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19 マグネットシスターズ #2

「結局、何だったのかしらね」


 ネットは円の中のパステルを見て、呟いた。パステルは動かない。それもそのはずだ、四重郎はパステルの身体から離れたのだから。二人はゆっくりと、パステルに近付いていく。


「とりあえず、どうしようか? こいつ、壊しちゃう?」


 そう、円は二つの意味を持っていた。一つは、彼等をそこに誘い出すためのトラップ。そして、もう一つは――


「そうね。頭にきたし」


 ビルの化粧室で四重郎が眠る前に『カラーリングガン』を使い、照準が合うように何度も試し撃ちをした輪だ。


「きゃっ!?」

「どうしたの、姉さん?」

「何か、冷たい――」


 瞬間、爆発が起こった。マグネとネットは爆発に巻き込まれる。辺り一面に散らばったパステルのペイント――花柄模様の道路に隠れて見えなくなってしまった――によって、爆発は爆発を呼び、すさまじい規模のものになる。


 ただ一つ、円の中に居るパステルを避けて。


 四重郎はビルの化粧室から出て、階段を一気に駆け下り、公園へと向かった。


 あれだけの爆発があったというのに、公園には何の損害もない。やはり、意識して壊そうとしなければ壊れないものなのだろう。四重郎の武器は遠隔操作できる爆弾と同じなのだから、四重郎は周りの物を傷付けることはできないということか。


 ぼんやりと有体なことを考えながら、四重郎はパステルに駆け寄った。抱き上げると、すぐそばで転がっているマグネとネットを見た。黒焦げになっていたが、既に意識は切れているだろう。


「発現した武器を使えるのはパルスドールだけじゃねえってことだよ。それを確かめて、俺はあんたらを油断させる口実を探した。それだけのことだ」


 既に二人の意識はパルスドールの中にはない。それでも、四重郎は呟いた。


「すまねえな、巻き込んじまって。関係ないんだろ、あんたらも」


 パステルを抱きかかえたまま、詩織の下へと走った。



 パステルの身体は思ったよりも重く、四重郎はなかなか走る速度を上げることができなかった。パステルの姿で本体を抱えた時とは、別次元の辛さだった。もちろん、四重郎の本体は生身の人間なのだから、それは当たり前だったのだが。思えば、公園のベンチはどれも似たような造りになっている。詩織が座っていたベンチはどれだろうか。


 詩織は眠っていた。あんな場所で眠らされたまま放置されたら、あまり安全とは言えないだろう。パルスドールが戦闘態勢に入っている時の熱量はかなり大きかったようで、四重郎は走りながら寒さに震えていた。吐く息が白い――もうじき日付が変わる頃だろうか、雪でも降りそうな気温だった。詩織が買っていた弁当を食べておいて良かった。


「詩織!!」


 ベンチに座り、未だ眠っている詩織を発見して、四重郎は声を掛けた。だが返答はなかった。余程強い薬で眠らされているのだろうか――……。四重郎は詩織に駆け寄った。


 ベンチで眠る詩織を抱きかかえる者がいた。四重郎は慌てて立ち止まった。


「……君か。『あっと・パステル』を使い、詩織の救出を邪魔する者は」


 目の細い、茶髪の男性だった。恭平と似たような白衣を身にまとっていた。四重郎は肩で息をしながら、茶髪の男性を見ていた。確証はなかったが、予感はあった。


「三上、清孝」


 その名前を口にすると、茶髪の男性は微笑んだ。目を閉じて首を振ると、四重郎に背を向けた。遠くからヘリコプターの音が聞こえる。まさか、こちらに向かって来ているのだろうか? パステルはもう動けない。


「待てよ!!」


 声を掛けると、三上は振り返った。


「何をそんなに必死になっているんだ。都合が悪くなると焦り、周りが見えなくなる。使えない男の典型だぞ」


 四重郎は眉根を寄せた。話す気もないといったようで、無関心な様子でそう言われたからだ。


「詩織を返せ」


 三上は平然としていた。


「もともと私のモノだ。君に返せと言われる筋合いはない」

「そういう意味じゃねえ、自由にしてやれって言ってんだよ!!」


 三上は黙って背を向けた。ヘリコプターはやはり、こちらに近付いて来ていた。上空、すぐそこまで迫っている。四重郎は近付いたが、何か黒い物を突き付けられた。あれは――拳銃? 本物だろうか――分からなかったが、四重郎は立ち止まった。


「お話にならないな。私の邪魔をするなと言っているんだ」

「そいつを使って、また『パルスドール・サーカス』を続けるつもりか」

「一件あたりの催し物を開催するのに、どれだけの金が掛かり、どれだけのリターンがあるのか考えたことはあるか」

「知るかよ」間髪入れず、四重郎は言った。

「馬鹿には分からないことかも知れないが、今この会社は『パルスドール・サーカス』によって保たれている。彼女を失うわけにはいかない」

「本人が嫌がっていてもか」

「知ったことか」三上もまた、間髪入れずに四重郎の言葉を蹴った。


 上空のヘリコプターから、梯子が現れた。やはり、このまま去るつもりらしい――……。パステルは動けないだろう、協力者はいない。手元には詩織が持っていた携帯電話がある。だが、恭平がすぐに助けに現れる道理もないだろう。四重郎が追わないと判断したのか、三上は拳銃を懐にしまった。


 どうにか、しなければ。


「俺のことを使えない男の典型だと言ったな。お前こそ、エリートの鏡って顔してるぜ。結果に追われる会社の犬、売り上げを出すのにさぞかし必死なんだろうな!」


 三上は四重郎の言葉を無視した。


「もうすぐ、お前んとこの代表が日本に帰って来るぜ。そうしたら、『パルスドール・サーカス』も――人の自由を奪う悪魔のような計画も終わりだ」

「終わればこの会社が潰れる。雨音代表は私の企画を受け入れる」


 そんなことがあってたまるか。雨音詩織は着の身着のままで逃げ出したようだった。つまり、それほどの苦痛を伴っていたに違いないのだ。だから、恭平が協力をしたはずではないのか。


 代表が戻ってくれば、パルスドール・サーカスは終わるのではないのだろうか。


「諦めて別の企画にしろよ。詩織をお前の企画の犠牲者にするな」

「一つの企画を立てるのに、どれだけの費用が掛かるか知っているか? 君のように物事をすぐに諦め、無駄な方向転換を繰り返す愚か者が会社を駄目にするんだよ。利川恭平のようにな」


 まるで、自分のことを言われているようだった。四重郎は目を見開き、激しい怒りを感じた。


「会社も人の集まりだろうが!! 気持ちの良い環境じゃなきゃ意味ないだろうが!!」

「君に会社のなんたるかを問われる筋合いはない。どうせ成功もしていないのだろう」

「よく、知りもしないでそんな事が言えるな」

「ああ、言える。無駄な方向転換を繰り返し、諦めてきたんだろう? これは無理だと思い、諦める方向に力を使ってきただろう。見れば分かる、どうせ会社の事情を知りもせずに『一目辛そうな』雨音詩織を守ろうなどと、くだらないことを考えたのだろう」


 四重郎は開いた口が塞がらなかった。何故、見ず知らずの人間にそんなことを言われているのか。


 四重郎のコンプレックスを、突かれているのか。


「そうでなければ、君が今ここに居る理由がない。大学生か? 学校はどうした。社会人か? 仕事は? もし君が忙しいのなら、こんなことに油を売っている場合ではないだろう」


 四重郎はわなわなと震えた。三上が梯子に手を掛ける。もう、引き止めるのは――いや。


「そもそも、彼女はここにいることが幸せなんだ。会社の復活に協力できるのだからね。諦めると言うなら、雨音詩織を助けることを諦めなさい。代わりにこれをやろう。好きにしたまえ」


 そう言うと、三上のヘリコプターから何かが落ちてきた。巨大な二つの袋だった。四重郎はそれを受け止めようと走ったが、先に袋は地に落ちてしまった。ヘリコプターは三上を乗せ、少しずつ距離を離していく。四重郎は梯子を捕まえようと、手を伸ばした。


「おい、待てよ!! 話は終わってねえぞ!!」


 その時、微笑んだ三上の左手が、受け入れるように四重郎へと伸びた。


 さながら、それは四重郎の懺悔に審判を下す神のように見えた。


「君は、よく頑張った」


 四重郎の伸びた手が止まった。ぴくりとも動かなかった。それは、四重郎が自分自身に言ってきたことの、全てだった。


 自分自身に『言い訳』してきたことの、全てだった。


 そのまま、ヘリコプターは飛んで行った。


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