0009 人モドキ
夜の間に何もする事がないので、近くの木と石を打ち合わせることで木刀を作る事にした。まあ暇潰しだからと、軽い気持ちでやっていたのだが、『戦神』の効果か非常に形の良い一品ができた。木刀など持った事はないので手に馴染んでるかどうかは分からないが。
それと気づいた事がある。
一般的に二徹とは辛いものである。何かに没頭しているならともかく、知らないところに飛ばされた心労。一度死んだ事や血を見た精神的なダメージ。これらは疲労を蓄積させ、抗えぬ眠りに誘うものである。
が、今の俺には眠気こそあるが耐えれぬほどではない。これが果たして能力なのか、それともたまたまなのかは分からないが、もし確定的な事項ならば有利に働くだろう。
木刀もどきの他に、近くに岩に擦り付ける事で先端を鋭利にした小石を作成したところで空が白み始めた。いやー、失敗したなー。
……まぁルッツも疲れてる風だったし、行動にただでさえ足を引っ張るルッツが睡眠不足で使い物にならなくなるとか冗談じゃないからな。
俺は暇潰しがてらメジキネ草を探す事にした。コツを掴んだ俺は簡単にメジキネ草を見つける事ができる。
だいたい見つけた本数が10を超えた時に、不意に街のある方面から気配を感じた。草の擦れる音と言えばそれまでだが、どうも怪しい。警戒を怠らぬまま、ゆっくりと音のする方へと近づいた。
音はあれから一回もなっていない。残り200mといったところだが、木が邪魔で先が見えない。
もどかしさからか、木の枝を踏みつけてしまった。辺りに枝の割れる乾いた音が響き渡る。
聴覚の良い生物ならば今の音を聞き取る事もあるだろうが、こちらには来ない。嗅覚の場合も同様である。五感の優れぬ生物と仮定して、目標を視認、もしくは居ないと確認してから戻ろうと思い、一歩踏み出したところで後ろから声がかかった。
「おはようございます。貴方はモネグロの人間ですか?」
思わず冷や汗が出る。人間は足音だけではなく、
呼吸音、心音がする。さすがに心音は聞き取れないが、足音を消しても50m先くらいならば呼吸音は聞き取れるはずだ。つまり呼吸音も俺の聴覚を欺くほどに小さいのか、それとも肺呼吸を必要としていないのか。この状況を打破するためにも、後ろを向かずに相手を探る。姿を見ると石になる種族とかだと困るしね。
「そうではありません。僕からも一つ質問をさせて頂きますね。貴方は……貴方の種族はなんですか?」
場が凍る。そんな錯覚さえ覚えてしまった。後ろの『何か』を見る気にもなれない。相手を探る発言は慎むべきだった。まずい、相手はおそらく歯牙にもかけずに俺を殺害できるだろう。逃走手段はない。あまりにも分の悪い賭けだ。霊力を溜め込んでいる場合肉体的能力のボーナスなど誤差の範囲になる可能性があるからだ。
俺が打開策を必死に考えていると、『何か』が話し出した。
「私は偽人族と呼ばれる者です。私は……人間であって人間ではありません。」
相手はそう言うと一呼吸置いて、また話し出した。
「元々、特殊能力は種族ごとにある程度決まっています。人間の場合は殆どが非戦闘の能力です。計算に失敗が無くなったり、能力の取得が早くなったり……。人間は特殊能力より能力に依る力を持っていると言えるでしょう。」
いや、でも俺とルッツは戦闘系の能力……。いや、俺は身体が強くなっただけで武具を扱えるようになったわけでもないし、ルッツも無駄に治癒力が高いだけだな。
「でだ。だいたい10万人に一人くらいの確率で戦闘系の能力、いや違うな、他種族の特殊能力をもつ者が生まれるんです。で、人間はその力を恐れたからかそのものたちを人間と認めなくなった。……それが我々、偽人族です。」
「………。」
え?ちょっと人間頭悪くない?つまりは兵器を危険だからって使わないって事だろ。それが許されるのは全世界を統一してからだぞ?
「どうやらどうして私たちが理不尽な扱いに不満を言わないのかが気になるようですね。」
気づけば相手は正面へと回り込み、無表情を崩した俺の顔を覗き込んでいた。視覚すらも欺く能力とはどんなものなのか。どうしても『真理』で見てみたくなる。相手の容姿は何処にでもいるような顔で、覚えようと思わなければすぐに忘れてしまいそうだ……今までならば。
そう、相手は紛う事なき日本人の顔だったのだ。
「に、日本人……ですか?」
「いや、私の出身はあのモネグロです。貴方はニホンから来たのですね。聞いた事ありませんし人間とは別の……いや、詮索するつもりはなかったです。忘れてください。」
違うらしい。あと一人で喋る癖はルッツに微妙に似てる。
「私の能力は『希薄』。相手の意識から逃れようとする能力です。最も見慣れた容姿に、最も聞き慣れた声に、最も感じ慣れた印象になる能力です。貴方が私の事をニホン人と呼んだのもそれでしょう。」
言われてみると相手の声は中性的だ。顔も男か女かの区別がつきにくい。ただ最も感じ慣れた印象がルッツ寄りってちょっと悲しいな。薄っぺらい関係はそんなものか。
「あ、すっかり忘れてました。私たちは基本的に特殊能力が名前になります。なので私の事は『希薄』と呼んでください。」
「では『希薄』さん。質問があります。」
『希薄』が頷く。心置きなく話そう。
「僕に危害を加える気はありますか?」
「ありません。恐らく他の全員もそうでしょう。人間に逆らうとその時点で緩やかな死が確定しますから。」
「そうですか。では次に、村の招待していただく事はできますか?」
「可能です。村長である『心戒』様も歓迎してくださると思います。」
「ではとりあえず今は最後に。貴方と一緒にモネグロに行った方々はどちらに?」
そう言うとまた背筋が凍るような気配が漂った。と思うと『希薄』が消えていた。探そうにも探せるわけがない。『希薄』は言わば完全なステルス機だ。常に真理でセンサーを張っていればどうにでもなるだろうが、それでもこちらから探すのは不可能である。
ルッツの場所に戻ろうとしたときに、ずっと遠くから馬車の音が聞こえてきた。だがどうせまだずっと先の話である。とりあえずはルッツとの合流を優先しよう。
まだ朝早く、陽はその全貌を現していない。ルッツはやはりというべきかぐっすりと眠っていて、起こすのも忍びないと感じた。そしてルッツが目覚めるまで、俺は『真理』の扱いに慣れるための練習を始めたのだった。
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これから毎日更新できないかもしれないです。間に合わなかった場合前書きに謝罪入れるんで勘弁してください(・_・;




