0012 『心戒』
まさか『心戒』がこんなにも綺麗な人とは知らなかった。はっきり言って俺は動揺している。心を乱す感情はこれからの話し合いに支障をきたすだろう。
「あー、えっと、その……俺、あっ、えーと僕は……無理、ルッツ交代してくれ!」
言葉がうまく出てこない。頭が別の事に全力で集中しているようで、まるで使い物にならない。
ルッツが呆れた顔で、
「ここでコミュ障なのがバレるのは減点だと思いますよ?」
とか言ってきやがった。俺だって好きででくの坊になってるわけじゃない。
「えー、初めまして『心戒』さん。僕はルッツ。この木偶の坊はヤツナギ クリュウと申します。素性もわからぬ我々を迎え入れてくれた事感謝いたします。」
そう言ってルッツは頭をさげる。
「お前まともな会話出来るのかよ!」
俺は小声で出来る限りの驚きを伝えた。ちなみにルッツに一瞥もされなかった。ちくせう。
「いえいえ、我ら偽人族にできる事は多くありませんが、是非ともここにいる間はゆっくりして行ってください。」
『心戒』は大人らしい成熟した何かがないため、幼さの面影を残している。そこから発せられる丁寧な言葉は教養の高さを感じさせる。
「実は一つご相談したい事がございまして、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
対するルッツも丁寧度マックスだ。いくらルッツといえども貴族相手には喧嘩腰に会話はできないという事だろうか。
「構いません。ですがこれ以上配給を減らされるのはどうかご容赦願いたいですが……。」
『心戒』は非常に心苦しそうな声音で話している。その声にはどこか諦観が含まれていると感じた。どんな表情なのか想像に難くない。顔は恥ずかしくて見れないが……。
「いえ、今回はそれとは全く関係ありません。実は僕たちは皆様に興味がありまして、言える限りで良いので偽人族について教えて頂けますか?」
ルッツはそういうと相好を崩した。ショタコンには堪らない一撃だろう。
「了解致しました。そのような事なら喜んでお引き受けさせて頂きます。まずは……。」
『心戒』の話を要約するとこんなものだ。
・この周辺には偽人族の村が点在している。また、少し先には土精霊と呼ばれる種族の集落がある。
・人間の町から食糧が配給されるが、それだけでは足りず土精霊からもらってようやく生きていけている。
・村から逃げる、畑を作る、人間に反旗を翻すと配給がストップし、大多数が餓死する。
・辺りに食べれる草花はない。また動物も居ない。
といった風だ。まさに不遇。こんな可愛い子がそんなに辛い思いをしているとは。王国は滅亡決定だわ。
他の驚いた事は土精霊から食糧をもらっていることだ。いくらなんでも食べれるものがない近辺で農作物をホイホイ渡すわけがない。それは略奪となにもかわらない。
まさに清楚の化身といった『心戒』からそんな言葉が出るとは思わなかった。思わず、
「略奪をするんですか?」
と言ってしまったがそれの解答は、
「死んでしまいますから。」
さも当然であると言った風に回答された。おそらく人間と偽人族は価値観に違いがあるのだろう。違いを挙げるならば【生きるためならばどんな手段も厭わない】かな?
つまり人間から見れば『正常に狂ってる』のだ。これはこの世界を旅する上で非常に重要な事になるだろう。聞いてよかった。
「……大変興味深いお話でした。ありがとうございます。さて、ここまでたくさんのお話を聞かせていただいたのですから、お礼をさせてください。食糧が畑が完成するまで持つ分あれば独立できるという事ですよね?」
『心戒』は驚いたような表情を見せた。ちなみに『心戒』がこの種族について一生懸命話してるうちに顔を見れるようになった。大進歩と言える。
「確かにその通りです。このままでは村の住民もほかの村の方々も亡くなってしまいます。近くにあるモネグロから食糧を簒奪するのが一番良いと思うのですが、さすがに全村の住民を畑が実るまでの数ヶ月持たせる分を運び出すのは難しいですし、それが出来なければ全員餓死です。なのでどうしてもそういった手段が取れずに……。」
八方ふさがりと感じているのだろう。だがこの作戦ならばいける。
「では土精霊はどうして略奪されてもいけていけるのでしょう?」
ルッツが問うと『心戒』は即答した。
「彼らには高い耕作技術があります。なので食糧が尽きないのです。」
そこまでは想定済みだ。
「それだけでも足りるでしょうか?彼らは自分の部族に加え、あなた方も養っているのと同義であるわけです。もっとほかの何かがあると考えられませんか?」
ルッツが再度問う。今回は『心戒』は悩み、そして答えが出たようだ。
「彼らには他に『祝福(土)』という固有スキルを持っていると聞いたことがあります。それが成長を早める能力ならば可能でしょう。」
お、やはりあったか成長促進。まぁ確定ではないが。これで土精霊の余裕の理由がわかった。彼らにも特有の価値観があるのだろうか。それが知れれば交渉もやりやすいと思うのだが。
「なるほど、有益な情報ありがとうございます。土精霊の助けを借りれば食糧問題は解決ですね。」
さも当然だという風に話すルッツに『心戒』は不思議そうな表情を浮かべ、
「どうしてですか?」
と質問した。ルッツは少々食い気味に、
「土精霊の畑は『食糧の配給が止まる条件』の中には入っていないようです。入っているのなら既に止まっていますからね。また、畑があり、なおかつ放置している以上、新しく畑を作ってもバレない可能性が高いです。食糧が安定したならばモネグロを制圧することも容易いでしょう。どうせ『心戒』という特殊能力は枠外の能力を持ってるんでしょう?」
ルッツさん口調戻ってきてますよ。
とにかく今ルッツが言ったことが今回の計画の一部だ。『心戒』が承諾してくれたらほぼ勝ちパターンだが……。
「…………それを我々に伝えてどうするおつもりですか?」
食いついた!
「実は我々、偽人族の境遇に疑念を抱いてまして、お手伝いをさせていただきたいと思っています。許可を頂けますでしょうか?」
ルッツが言い切ると、時が止まったような沈黙の後、
「了解致しました。どうか、どうか偽人族をお救いください……。」
そういうと彼女は正座のまま頭を深々と下げた。土下座だ。黄金比を極めた土下座は一つの芸術作品となっている。
「あー、ああ!顔をあげて!あげてください!ちょっとルッツどうにかしろよ!」
そしてそんな土下座は見たくない。どんなに形が美しくても女性の土下座なんて1秒も見たくない。
「……今回ヤツナギさん使い物にならなすぎじゃないですか?」
うるさい。どうしようもないじゃないか(えなり風)。
「はぁ……。お顔をあげてください。僕たちがお願いしているのですから頭をさげる必要はありません。それが一族の頭であるならなおさらです。軽々しく頭を下げてはいけないのですよ?」
諭すようにルッツが言うと、『心戒』は顔をあげた。
「そうですか…。見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありませんでした。」
「だから謝罪も同じ理由でダメです。下の人間になめられたら上の人間はおしまいですよ。」
ルッツの言葉には説得力を感じた。まさか経験したことを伝えてるだけとか……。
「ヤツナギさん、僕に部下ができると思いますか?」
「ごめんなさい。」
君のコミュ障具合を失念していたよ。
「分かりました。では許可いたします。出来ることならばなんでも手伝うので何なりとお申し付けください。では他の村を廻らなければならないので失礼いたします。」
そう言って『心戒』は席を立った。滑るように出口へ歩く彼女には、いつからか『希薄』が付き添っていた。




