いるものがある。つまり頻繁に未知の力に頼ることになるのだ。少しでも知れることがあればと思っての行動だった。

「『顕現』」

すると彼の手に書物が出現した。その書物は不思議な事に、ひとりでに光を発している。それも表紙が光っているのでは無く、周りの空気が光を帯びたようだ。

「へー、これは使えるね。」

ルッツが作り出した物は魔導大全ネクロノミコンとよばれる魔導書だ。

魔導書とは文字通り魔導の書かれた書物だ。その内容はどのようなイメージを持つとどのような現象を起こせるか、といった漠然としたものだ。が、書かれている事に深い意味はない。問題は魔導書の能力。魔導書はページを開いた状態でイメージを構築すると、発動魔力をある程度肩代わりしてくれるのだ。言わば節電ならぬ節魔力である。いくらあっても足りないと思われる力に、これで貢献できるだろうとルッツは満足した。

次にルッツはネズミをさらに観察する。一通り観察し終えた後に、

「『顕現』」

と唱えた。ルッツは口に出す癖があるようだ。手元にはネズミの『死体』が現れた。

「やっぱり失敗か。」

独り言が多いルッツである。元々一人で研究を続けていたルッツ。独り言が多くなるのも道理である。

ルッツは体内に目を向けた。霊力なるものの存在はあまり感じられない。塵も積もれば山となるというし、これがネズミなんかよりももっと長く生きたもの、また強いものならば霊力の変化も感じ取れるかもしれないとルッツは思考を別の方向へ向けた。

想像するのはヤツナギの人外じみた走り姿だ。そして、

「『探求』」

巻き起こる衝撃波はルッツから発せられたもの。肝心のルッツは数十メートル先で倒れ込んでいる。ルッツの足はあらぬ方向へ曲がっていて、二つ三つに裂けている。しかもすぐに治ってしまうので、その状態でくっついてしまっていて人とかけ離れた下半身になってしまっている。

「成功だけど失敗。というかこれは諸刃の剣すぎて使い道が思いつかない……。」

そういうとルッツは『顕現』と唱えて刃の鋭い剣を作り出した。そしてなんの躊躇いもなく両足を切り落とす。ルッツは僅かに顔をしかめるがそこまでだ。逆再生のように足が生えてくる。あっという間に元どおりになって、先までの惨劇を表すものはグチャグチャの足だったものと血糊がついた剣のみとなった。ちなみにルッツのズボンもない。繊維ごと裂けた。ルッツは儚げながらも非常に整った容姿をしている。一部の方々は鼻血を出しながら後方三回転宙返り二回ひねりをしながらぶっ倒れるレベルだろう。我々には理解できない領域の話である。

ルッツはズボンを顕現で作り出そうとするが……。

「出来ない……っ!なんでこのタイミングでっ!」

どうやら霊力が切れたようだ。彼の滅多に見られないミスだ。ルッツのマニアがいたなら垂涎ものだろう。

彼はこれから下半身裸で過ごさねばならない。だが、まあ、大丈夫ではないだろうか。それこそ我々が踏み入ってはならない領域である。

――――――――――――――――――――

誠に勝手ながら、今話から8時更新にさせていただきます。

何卒ご理解よろしくお願いしますm(_ _)m

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