8 常識知らずと恥知らず #4
「……利川さん。何か問題が?」四重郎は恭平の煮え切らない様子に疑問を抱いた。
「恭平でいいよ。……そうだね、何から話したら良いのか、ちょっと難しいところなんだけど」
その言葉を皮切りに、恭平は話し始めた。
「四重郎君。君がどこまで聞いているのか分からないから最初から話すけど、僕たちは株式会社『パルス』の人間なんだ。で、彼女、雨音詩織は『パルスドール・サーカス』の役者をやっている人間なんだよ」
「そこまでは聞きました。でも、俺はパルスドール・サーカスのことをよく知らなくて。アクションショーだとは聞きましたが」
四重郎がそう言うと、恭平は少しだけ安心したように見えた。
「そうだね――そう言えば、聞こえは良いかな」
「『パルスドール・サーカス』って、何なんですか?」
四重郎がそう聞くと、恭平は重い顔で答えた。
「殺し合いだよ」
四重郎の箸が止まった。
「でも、『パルスドール』はロボットだって聞きましたけど」
詩織が洋服の袖を握った。
「そうだね。『パルスドール・サーカス』は、『パルスドール』によるアクションを主体としたショーのこと。パルスドールは人間が動かす人形。そういう意味では、確かにロボットのようなものだ。でも、再現度が違うんだよ」
「再現度?」
「パルスドールはね、四重郎君。元々は『代理人体』と呼ばれた。味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の五感を完璧に備える。その姿は限りなく人間に近く、区別が付かないほど完璧に人体を再現している」
四重郎は眉根を寄せた。恭平は頷いた。
「そんな『パルスドール』だけど、運動能力の部分を人体には出来ないほどに強化し、アクションができるように進化させた。身体から武器を取り出したり、武器を使う能力の部分だけを強化したりね。そうやって、さも超人類の戦いのように見せたショー。それが、『パルスドール・サーカス』だよ」
「……だから、殺し合いだと?」
「そうだね。パルスドールは痛覚を備えているから、斬られればもちろん痛いし、殺されればそれだけの苦痛が伴う。詩織ちゃんは、そんなパルスドールを使う役者――ドーラーなんだよ」
詩織が四重郎の腕を掴んだ。四重郎は詩織の瞳を見たが、詩織は四重郎に向かって首を振った。もしかすると、あまり聞かれたくない内容だったのかもしれない。四重郎は唾を飲み込んだ。
「本当に、全く違いは無いんですか? 運動能力強化って、どれくらいの?」
「そうだね、たとえば――高層ビルから落ちても死なないとか、まあジャンプすれば一軒家くらいは余裕で飛び越えられるとか、それくらい。違いは――血の色が違う」
「血の色」四重郎は繰り返した。
「透明なんだ。やっぱり、ショーで殺し合いをやるとなると真っ赤な血はタブーになる恐れがあるからね。まして人型なら尚更――血の色を透明にすることで、パルスドールは人形だと主張したんだよ」
四重郎は腕を組んだ。すっかり水の抜けた鍋に気が付いて、詩織は鍋に水を足した。詩織は何も言わないでいたが、四重郎が難しい顔をしていることに気付いたのか、軽く笑った。
「私は、世界で初めての『ドーラー』なんです。パルスドールの操作には、やっぱり訓練が必要になる――役者としての私を、『パルスドール・サーカス』の創始者である三上さんが必要としているんですよ」
「……それで、あんたは追われているっていうのか」
「望んで参加したわけでは無いんです。たまたま、パルスドールの研究に参加していたから。『パルスドール・サーカス』に株式会社パルスが乗り出したのは、最近の話なんですよ」
詩織は自分の身体を抱くように、両手を回した。
「腕を落とされたり、銃で撃ち抜かれたり。自分が攻撃することも――当然、相手だって痛いです。延々と人殺しをやらされているみたいで――耐えられなくて。もう、できないと思って。それで――逃げ出したんです、私は」
詩織は沸騰する鍋を見詰めながら、うわごとのように呟いた。四重郎はため息をついた。
「殺し合い、か」
「そこで、僕の話に戻るんだけど。三上清孝はパルスドール・サーカスを継続させるために詩織ちゃんが必要だと判断して、僕の意見を無視して詩織ちゃんを探し始めた。もしもの時は、『パルスドール』を使うこともためらわないと言っていた。近いうち――捜索が始まると思う」
四重郎は詩織を指差した。
「そこまでして、こいつを使う必要があるんですか? 無理だと言っているなら、別の役者を今からでも育てれば」
恭平は頷いた。だが、それは肯定の意味ではなかった。
「まことに恥ずかしい限りだが、うちも経営が厳しくてね。今、この会社は『パルスドール・サーカス』によって支えられている一面があるんだ。だから、詩織ちゃんはどうしても必要だという判断だよ」
「……そんな、ことで」
四重郎は唇を噛んだ。恭平は真剣な面持ちで頷いて、鍋の中の大根を取った。
「もちろん、僕もこの判断には納得していない。今、代表は『パルスドール』についての一切から離れ、海外に出ているんだ。僕はこの事件を盾にして、代表に『パルスドール・サーカス』を止めさせるよう交渉して来るつもりだ」
恭平は大根を一気に頬張ると、立ち上がって白衣を着た。恭平の言葉を聞いて、詩織の瞳に光が戻った。
「本当ですか、恭平さん!?」
「元々、僕は『パルスドール・サーカス』には反対なんだ。パルスドールは、そんなことのために開発したわけじゃない。こんなことになったなら、さっさと終わらせるさ」
四重郎は玄関扉へと向かっていく恭平を追った。
「利川さん、詩織を連れて行かないんですか?」
「……あ、そうだった。詩織ちゃん、彼は信用に値する人物なんでしょ?」
「はい、もちろんです!」
思い出したかのように恭平は四重郎の手を取り、四重郎に向かってウインクした。とても嫌な予感がした。
「これも何かの縁だ、四重郎君。詩織ちゃんはパスポートを持っていないから、海外には連れて行けない。株式会社パルスに置くわけにはいかない――君が詩織ちゃんを匿ってやってくれ」
「……はあ?」
思わず四重郎は、口を開けて恭平の顔を見てしまった。
「もちろん、後で礼はするよ。向こうが『パルスドール』を使うと言うなら、君にも一体送ろう。詩織ちゃんに使い方を聞いて、自由に詩織ちゃんを守ってやってくれ」
「……いや、ちょっと。困りますよ」
「そのために、君にこの話をした。君はもはや関係者だ。頼んだよ!」恭平は親指を立てた。
「いやいやいや、ほんと困りますって」
「あ、ほらほら四重郎君、荷物きてた。ここ、サイン」
「え? ……はあ」咄嗟のことで頭が回らなかった。恭平があまりに自然な口調でそう言うので、四重郎は宅配便用に玄関先に置いてあるペンで、四重郎はサインをした。……が、配送伝票ではないことにサインした後で気付いた。
「んじゃ、頼むわ」
あっけに取られるとはこのことだ。恭平は呆然と佇む四重郎の手を取り、固い握手をして、四重郎と後ろの詩織に手を振った。
「オイちょっと待て!!」
扉は閉められた。