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1話 プロローグ

 リズムの良いエンジン音が近づくと、前の道路を走る車のヘッドライトの光が窓から差し込んでくる。現場事務所を照らす蛍光灯の光に釣られて小さな虫が窓やドアをコンコンと何度もノックしていた。時刻は夜の10:00を過ぎた頃、周囲には家屋も少なくただ静けさだけが辺りを包み込んでいる。

 

 季節は春が過ぎ、晴天ならば30度を越す気温を叩き出す初夏。

 朝から夕方まで太陽の下で汗を流しながら土を掘りコンクリートを打設する。コンクリートが固まれば型枠を外し、周囲を土砂で埋め戻す。俺がやっている仕事は土木工事である。

 土木工事は完成すれば隠れて見えなくなる物が多い。だが全ての基礎となる土木工事が俺は好きだった。


 俺の名前は道上昭則。

 何となく入った土木工学科を卒業した後、街の中堅ゼネコンに入社して5年が経過している。最初は解らない事も多く、怒られ続ける毎日で辛かったが今は国家資格も無事取得する事が出来て初めて一人で大きな仕事を任されていた。

 その仕事も無事完成し、今は竣工書類作成で毎日遅くまで残業している。


「疲れたなぁ~っ 書類は本当に面倒くさい…… 肩が凝って仕方ないよな」


 数時間パソコンと格闘しながら、測量データーをソフトに打ち込んでいく。時代が進むにつれて、品質に対しての注文が厳しくなっている。昔はもっと簡単だったと言うのが先輩の口癖だ。


「よし、今日はここまでにしよう。最後に今日の日報を仕上げるだけか…… 一週間後の竣工検査には十分間に合いそうだな」


 たった一人で書類を作る事は物凄い仕事量だが、これは誰もが通る道。

 写真整理や出来形書類、納品伝票の纏めなど竣工書類には提出する書類が山の様にある。

 書類完成の目途がたった事に安心した俺は、今日は早めに休もうと現場事務所から家に帰る支度を始めた。戸締まりの確認を行い事務所のドアに鍵をしっかりと掛ける。敷地の周囲に建てられた工事用フェンスの出入り口にもチェーンを使い一般人が入ってこれない様に施錠を行う。


「誰かいるのか?」


 敷地内の重機を置いている方向から微かな物音が聞こえた俺は、スマホのライトを点灯させてその方へと近づいていった。


 スマホを左右に振り、不振な物が無いかをチェックする。幸い重機のキャタピラ回りには何も無いようで、安心した俺が再び出入り口の方へ戻ろうとした瞬間、後頭部に凄まじい衝撃を感じた。


「なっ!?」


 瞬時にその方へ顔を向けると、スコップを持った男性の姿が目に入る。


 「だっ誰だ! ぐぅぅ」


 その時、怖いと言う感覚よりも初めての現場を汚された事に対する怒りが俺の中を包み込んでいた。


 だが殴られた痛みで意識が朦朧とし、倒れこむ様に目を閉じていく。


----------------------------------


「うっ!?」


 明るい光がまぶたの外側から差してくる。その眩しさに目をゆっくりと開けた。


「俺は襲われて…… ここは何処だ?」


 ボヤける視界を手で目を擦りながら覚醒させていく。視界には木で出来た壁と天井が見える。窓は在るがガラスは無く、木で蓋が取り付けられている。昔の長屋に在りそうな感じだ。そんな時代遅れの風景に俺の頭は付いていけず。ただ呆然と天井の一点を見つめていた。


 それに今寝ている所も手製のベッドの上だ。機械で造られていないため、不細工で寝心地も悪い。


「気づいたんですか? 大丈夫ですか?」


 視界の外側から声が聞こえた。突然の事で少々驚いたが人がいても不思議では無い。俺は泥棒か何かに襲われて気を失って目覚めれば見知らぬ場所で寝かされていた…… と言う事は誰かが助けてくれたに違いない。


「助けて頂いてありがとうございます」


 お礼を言いながら、声がする方へと首を振るとそこには見た事が無いほど美しい長髪の女性が立っていた。


「あっ……」


 街ではまず見る事のない美しさで、芸能人が霞んでしまう程の神々しさを醸し出していた。

 髪は染めた物では絶対に出ない様な煌めく金髪で一本一本に艶があり風が吹くと音楽を奏でる様に揺れている。肌は透き通る様な美しさと白さを持っていた。

 だがそれらを凌駕するのは彫刻よりも洗礼された輪郭とバランスの取れた体であろう。

 全てをひっくるめて俺の視線は釘づけとなっていた。


「まだ体は痛みますか? 治癒魔法は掛けているけど…… やっぱり血が流れていたからまだ全快じゃないのかな?」


 頬に指を指し考える様に頭を横に倒す。その仕草をみて心臓がドクンっと高鳴ったのを実感する。


「いえ、大丈夫です。助けて貰ってありがとう」


 手を胸の前に押し出し左右に大きくふる。自分でも変な日本語だと思うが、テンパッている自分を抑える事が出来ないそんな状況だ。


「それは良かった!! 3日も眠っていたからお腹も空いているでしょう。直ぐに食事を持ってきますね」


 俺に背を向け彼女はパタパタと何処かへ掛けて行く。遠ざかる女性の背中を見つめ高鳴る心臓を確かめる様に片手を胸に添えた。

 ドクン、ドクンと伝わる音と振動が気の高ぶりを表している。

 少しの間、ボーっと後ろ髪惹かれながら見つめていたが、気を撮り直して今の状況を推理する事にしてみた。


「どう見ても、ボロいよな? 日本でこんな家に住んでいる地域ってあるのか?」


 木をスライスしただけの素朴な平板で作られた壁を見つめながら、顎に片手を添えて考える。

 そうしていると少しずつ頭が冴えて行き、俺はある違和感を思い出す。


「そういえば、彼女の服装も日本では見た事がない物だった…… これはどういう事だ?」


 周囲の状況、ガラスも無い窓から見える景色、そして美しい女性の服装…… そのどれもが20年以上過ごしてきた日本では見たことも無い物ばかりである。


「ここは日本じゃない!! 絶対にそうだ……  じゃあ…… 何処なんだ??」


 俺が再び混乱していると、先程の女性がお盆に数個の食器を載せて舞い戻ってきた。


「さぁ、冷めないうちに食べて下さい」


「ありがとうございます」


 手渡された木製の食器にはスープが入っていた。


(どう見ても手作りの食器だよな。やっぱり此処は日本じゃなさそうだ。もしかして……気絶した後に拉致られた? そうだとすれば、何故俺は看病をうけているんだ? 全く理解出来ない……)


「どうしました? 苦手な物でも入っているとかかな? でも無理しても食べた方が良いですよ」


「えっ! あぁ、すみません頂きます」


 手に持つスープに口をつけて、少し味を確かめてみる。

 ほんのり漂う木の実の香りと優しい野菜の味が上手くマッチしており、物凄く旨かった。


 ゴク、ゴク、ゴクと一気に飲み干してしまう。


「これもどうぞ、今朝採れたてばかりの山菜です」


 彼女は笑顔で別の小皿を差し出していた。


 グウ~~


 食器に盛られた料理を目にした俺の体が自然と反応する。

 恥ずかしさを誤魔化す様に、頭を掻きながら料理を受け取り、ガツガツと全てを平らげていく。


「ありがとうございます。美味しかったです」


「どういたしまして」


 彼女の言う通り、俺は腹が減っていたのだろう。


「それで、貴男は何故こんな森で倒れていたのですか?」


 突然の問いを受け回答に戸惑う。何故なのかは自分でも解っていない。

 黙り込む俺の様子を見ても彼女は笑顔を絶やさない。そして何かを察した表情を見せた。


「言いたく無い事も在るでしょう。

人種の方が危険な森で彷徨う事自体が普通では考えられませんから。ですが今はとりあえず体の傷を癒して下さい」


 何となくだが、彼女を苦しませていると思えた。その感情が何だかチクチクと痛い。

 とりあえず俺は、アニメや小説等の話でよく使われている。魔法の言葉を使ってみる事に決めた。その後、落ち着けば今の状況も整理出来るだろう。


「すみません、怪我の影響なのかは解りませが何も思い出せなくて……」


「まぁ、怪我の影響で記憶を!? そういう事も在るとは聴いた事があります。それでしたら、記憶が戻られるまでゆっくりとしていって下さい」


 そう言いながら、彼女は俺の手を握り瞳を閉じた。


「確かに魔力が不規則な動きをしていますね。きっとこれも怪我の影響でしょう」


(魔力って…… ファンタジーみたいだ。それに彼女の姿は小説やアニメで見たエルフと同じ特徴をしている…… これだけ尖った耳なんてSF映画でしか見たことが無い! もしかすると俺は異世界に転移でもされたのか?)


 冷静に冷静にと何度も心で呟きながらも、どうしてこうなったのか頭を捻る事しか今の俺には出来なかった。

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