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24 誰が誰で、誰だったのか #2

 瞬間、四重郎は駆け出していた。


「四重郎君!」

「ヨンジューロ!!」


 中に入ろうとして、自動扉が開かないことに気付く。四重郎は何度か前に立ったが、開くことはなかった。


「おい!! これ――」


 中に入れてくれ、と四重郎が言う前に、カードキーが差し出された。驚いて手の向こう側を見ると、雨音宗之助が自身の名前が入ったカードを四重郎に渡していた。


「枯草、四重郎君だったかな」

「――――はい」

「娘は、なんと?」


 不安そうな顔をしていた。真実を探るような眼にも見えた。憔悴した双眸に見て取れる過労と、やつれた頬があった。顔をまじまじと見ることもなかったので気付かなかったが、その様子を初めて四重郎は確認した。


「……延々と、人殺しを続ける思いだったと。耐えられなくなって、逃げて来たと。そう、言っていました」

「三上は、ゲームのようなショーだと言っていた。私はショーの内容を見たことがないんだ。……本当に、それだけの苦痛を伴うものなのだろうか」


 未だ、信じられないらしい。あるいは三上清孝という存在が彼にとって、ある程度大きな存在なのかもしれない。


「パルスドールを人間の身体だと思っている人も、居るということではないでしょうか」


 四重郎がそう言うと、宗之助は目を見開いていた。一体何に気付いたのか、それは四重郎には分からない。


「――――そうか」


 四重郎にカードを渡すと、眼鏡を外して眉間を指で揉んだ。たったそれだけで、彼がどれだけの苦労を背負ってきたのかが分かるようだった。恐らく実際には、彼の思いの一パーセントも理解は出来ていないのだろうが。そう四重郎は心の中で補足した。


「君は、詩織に信頼されているようだね」

「それは分かりませんが。言わなきゃいけないことがあるだけですよ」四重郎は笑った。

「後で私も行く。先に会ってきてくれ」

「はい」


 四重郎は自動扉をくぐった。無機質なタイルが続く廊下の向こうへと四重郎は消えた。恭平が宗之助の隣に立って、自動扉の向こうを見た。


「三上は、上で何をやっているんでしょうか」

「……さあ。私には分からないが」

「行きましょう、僕たちも。……あれ? 磁石姉妹?」



 無機質なタイルの向こうにエレベーターがある。四重郎はエレベーターの扉を開き、迷わずに最上階のボタンを押下した。二十階建てという恐ろしい規模。この全てがパルスの敷地なのだろうか。


「ヨンジューロ!!」


 閉まるボタンを押下してすぐ、四重郎を呼ぶ声があった。慌てて開くボタンを押し直すと、リズとイザベルが入ってきた。


「どうしたんだ。パルスドール壊れちまっただろ、危ないだけだぜ」

「ヨンジューロ、あっと・クラシックと戦うの?」

「あっと・クラシックはとても強いです、戦わない方が良い」


 扉が閉まり、四重郎たちは最上階へと向かった。扉の上部にある階数表示が点滅しながら右にずれていく。


「戦うわけじゃねえよ。大丈夫だ」

「でも、ミカミのことだから、何をしてくるか」

「大丈夫だろ。別のパルスドールと鉢合わせることはあるかもしれないが、生身の人間に攻撃はできないって」


 階数表示の点滅が二十階を差した。扉が開き、四重郎はエレベーターから外に出る。


 そこには、いくつものマネキンのようなものがあった。パルスドールの原型だろうか? 異様な光景だったが、四重郎はショーウインドウに飾られたいくつもの人形を横目に廊下を進んでいく。


「それより、あんたらはここに住んでるのか?」

「社員寮と一緒になっているので。この建物の一部には、住まいがあるのです」

「戻ってな。三上のことは気にしなくていい」

「四重郎は、ミカミが怖くないの?」


 イザベルの言葉に、四重郎は立ち止まった。目の前には階段があった。恐らく、これが屋上に繋がっている――……。立ち止まると、リズとイザベルを見た。


「不思議なもんでさ。どうにも、共通点を感じるんだよな」

「共通点?」リズが聞いた。

「一緒にしたら三上清孝に悪いか。……でもさ、本当にそうなんだよ」

「どこが? 全然似てないよ、ミカミの方がこわい」


 四重郎は笑った。そして、階段を上がっていく。リズとイザベルは不安そうな表情で、それを見ている。


「別の、誰かになろうとしているところかな」


 そして、四重郎は屋上の扉を開いた――。



 いくつもの人間が横たわっている。男性だった。四重郎はそれを確認し、奥にいる人間を見た。見えないが、詩織が居るのだろうか? 男性に囲まれ、迫られているように見えた。屋上の角には三上清孝がいた。


「……もう、やめてください!!」


 深緑のジャンパーを羽織った男たち。何をされているのだろうか? 四重郎には分からなかったが、とにかくそこへ向かって走り出した。


 雷鳴が響く。それと同時に、深緑のジャンパーを着た男たちは四重郎の方へと飛んで来た。驚いて四重郎はどうにかそれを避ける――……。横に飛び、転がった。男たちが吹っ飛ぶと、奥にいる人間を確認することができた。


「もう、慣れてきたかい?」


 詩織が肩で息をしながら、立っていた。俯き、前髪で表情は見えない。追い詰められているようにも見えた。瞬間、四重郎は悪寒を覚えた。


「……どうして、こんなこと、するんですか」

「君がパルスドールを壊すのに抵抗を覚えているからだ。まだまだショーは続く、こんなところで倒れて貰っては困るんだよ」


 三上清孝の作戦に、気が付いた。辺りに転がっているのは、全て深緑のジャンパーを羽織った男たち。床に転がる無残な――死体のような人形たちを見て、四重郎は吐き気を覚えた。


「最低です。あなたは悪魔です。……悪魔です」


 それらは全て、自分と同じ顔をしていた。


「見ろ!! 血は出ないだろう。紛れもなく、人ではない証拠だよ。君もそうだ。だから恐れる必要なんてない」


 そこに居るのは、雨音詩織そのものだった。偽者ではない、本物の雨音詩織――。目の前で殺戮を繰り広げ、詩織を慣れさせる作戦なのだろう。それが、よりにもよって自分とは。四重郎は怒りを覚えるのと同時に、詩織に向かって走った。


 言わなければならない言葉があった。三上に連れ去られてから、四重郎は一度として詩織と会話ができていなかった。最後に泊まったホテルで、詩織は四重郎に大切な言葉を投げかけた。


『俺は女性の姿で、今までとは全く新しい生活をスタートさせて。ドーラーにもなって、大学にも行けて――そんな、夢物語だよ』


『自分の身体を捨てて、嘘の身体になりたいと思いますか?』


 その言葉に対する、回答――……。色々な人に支えられた。もう駄目かと思ったが、意外にも四重郎を見ている人間は、沢山いた。そのことを、伝えなければいけなかった。


 初めて自分のことを見ていると、口にしてくれた人間に。


「詩織!!」


 四重郎は走った。


「……もう、いや」


 例えるならば、四重郎は二つの大きな勘違いをしていた。


 一つ目は、長いパルスドールの操作時間の中で、自分とパルスドールの区別が付かなくなっていたことだ。四重郎の身体には代わりは効かないこと。超人的な力も出せないこと。そして、何よりも突然の攻撃を避ける手段を持たないことだった。


「来ないでください!!」


 二つ目は、目の前に居る雨音詩織のことだ。気が付いた頃には既に遅かった。雨音詩織は翼を生やし、レイピアのような――片手剣を手に持っていた。この段階、このタイミングまで気が付かなかったのならば、もう後戻りは出来なかった。


 詩織は大きくレイピアを振り被った。四重郎はその意味に気が付かなかったのだ。


 三上清孝が当然のように枯草四重郎のパルスドールを造り、詩織を説得しようとしていたこと。


「し……」


 そして、その場所に本物の枯草四重郎が飛び出して行ったことに。



 四重郎の身体は貫かれ、血が吹き出した。


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