春の始まり
静かな空間、なびくカーテン。陰になった窓際で読んでいた本から目線を上げ外を見る。少し高くなった空に真っ白な雲が浮かび、近くに見える木々は青々とした葉を茂らせている。あぁ、そっか。もう…
「もう夏がくるね。」
横から聞こえてきた声に思わず振り向くと、そこには若い男の人がいた。
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「なんて話だといい感じに進んでいきそうじゃないなぁ?」
「えー。それってザ王道!みたいな雰囲気」
「いいと思ったのにー。」
「はいはい。」
校内の桜が満開に近づいたころ、狭い部室に2人の男女がいた。
「なぁ真紘。なんでそうお前は青春恋愛ものばっかり書きたがるんだよ。」
「え?だって面白いじゃん。そういう拓篤はいつもなに書いてんの?」
「俺?…俺は書かないよ。読み専。」
「そう。」
沢田真紘と鈴野拓篤。中学からの付き合いの2人がいる部室のドアには〈文芸部〉と書かれたプレートが下がっていた。真紘と拓篤はK高校の2年になる。いつもは賑やかな校舎も入学式前のせいか静まりかえっていた。
「っていうかよく校舎はいれたよな。この時期って大体入れないだろ。」
「事前に寺井先生には許可をとっておいたの。それに校舎自体は吹奏楽部とかが出入りしてるから開いてるよ?」
寺井先生というのは文芸部の顧問のことだ。去年移動してきた先生で若くてそこそこイケメンなせいか女子からの人気が絶大だ。
「ふーん。そういえば今日吹部は?」
「さぁ、体育館でリハとかやってんじゃないの?」
真紘が持ち込んだノートパソコンのキーボードに指を滑らせる。白い指が黒いキーボードに当たるたび、心地のいい音が響いた。拓篤は自分もノートパソコンを開くとワードを起動させた。
もういやだ。机いっぱいに広がった書類を見つめながら寺井は溜息をついた。なんでだ、俺は去年移動してきたばっかだぞ!?なのになんで新入生の担任なんか…。と叫びたい気持ちを堪える。手にした書類には〈1年3組 担任:寺井辰也〉という文字がはっきりと印刷されていた。そうだ、これは変えられない事実なんだ。とたった1枚の紙切れに脅迫されている気分になる。全く、今年は色々部活に手を入れたかったのに…!という気持ちが表れたのか、手にしていた書類の隅にくしゃりとしわが寄った。
「寺井先生、新入生のことで1年団で話し合いが」
「はい、わかりました。」
部活に顔を出せるのは当分先になりそうだ。と溜息をつきながら席を立った。