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7 常識知らずと恥知らず #3

「詩織ちゃん!!」


 詩織を呼ぶ声がして、飛び跳ねるように詩織は立ち上がった。四重郎の影に隠れるようにしながら、詩織はそっと自分を呼ぶ声を探していた。発見された時点で既に手遅れだろうと四重郎は思ったが、何も言わなかった。詩織を探しに来た、株式会社パルスの人間だろうか。


 駆け寄ってきたのは金髪に赤縁の眼鏡を掛けた、若い白衣を着た男性だった。詩織はその姿を確認すると、驚いて四重郎の影から出た。


利川りかわ研究長!?」


 利川と呼ばれた男性は四重郎のそばまで来て、両膝に手を突いて肩で息をしていた。随分と長い距離を走って来たように見えた。


「……」


 そして、その状態のままで顔を上げ、詩織を見た。


「……運動不足じゃないよ?」

「……はあ」


 誰もそんなことは言っていなかった。変な人だ、と四重郎は思った。


「利川研究長、どうしてここに?」

恭平きょうへいさん、だよ」男性は詩織を指差して言った。

「はい?」詩織は首をかしげた。

「『利川研究長』なんておっさんみたいな呼び名、やめてって言ったでしょ。今まで通りでいい」

「余計なお世話だ」


 思わず四重郎の口から悪態が飛び出た。恭平と詩織は意味が分からないようで、四重郎を見た。四重郎は気まずそうに視線を逸らした。


「それでりか……恭平さん、どうしたんですか?」

「ちょっと緊急事態でね。三上みかみ清孝きよたかが君を探し始めた」

「えっ……」


 詩織が息を呑むのが分かった。何やら、三上清孝というのは重要人物らしい。四重郎は全く話に付いていけず、棒のように立っていた。


「もしもの時は、『パルスドール』を使うこともためらわないと。君は人気のある『ドーラー』だから、居ないと収支が付かないんだとか言っている」


 ドーラーというのは、おそらくパルスドールとやらを使う者の総称なのだろう。だが――詩織は見るからに機嫌の悪い顔をして、恭平から視線を背けた。恭平は真剣な表情で頷いて、中腰の姿勢から立ち上がった。


「とにかく、落ち着ける場所で話そう。詩織ちゃんは今、どこに拠点を置いているんだい?」


 詩織は四重郎を指差した。恭平が四重郎を見て、真剣な表情で頷いた。


「そうか。……え? つまり、どこ?」

「こいつ――雨音さんは今、俺の家に住んでいるんですよ」


 初めて恭平が四重郎を見た。きょとんとして、詩織と四重郎を交互に見ていた。


「……誰?」

「ああ、枯草四重郎といいます」

「そっか。大学生?」


 四重郎は努めて笑顔でいたが、恭平の言葉に眉根を寄せた。


「……いえ。求職中です」

「なんか、おっさんみたいな疲れた顔してるね」

「あんた何なんだよ」四重郎は我慢ならなかった。


 しばらくの間、恭平は悩んでいた。だが――何かを決断したのか、四重郎の顔を見た。四重郎は面と向かって目を見られ、多少動揺した。


「まあ、この場所で会議するわけにもいかないし、誰かに聞かれるわけにもいかないしね。これも何かの縁かな」

「……何ですか?」

「枯草四重郎君、といったかな」

「はい」


 恭平は四重郎に向かって両手を合わせた。


「ちょっと部屋、貸してくれないかな」


 四重郎の表情は固まった。寒空の下、公園に北風が吹いた。


「もう、大家に言ってくれよ」




 六畳一間の小さな部屋で、家主と少女、白衣の男性の三人が卓袱台を囲んでいた。卓袱台の上には大きな鍋が煮えている。四重郎は滅多に使うことがないが、いつだったか母親が仕送りと一緒に送ってきた土鍋だ。土鍋には鳥肉をはじめとする食材が沢山入っていた。


「できましたよー」


 詩織が土鍋を卓袱台に置きミトンを外すと、恭平は白衣を脱ぎ、勝手に四重郎の背広掛けに掛けた。


「すまないね、僕までご馳走に預かってしまって」恭平は四重郎に笑いかけた。

「あんたが貸せって言ったんですが」

「そうだっけ」


 四重郎はため息をついた。恭平はひょうひょうとしていて、捉えどころの無い人物だと思う。


「そういえば、来る途中にお洒落なカフェがあったね。階段上がって二階の、ちょっと古風な」

「ああ、そこはお気に入りで。よく行くんですよ」

「あそこなら、別にここじゃなくても良かったかもね」


 もしかしたら、わざと四重郎を挑発しているのかもしれない。四重郎が何も言わず恭平を見ていると、恭平は笑った。


「冗談だよ。すまないね、部屋に上がらせて貰ってしまって。利川恭平、株式会社パルスで開発部のリーダーをやっている」


 恭平は四重郎に名刺を渡した。小綺麗な名刺に恭平の名前が記されている。役員のような肩書きもあった。見た目はとても若いが、もしかするとただならぬ人物なのかもしれない。四重郎はその名刺を丁重に受け取った。各自卓袱台に座ると、恭平は切り出した。


「しかし……詩織ちゃん、君はどうしてこんなところに居るんだい?」


 詩織は俯いて、正座をしたまま気まずそうにしていた。恭平はその様子を見て、ふう、とため息をついた。


「あんまり第三者を巻き込むような展開には、したくないと思っていたんだけど」

「ごめんなさい、恭平さん」

「お金は渡したでしょ?」


 恭平が問い掛けると、詩織は切り出せないようだった。四重郎は仕方なく、二人の会話に割って入った。


「使い方が分からなかったみたいですよ」

「……どういうこと?」

「金の価値も分かってないみたいだったし、ホテルの泊まり方とか。色々あるでしょ」


 四重郎がそう言うと、恭平は唖然として、事情を理解したようだった。だが、その後「言ってくれれば良かったのに」とぼやいた。

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