23 誰が誰で、誰だったのか #1
四重郎は肩で息をしていた。キャンディは身動きが取れずにいた。拳を引き抜くと、そのまま床に突っ伏した。
「……あああ、がああああ!!」
床で転がって悶えるキャンディ。四重郎は驚いて、戦闘態勢を解いた。
「意識を切れ、キャンディ!! 早く!!」
キャンディは聞こえないようで、苦痛に表情を歪めていた。四重郎はキャンディのポケットを探した。ヘッドセットから電源は切れる。ならば、普通はリモコンを持っているはずだ――……。
「これか!!」
四重郎はリモコンのスイッチを押下した。キャンディの瞳から生気はなくなり、沈黙が訪れた。
肩で息をしながら、四重郎は驚くべき光景に呆然としていた。今までは爆発で勝っていたため、そこまで生々しい状況を見ていなかった。肉弾戦の場合、あるいはキャンディのドリルで貫かれれば、四重郎が同じように苦しんでいただろう。
「……」
殺し合い。確かにそれは、パルスドールを使った殺し合いだった。爆発で勝つスタイルというのは、パルスドールの中ではパステルが初めてだったのではないだろうか? 詩織はずっと、この肉弾戦の戦いに身を置いていたのではないだろうか。
同じボディを使い、毎日のように相手を殺す日々。あるいは、自分が殺される日々。苦しいに決まっている。こんなことを繰り返していると言うのであれば、それは――狂っている。
「四重郎さん」
四重郎は立ち上がり、詩織に向かった。詩織は複雑な表情をしていた。やはり、目の前でパルスドールが壊れる瞬間というものを見るのは辛いものがあるのだろうか。四重郎は詩織の手を取ろうとした。
「詩織、すまんな。もう大丈夫だ、終わったから」
詩織は四重郎と倒れたキャンディを、交互に見ていた。とても――寂しそうな目をしていた。
「いえ。……四重郎さん、私、会社に戻ります」
そう言って、四重郎の腕をすり抜けた。四重郎が振り返ると、詩織は寂しそうに笑っていた。
「どれだけ逃げても、いつかは誰かが追い掛けてくる。何より、私は必要とされているんだと。……なら、やらなければいけないことをやらなければならないと」
何故だろうか。唐突に四重郎の中に、ある疑問が生まれた。
「何言ってんだ、やらされているだけだよ。こんなことはもう、終わりにするべきだ。詩織も言っていたじゃないか」
「四重郎さんに迷惑を掛けてまで、やることでしょうか?」
ぞわりと、冷たい風が吹いた。目の前に居るのは、詩織そのものだ。何もおかしいところなどない。短い期間でも、あれだけ密接に関わった人間の顔はそう忘れられない。
だが、何かがおかしい。
「すいません、四重郎さん。私、会社に戻ります」
それだけ残して、詩織は屋上の扉へと向かった。
今の台詞は、おかしい。まるで、四重郎が負けた時のシナリオのようではないだろうか?
唐突に、四重郎の中にそのような疑惑が芽生えた。助けに来た四重郎が、キャンディと戦う。四重郎が負ける。倒れた四重郎に、詩織が言うのだ。会社に戻ります、と。
「詩織!!」
「またどこかで、会えたら。良いですね」
確認する手段。四重郎の中に生まれた疑問を確認するために、どんな手段が考えられるだろうか?
「――パステルさん」
「はい?」
すなわち、目の前の詩織が『偽者』であると、『パルスドール』であると、確認する手段は?
「『パステルさん』だ、詩織」
詩織は怪訝な表情を浮かべた。
「――――何の、話でしょうか」
四重郎は目を見開いた。
「お前は誰だ」
四重郎は詩織に詰め寄った。詩織は驚いて、慌てていた。
「四重郎さん? どうしたんですか?」
「お前はパルスドールだな。本物じゃない」
構わず、肩を掴んだ。逃げるように詩織は動いたが、四重郎は詩織の肩を離さなかった。
「四重郎さん!! 私は偽者なんかじゃないです!!」
突きつけるように、四重郎は言った。
「俺が『あっと・パステル』に入っている時は、『パステルさん』と呼ぶと。そういう約束だったな」
詩織が沈黙した。詩織は首を振っていたが――ふと、冷たい氷のような目をした。思わず、四重郎はごくりと唾を飲んだ。いつの間にか、肩を掴んだ詩織の反対の腕が、四重郎のスカートのポケットに入っていた。
ピピ、と音がした。
「……仕方ないな」
肩を掴んでいたが、手を離した。目の前に居る詩織は詩織ではなく、紛れもない『パルスドール』だった。姿かたちは変わっても、それが誰なのか四重郎には分かった。
こんなにも冷たい目が出来る者は、四重郎の知る限りでは一人しか居なかった。
「――三上、なのか」
瞬間、四重郎を悪寒が襲った。確かに今、電子音がした。何をされた――――!? 慌てて、四重郎は身体を確認する。何も変化はないが――……。
「本体のシャットダウンを宣言した。放っておけば五分後には機能停止する。君の身体は本社に向かっているのだろう? 誰かが本体を起動しなければ、パステルはもう動かない」
詩織の――いや、三上の背中から翼が生えた。戻るつもりなのだろうか。
「何の目的があって、こんなことをするんだ」
「決まっているだろう。君が雨音詩織を諦めれば、全て解決するのだから」
四重郎が詩織を諦めれば。ということは、詩織が自由を求めることについても既に何らかの対策を取っている、ということだろうか。
「詩織は今、どうしている」
「君が知る必要はないよ」
翼を広げ、飛び去った。四重郎は手を動かそうとしたが、違和感を覚えた。急速に眠くなるように、腕が言うことを聞かなくなっていた。シャットダウンを宣言した――一般的なコンピュータで考えるのであれば、機能停止。そういうことだろうか。
「待てよ!!」
おそらく――本体にも電源のようなものが存在するのなら。四重郎がパルスドールを受け取った時から、既に本体は動いていた。意識を転移する方法とは違うのだろう。足の自由が効かなくなり、四重郎は膝を付いた。
頭の中に声が聞こえてくる。
『三分で、転移した意識を解放します』
パステルはもう使えない。四重郎は、恭平が運んでいる本体を――自分を使って詩織を救わなければならないということだろうか。四重郎は震える指でリモコンを取り出し、シャットダウンを解除する方法を探した。既に力が入らなくなっていた。
「こいつじゃなきゃ、駄目なんだよ。この身体じゃなきゃ」
四重郎の本体は超人的な力を使えない。それどころか、何も出来ない。努力しても、結果を出せない――ついに、四重郎はリモコンを落としてしまった。何かが停止していくのが、意識の上からでも分かった。
「どうしよう。……どうしよう」
落としたリモコンを取ろうとする。だが、既に腕は動かない。
この身体が動かなくなってしまえば、四重郎は望んできたことを全て成し遂げられなかった人間に戻ってしまう。一生懸命努力し、届かず、諦めてきた日々。せめて形だけでも、それを忘れていたかった。パステルの姿ならば、自分はやれると思った。
パステルの姿でなければ――
「大丈夫だよ」
ふいに、背中から抱きすくめられた。四重郎は驚いたが、首はもう動かなかった。聞こえてくる声は、予想する限りではここに居るはずのない声だった。
「パルスドールだから、うまくいく訳じゃないよ。諦めなければ、きっとどうにかなるから」
初めて出会った時、キャンディは苛々していたと言った。パステルの姿になった四重郎を、見事に当ててみせた。まさか、とは思っていた。思っていたが、確証が無かった。だから、四重郎も何も言わなかった。
「――――東雲、なのか?」
あっと・キャンディの中の人物は。
「パルスドール・サーカス、終わりにすんの?」
「……ああ。金のためとはいえ、出演者の頭がおかしくなるようなショーを続ける訳にはいかないだろ」
「あたしはゲームだと思ってたから。そんなに辛くなかったけど」
「ごめんな。痛かったろ」
「痛かったよ。バーカ」
やはり、東雲真理だろう。この笑い方、話し方。不思議な感覚だった。
「詩織のことはぶっちゃけよく分からないんだけど、四重郎が助けるって言うなら頑張ればいいと思うよ」
「……そか」
「頑張れ!」
わざわざ見える位置に真理の顔が現れた。目と目で会話する。たったそれだけで、四重郎は勇気を貰った気がした。
「誰が誰を操作しているのかなんて、分からないもんだな」
急速に意識が遠のいていく。四重郎は薄れゆく記憶の中、真理に四重郎と呼ばれるのは初めてだということに気が付いた。
一瞬にして、四重郎は遠く離れた本体へと帰って来る。目を開くと、恭平が自分を背負っていることに気付く。ここは――目の前に巨大なビルと、株式会社パルスのロゴが見えた。
「四重郎君?」
恭平が気付いて、四重郎に声を掛けた。
「どうだった?」
「……偽者でした。詩織の姿をしたパルスドールを、三上が操作していたんです」
「……そう」
四重郎は頷いて、恭平から降りる。恭平は複雑な顔をしていた。
「四重郎君、これがパルスの本社だよ」
見上げるほどの巨大なビル。敷地はとても広く、従業員の数も多いのだろう。
「これが、倒産間近の会社ですか」
四重郎がそう呟くと、宗之助が前に出た。
「初めは良かった。我々の開発に、誰もが注目していた。新しい機械も事業も売れていた」
「どうして、駄目になったんですか?」
「駄目になったわけではないよ。……ただ、未来に希望が持てなくなった。私が先の計画を立てないことで、『パルスドール』の企画は徐々に消えていった。その時に三上が言った」
遠い場所を見るように、株式会社パルスのロゴを見詰めていた。
「この事業は、まだ伸びると。自分が形勢を立て直してみせる、とね。だから、私は任せたんだ。それが始まりだよ」
「ヨンジューロ」リズが四重郎の袖を引いた。
「四重郎だよ。どした?」
「あれ、見て」イザベルが屋上を指差した。
「あれは……」恭平が驚いていた。
四重郎も屋上を見た。はるか上空に黒雲が見えた。雷が落ちているようにも見える――あれは、なんだろう? 局所的な雷雲――……? だが、しばらくすると黒雲は去った。まるで嘘のように、空は静寂に包まれた。
「あっと・クラシックの武器発現だ」
「クラシック?」四重郎は聞いた。
恭平は深刻そうな表情でいた。四重郎が眉根を寄せると、恭平は四重郎を見て言った。
「詩織ちゃんのドールだよ」
戦いは既に、行われている。




