0010 二人のK
雑草の群れにひたすら『真理』を使う。少しでもイメージが早くなれば相手の戦力の把握につながるため、反復練習を重ねる。もう最初に使用した時の半分ほどの速度で出来るようになった。
馬車は音から鑑みるにあと20分ほどで視認できる距離へと来るだろう。馬車以外の動くものはいないと思う。
ルッツをいつ起こすかに悩んでいるうちに陽は昇り、辺りはだいぶ明るくなってきた。
結局二徹を乗り越えたわけだが、眠気こそあれど倦怠感や頭痛は感じない。寝ようと思えば寝れるかなー程度だ。ルッツほどではないが俺も人外じみてるな……これが若者の人間離れか。
「ルッツさーん、起きてくださーい。」
声を掛けるが起きる気配はない。よほど疲れているのだろう。
俺も前はよく寝る人間だった。授業中とかね。
できるだけ寝かしてやりたいが、今はそんなこと言ってる場合ではない。早く脳を目覚めさせないと思考が曖昧になったりするからな。俺も前は寝ぼけて先生に「この税金泥棒め!」って……。
ルッツを揺する。実際揺すられると結構目は覚める。原理は知らない。
「……おはようございます。朝ですね。なんでですか?」
「おはよう。俺寝なくても大丈夫そうだから貧弱なルッツを寝かしてあげたかったのさ。」
「くっ……貧弱だけど…もうちょっとオブラートに包んでくれたって……。」
「あーやべー超眠いー今日の晩はずっと寝ようかなー。」
「ごめんなさいヤツナギさんありがとうございます!」
はっはっはっ、(起きてすぐは)強がってもここ(脅しを入れたあと)は素直だぞ?
「僕が寝てるときにあったことを報告していただいても良いですか?」
ルッツは寝起きが良いらしい。羨ましい限りだ。俺なんか前は……(略
「木刀と石ナイフもどきを作った。あと偽人族ってのに会った。友好的に感じるかな。」
そのあと、『希薄』が教えてくれた偽人族の情報をルッツと共有した。
「ほー、そんな大事なことがあったのに起こしてくれなかったと……。」
「あまりに幸せそうに寝てるからさ……。」
「そのために僕の命を危険に晒してくれたんですか?」
ルッツくん顔めっちゃ怖い。どのくらいかっていうと寝起きの俺の顔くらい。
ちなみに生前俺の寝起きの顔は『極道』と言われていた。誠に遺憾である。
「冗談だって!気配が探れないやつで簡単に背後が取られちゃったんだよ!」
「そんな必死に否定しなくても……。じゃあ起こした理由を是非。」
「馬車の音が近づいてる。恐らく昨夜の馬車だろう。搭乗者は偽人族の可能性が高い。」
「根拠は?」
「音が似てるのが一つ。この辺りの近くには偽人族の集落しかないのが一つ。もう一つは夜や早朝に移動するのは急いでるか、人目を避けたいかが殆どだ。だから滅多にかぶることはないから。最後の一つは『希薄』が消えてすぐに馬車の音が聞こえ出したからだ。」
「了解。偽人族が搭乗してるのは確実。昨夜のかどうかは確実ではないかな。」
「さて馬車が見えてきた。接触する?しない?俺としては接触するべきだと思う。」
「僕もです。僕たちには後は野たれ死ぬルートしか残ってないですからね。」
「食べ物なら用意できるぞ。ほら。」
俺は近くにある腐りかけの倒木に『真理』を使った。するとやはり幼虫の反応があった。はっきり言って食いたくないがこの際致し方ない。栄養価高いし美味しいらしいし。
「わぁぁぁぁぁ!!!馬鹿!馬鹿!近づけんなぁぁぁ!!」
ルッツは顔を青ざめて叫ぶ。このおぼっちゃまめ。
「お前なら死にかけても死なねぇから大丈夫だって。ほら食え食え。」
「近づけんなっつってんだろ!!“怨敵を赦すな。絶命が認められるまで燃え尽きることなど認めない。世界に僅かな痕跡を残すことを赦すな”〈業華〉!」
すると俺の手元と倒木が一瞬で灰になった。僅かばかりの熱が残るのみである。
「……可燃性で…良かったですね……燃えにくかったら…ヤツナギさんにも………」
ルッツは喋りながら後ろに倒れた。そういえばルッツの能力だと炎魔法だけがLv低かったような……。
「魔力切れってやつか。」
ルッツのmpはだいぶ高かったはずなんだが、それが一瞬で無くなるほどの魔法ってどういう事なんですかね?それを迷いなく使うってルッツはどれだけ虫が嫌いなんですかね?
俺としてはルッツが手足を縛られた捕虜に嬉々として穴という穴に虫を詰め込む姿しか想像できないがな。需要は……あるのか……?ショタっこに虫責め……。
この世の腐った奴らならきっと一つの作品を生み出す事ができるでしょう。
「あの……大丈夫でしょうか?」
後ろから声が聞こえてきた。それもしっかりと気張らないとどこから声をかけられているか分からなくなるほど気配が希薄な声だ。どこにでもありそうな声であり、女性が男性かの判断もつかない。つまり……。
「魔力切れって言ったら通じますか?」
「あー、なるほど。少しお待ちください。」
そういうと『希薄』はまた気配を消してしまった。というか元々どこにいるか分かりづらかった。常に能力が発動しているのは無意識なのだろう。
数分すると一人の男を連れてきた。予想通り槍と剣を持った男が現れた。懐かしい事この上ない。
「『希薄』!貴族である『心戒』様の護衛を減らしてまで何故この昨日会った薄汚い浮浪者に構わねばならぬのだ!」
「応答次第ではタダではおかぬ。」
まさに一触即発。まぁ無理やり護衛対象から引き剥がされたら怒るな。
「『敬仰』と『警鐘』。君たちには彼らを集落まで送り届けていただきます。」
「いい加減にしろ!それが『心戒』様の護衛から離れる理由にはならぬ!道中ではないか!」
『警鐘』と呼ばれた男はゆっくりと剣を抜いた。
「彼らは人間です。彼らに害を為すならば私はあなた方を殺します。さもなくば偽人族は死ぬのですから。」
「何が偽人族だ!ただの卑称ではないか!」
『警鐘』は首を縦に振っている。
「論点がズレています。彼らを害するのは『希薄』の名に懸けて認めません。連れて行きなさい。」
『希薄』は有無を言わさぬ口調で言い放った。剣呑な空気がさらに張り詰める。
「……分かった。俺らも餓死はしたくない。ついてこいよ。もう一人は?」
『警鐘』は剣を鞘に収めた。
「今はあそこに魔力枯渇で寝てる。」
「あー、だから俺らが呼ばれたってわけか……。『警鐘』、頼むわ。」
そう『敬仰』がいうと、『警鐘』は前に出てルッツの額に手を当てた。
「……魔力を失うのは危険だ。魔力はすぐに補充しなければならない。」
そういうと『警鐘』はすぐにルッツから離れ、元の位置に戻った。
元の位置に戻るが早いか、ルッツが目を覚ました。
「おー、ヤツナギさん大当たりですね。」
のんきな事言いやがって。さっきまでいつ殺し合いが始まってもおかしくなかったんだぞ。
「迷惑をかけました。よろしくお願いします。」
ルッツは『警鐘』と『敬仰』に頭をさげる。肝心の二人は憎々しげにこちらを睨んでいるだけだ。どうやら偽人族内でも派閥があるようだ。
俺は命の危機にさらされる今の状況に、舌筆に尽くしがたいほどの高揚感と思わず叫んでしまいそうなほどの興奮を覚えていた。




