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0014 それはズレのある価値観

間も無く、少し開けた場所に出た。子供グノーメ曰く、待っていればじきに集まるそうだが、何か特殊な伝達方法があるのだろうか。そもそも人間とは違う彼らだ。テレパシーなんかが使えても不思議ではない。やはりどこか前の世界の常識に引っ張られている部分があって、その度に少し望郷の念にかられる。

ルッツは前の世界に並々ならぬ恨みがありそうだったから別に良さそうだが、俺は職も決まり正にここから人生が始まる、八柳 九龍という男の物語が始まると言っても良かった時に死んでしまったから、どうもまだ未練がある。王になるなんて馬鹿げた発想も、そこから来たものかもしれない。多忙の中現実を見ぬようにと望んだ姿でもあるのだろう。

一人よく分からない思考の渦に飲み込まれ、憂鬱な気持ちでいると、数人の足音が聞こえてきた。今までも足音は聞こえていたが、明確にこちらに近づいてくるものだ。意識せずにはいられない。

足音の主はすぐに正体を現した。立派とはとてもいえない華奢な体格の男。吹けば折れるとはまさにこのことと言わんばかりの線の薄さで、骨の浮き出た体は囚人を連想させた。ちなみに腰に草を巻いただけの簡易というのもおこがましい服装だ。

「ようこそいらっしゃいました。人間の方でしょう。今回も麦をもらいに来たのですか?なかなか早い上に、そちらからいらっしゃるとは珍しい。他に困ったことでもあったのではないですか?」

見た目にそぐわぬマシンガントーク。俺は思わず舌を巻いた。ルッツは腰の低い話し方は非常に得意そうだった。というか美しい言葉遣いだった。やっぱりルッツも連れて来た方が良かったかもしれない。

「いつもありがとうございます。おかげで助かっております。ですが、実はお聞きしたいことがいくつかありましてこちらに伺ったわけです。俺……僕の話は少し長くなるかもしれないので、どこか腰を落ち着かせられる場所はありますか?」

負けじとこちらも勢いのある喋りをする。もともと丁寧語など全然使ったことないので慣れない。先輩や先生に話しかける時だってここまで格式張った話し方などしない。これは全員一致することだろう。例外もいるかもしれないが、今回の事には全く関係ない。

相手は微笑が崩れ、申し訳なさがありありと浮かんだ表情へと変わった。

「ああ、まことに失礼極まりないことを。すぐに休める場所へと案内いたします。どうぞこちらへ。」

そういうと彼は踵を返し、手招きする。その動きはやはり見た目にそぐわぬ滑らかさで、俺はどうも違和感を感じるのだった。

案内されたのは天幕。それも枝と葉で覆われた非常に簡素なものである。粗悪なものでも大丈夫な理由があるのだろう。だがしかし、木でできた家具はなかなかどうして、気品に満ち溢れて見えた。

「どうぞお座りください。お茶を出させましょう。」

そういうと華奢な男は天幕から退出し、すぐに戻って来た。表にいるものにお茶を頼んだのだろう。

「お気遣い感謝します。俺……僕はクーと申します。失礼ながらお名前をお聞かせ願えますか。」

はっきり言ってガチガチである。言うなれば都長の方に会って話を聞いているようなものだ。緊張するなという方が無理な話だろう。

そんな事を知ってか知らずか、微笑をたたえたまま華奢な男は話す。

「申し遅れました。わたくしはデーマと申します。実際はもっと長い名前なのですが、そんなものは必要ありません。呼び名だけで十分なのです。そんなものですよ。」

「は、はぁ……。」

困るって。名前聞いてんだから名前だけを言えよ。誰も名前の価値観を聞いてないから。

そんな事を思っていると女性が入ってきて、お茶を置いていった。ちなみに腰に草を巻いただけで、上は隠していなかった。が、ガリガリのせいで胸にも肉などなく、ただの骨と皮しか見えなかった。欲情のしようがないというものだ。

お茶を口に含む。確かに美味いと感じるが、違和感も感じる。まるで異物が混入しているような匂い、味わい。

それでもそれを意識の隅へと追いやり、話す。

「では、本題に移らせていただきます。実は……ん?」

違和感が全身へと回っていく。まるで体内に薄い膜が張ったような動きづらさ。熱のだるさに似ている。それは一瞬で終わったが、完全に油断していた。

――――――――――――――――――――

チー茶 (毒)

チーの葉を煎じた飲み物。麻痺性の毒が含まれている。

――――――――――――――――――――

ダメだ、この考えの緩さは本当に死に直結する。気をつけるようにしよう。

だがまずは現状だ。このお茶を交渉のキーにさせてもらおう。

「こ、これには毒が!貴方は我らをどれだけ馬鹿にすれば気がすむのだ!話を聞いたぞ。なんでも養分を吸収してこの地に溜め込んでいるそうじゃないか!我々への嫌がらせはなんだ!更にここに来るまでに罠が至る所にあったぞ!ここに来させなかったのもどうせこの地を見られたくなかったからだろう。なんて賤しき精神!到底許せない!」

これは話術の一つ、その名も【ヤクザの脅し話法】である。簡単に言えば『なにガン飛ばしとんじゃワレェ』と脅されあれよあれよといううちに身ぐるみ剥がされるというものだ。まぁ現実にそんな事はないが。

俺はこの話し中、怒気を常に声に乗せ、肩も震わせた。実際に相手に非があるときはかなり有用である。ただし、相手より腕っ節がある必要がある。逆ギレの可能性が高いのだ。今回は華奢な男の能力を確認し、負ける事はないだろうと解析した上での行動である。

あともう一つ、さっきの言葉に含まれていた養分を吸収してこの地に溜め込んでいるという言葉。これは土精霊グノーメの能力に起因する。

――――――――――――――――――――

『|祝福(土)』 他の地の能力を他の地に移し替えることができる

――――――――――――――――――――

果たして祝福と呼べるのかは甚だ疑問だが、それはこの際どうでもいい。

問題はこのスキルで起こっていたことである。彼らは周辺の養分を全て奪い、自らの土地へと溜め込んだ。が、擬人族フェイクマンたちに食物を分け与えている。また、罠が仕掛けられていたが、死に至るような罠はなかった。

これの示す事は何か。

俺が思うに、これは彼らの価値観の問題だと思う。言葉に表すならば『困らせてでも困っている相手を救う』だろう。自分で言っていて意味がわからないが、そういう価値観なのだと割り切るしかない。世界が変わるとはそういう事なのだろう。

だがしかし、俺はやはり前の世界の常識に囚われていた。線引きが曖昧になっていたのだ。いや、これを予測しろというのはどうにも難しい事だ。武力では間違いなく勝っている。このぐらいのレベルなら数千、数万と物の数ではない。だからこその油断。

俺が怒声をあげるとデーマの顔色が目まぐるしく変わる。深い深い驚愕から激しい激しい憤怒。それから暗い暗い絶望へと顔を変貌させ、そして、無となった。

ただただ無。その目は何も写しておらず、その口はだらしなく開き知能のかけらも感じさせない。

そしてデーマは腰の葉から刃物を取り出し、止める間も無く自らの首を掻っ切ったのだった。

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