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16 嘘の身体になりたい? #1

「めちゃくちゃだ。何考えてるんだ」


 キャンディとの交戦が終わった後、四重郎と詩織はホテルの一室を借り、身を隠していた。四重郎の家に帰るわけにはいかなかったためだ。


 四重郎は電話越しに聞こえてくる恭平の声を聞いていた。詩織が持っていた携帯電話には恭平の番号が入っており、番号をダイヤルすると海外の恭平にコールした。どういう仕組になっているのかは分からなかったが、インターネットの回線を使っているとの説明を受けた。


「それで、詩織ちゃんは?」

「今はシャワーに。この後何が起きるか分からないんで、俺の家からは離れました」

「四重郎君は、シャワーはいいの?」

「もうとっくに済ませましたよ」

「一緒に入れば良かったのに。今パステルの身体でしょ?」

「逆に聞きますけど、あんたできるんですか? できないでしょ?」

「冗談だよ。四重郎君はかわいいなあ」恭平は笑った。相変わらず、真剣と冗談の境目が読めない人だと思う。

「恭平さんは、今どこに?」

「アメリカの拠点に居るよ。代表のスケジュールが整理できなくてね、もうちょっと行くのに時間掛かるかもしれない」

「早く来てくださいよ。こっちはもう限界です」

「分かってるよ。ただ、何もかも投げ出して向かう訳にもいかないだろう」


 四重郎はため息を付いた。こちらは未だ、パルスドールの身体に居るというのに――そこまで考えて、四重郎は自分の本体を放っておいたままだということに気が付いた。


「パルスドールの身体はどうだい、四重郎君」

「正直、驚きました。スーパーヒーローにでもなったような気分ですよ」

「戦闘したんだよね。戻ったらちゃんと整備するから、今はなるべく傷付けないようにね。壊れたら替えがない」

「もちろんです」

「しかし、三上も大胆な手に出たな。あんまり内部で抗争しているところは見せたくないんだけど」


 四重郎はホテルに備え付けてあるテレビを見ていた。テレビではまさに、パルスドールについてのニュースが流れている。見世物小屋を出ての、新たなパフォーマンス――そのようにマスコミは捉えたようだ。確かに、屋上のコンクリートを除けば一切の破壊をしていない。


「抗争というより、『パルスドール・サーカス』の延長戦だと取られたみたいですよ。ニュースではそのように」

「なるほどね。大掛かりな破壊がなければ、そうとも見えるか」

「そういえば、武器やパルスドールでは、建物は壊れないんですね」

「一応、小屋の中で戦うことを想定しているからね。ドーラーが故意に破壊する意思を持たなければ、ドール以外への破壊は防がれるよ」


 ということは、キャンディのドーラーは自らの意思を持って屋上のコンクリートを破壊したということだ。開放的な性格であることは少し感じられたが、やりすぎではないのか。


 四重郎は一面強化ガラスに覆われた壁から、町並みを眺めた。某ビジネスホテルのスイートルームだ。四重郎は止めたが、「甘いお部屋というのが気になります」という詩織の意見によってスイートになった。別に構わないが、もう少し世間の常識というものを知って欲しい。


「……代表は、どんな様子ですか?」

「正直、問題をあまりちゃんと認識していない。パルスドールからは離れてしまっているから」

「そういえば、前もそう言っていましたよね。そもそも、どうして離れたんですか?」

「商品価値に問題があると判断されたようなんだ。それをひっくり返したのが三上清孝で、彼に一任されているというわけさ」


 四重郎が使ってみた感想としては、商品価値は十二分にあるように思われた。あれだけの運動性能を発揮し、自分の代わりの肉体として使うことができる人形――。欲しがる人間は多いのではないだろうか。


「すまないね、ここまで大掛かりな問題になるとは思っていなくて」


 詩織がシャワーから上がった。相変わらず髪が拭けていないので、四重郎は手招きをした。詩織は電話に気付いて、黙ってこちらに向かってくる。


「別に構いませんよ。なんていうかもう、別次元の問題ですから」

「後でたっぷり報酬は出すからさ。高いバイトだと思って」


 四重郎は詩織の頭を拭きながら、ドライヤーを使えば良いのにと思った。もしかしたら使い方を知らないのかもしれない。後で教えてやらなければ。


「夢のため目標のため、稼ぐ金だと思ってくれたまへよ」


 恭平が唐突にそんなことを言うので、四重郎は黙ってしまった。夢のため、目標のため。四重郎は、それを諦める決断をしたところだった。


 誰も、諦めたくなんてない。四重郎はそうキャンディに言った。正確には、キャンディのドーラーに――あの時、ほんの少しだけ彼女の顔色が変わったような気がしたのだ。余計なことを言ったのかもしれない。四重郎は既に目標を持つということすら、とうに諦めていたのだから。


「……使い道くらいは、考えておきますよ」

「うん」恭平は嬉しそうに言った。


 少なくとも、夢や目標を持っている人のために使いたい。などと思いながら、目の前で頭を差し出している少女を見る。できれば、ドーラーをやめて料理人になりたいと話した。彼女のような人間が自由であるべきだろう。


 四重郎は通話を終了した。


「四重郎さん、でもいいですか?」

「ああ、今は二人だからな」四重郎は頷いた。

「恭平さんと話していたのですか?」

「ああ。とりあえず、現状は報告しておいた。急いでくれるだろうさ」

「ありがとうございます。四重郎さんは、本当に良い人です」


 はたから見ても一目瞭然で分かるほどに、詩織は四重郎に懐いていた。四重郎がソファーに座ってテレビを眺めていると、詩織は四重郎の膝の上に座り、甘えてきた。恥ずかしかったが、妹を可愛がるような気持ちで四重郎は接してやる。


 テレビでは、四重郎の現在の姿――あっと・パステルが家の屋根を飛び回る姿が映っている。


「恭平さん、なんて言ってました?」

「報酬はたっぷり出すから、夢に向かって頑張れってよ」

「あは、恭平さんらしいですね」


 もしも、たった一つ四重郎に夢があるとすれば――それは、人生をやり直すこと。自分という存在には、既に呆れ果てていたからだ。このままでいても、何も成功しない。少なくとも、自分の姿では。そう思えるほどに四重郎は失敗し、諦めてきた。


「四重郎さん、かっこいいです。ちゃんとパステルを使いこなしてますね」

「まるで――いや、まさに別人だよな」


 ぼんやりと、四重郎はテレビに映る小さな自分の姿を眺めていた。


 モニターの向こうに映る姿は、自分とは似ても似つかない自分だ。


「このままさ。ずっと、『あっと・パステル』の姿のままで、生活することも出来るのかな」

「……それは、どういう?」

「俺は女性の姿で、今までとは全く新しい生活をスタートさせて。ドーラーにもなって、大学にも行けて――そんな、夢物語だよ」


 一緒になってテレビを見ていた詩織が振り返り、四重郎の瞳を見た。何故だか、とても悲しそうな顔をしていた。


「本当に、それを望みますか?」


 急に見詰められてしまい、四重郎は戸惑ってしまった。テレビの向こうでは、ビルの屋上に消える自分の姿が見える。映像はそこでストップしていた。


「自分の身体を捨てて、嘘の身体になりたいと思いますか?」


 重い問いかけだと思った。もしかしたら自分は迂闊なことを言ってしまったのかもしれない。ドーラーである詩織には、パルスドールとして生きることの辛さを誰よりも、知っているのかもしれない。


「私は、四重郎さんが好きです。あっと・パステルじゃない、本物の身体の四重郎さんが好きです」


 それでも、四重郎は聞かずにはいられなかった。


「……理由を、聞いても良いかな。俺に良いところなんて、あるか?」

「当たり前です。パルスドールなんていりませんよ」


 詩織は当然のように笑った。


「四重郎さんは、一生懸命になるのが怖いんです」


 何故か、確信を突かれたような気持ちになった。


「本当は、何だってできるんです。私には分かります。いつも、いつも、一生懸命になってしまうぎりぎりのところで、抑えてしまうんです」

「それは、どうして」

「『また』、駄目だったらどうしようかって、心の中では考えているんです」


 自分よりも経験を積んでいる人間には、敵わないと思っているから。


「一生懸命やって、本気で頑張って、それでも駄目だったことがあるからです」


 あるいは、詩織もそうなのだろうか? 一生懸命やって、頑張って、折れた経験があるのだろうか?


「どんどん頑張れなくなってしまうんです。未来が見えてしまうからです。でも」


 詩織は四重郎の手を取った。四重郎は動揺していた。この娘に、何故こうも見破られてしまうのかと感じた。


「それは、本当の未来じゃないです。きっと、先があるはずです」

「先?」四重郎は聞いた。

「四重郎さんには、自由に歩くための足があるのですから」

「詩織にだって、あるじゃないか」


 笑顔のまま、首を振った。


「私には、ありません。ドーラーですから」


 詩織はテレビを消した。四重郎の――あっと・パステルの姿は消え、静寂が訪れた。気付けば、夕暮れが近付いていた。四重郎は、詩織の言葉を受け止めていた。自由に歩くための、足――……。それがパルスドールにはなく、四重郎にはあるというのだろうか。


「――そろそろ、戻ってください。本体も空腹になります。そろそろ限界のはずです」

「大丈夫か? 恭平さんが来るまで居たほうが良いんじゃ」

「そんなの待ってたら、餓死してしまいます。元の身体に戻って、こっちまで来てもらえませんか?」

「パルスドールに戻るんじゃ、駄目なのか? ヘッドセットからも転移できるんだろ?」


 四重郎の胸に、小さな娘の頭が預けられた。


「本物の四重郎さんに、会いたいから」


 そう言われては、向かうしかあるまい。


「――わかった」

「キッチンはないけど、おいしいごはんを買って待っていますから」


 四重郎は頷いて、ポケットのリモコンを操作した。瞬間、視界がひっくり返った。


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