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14 カラミティキャンディ #2


 それからの四重郎は、とにかく必死だった。パルスドールの能力を余すことなく使い、二十分は掛かるだろう繁華街までを五分で通過した。繁華街に辿り着くと一旦詩織を降ろし、人間の駆け足ほどの速度で二人は駅へと向かった。


「パステルさん、どうして速度を落とすんですか?」

「普通の人に見付かったらまずいだろ。逆に、人ごみに紛れれば探すのは困難なはずだ」

「パステルさん、言葉遣い」

「あー……ごめんなさい」


 言いながら、四重郎は二人分の切符を買う。素早く切符を改札に通すと、四重郎は詩織を連れて人ごみに紛れるようにホームの中に駆け込んだ。出来る事なら地下鉄が良い。そう思いながらも、最寄りの駅には地下鉄の駅などなかった。


 二人は最も早い時間帯の電車に乗った。方向など決まっていない、とにかく逃げられる事が重要だった。ちょうど良く到着していた電車に滑り込むと、電車の扉は閉まり、ゆっくりと目的地へ発進した。


「……これからどうしましょう」


 これから――どうするべきだろうか。回らない頭で四重郎は次なる目的地を探した。とにかく、人の集まる場所に居なければ。


「恭平さんが戻って来るまでは、どこかに逃げないと……ね」

「どこか、ですか」

「ホテルか何かに泊まりましょう。人が沢山集まるところであれば、向こうも迂闊に手出しはできな――」


 不自然に切れた語尾に詩織が戸惑った。四重郎は電車の窓から外を見て、唖然としていた。高速走行している電車の窓を開くと、強い風が車内に入ってきた。窓の外に身を乗り出すと、長い赤髪が風に揺れる。


「お嬢ちゃん、危ないよ!!」隣で注意する年配の方の声も耳には届かない。


 家の屋根から屋根を伝い、キャンディはこちらに向かってきていた。恐ろしき跳躍力で――何故、屋根が壊れないのだろうか。着地の衝撃だけでなく、飛ぶ瞬間の力も何かの制御が掛かっているように見えた。キャンディは薄ら笑いを浮かべながら、周りの見物人が騒ぐ声も完全に無視している。


「……冗談じゃねーよ」


 詩織がその様子に気付き、両手で口を抑えた。キャンディの速度は恐ろしく速い。徐々にこちらに近づいて来ていた。四重郎は反対側の窓を勢いよく全開にし、詩織を背負った。線路の位置は高く、下には住宅の屋根が見える。


「パステルさん!?」

「詩織、飛んでも大丈夫か!?」

「やったことないですけど、多分大丈夫です!!」


 四重郎は窓枠に足を掛け、意識を集中した。


「おいおい、お嬢ちゃん!!」


 構わず、四重郎は窓枠から外へと飛んだ。羽ばたくように四重郎の身体は宙に浮き、電車と同じ速度で空を飛んでいたが――不思議な力が働き、四重郎の身体は減速していった。電車がその線路を通り過ぎる前に、四重郎は地面へと降り立った。


 もはや、人ごみに紛れるなどと悠長なことを言っている場合ではない。驚き、あるいは騒ぎ、四重郎を指差す住民に目もくれずに走った。後ろからは、相変わらず屋根を伝って自分を追い掛けてくる銀髪の少女――キャンディの姿があった。四重郎も屋根へと上がり、屋根から屋根へと走る。四重郎は後ろを見ながら、着々と近付いている少女を見た。新型であるはずの四重郎のパルスドールよりも、キャンディの方が速かった。


「詩織、あれはバージョンでいうとどれくらいなんだ」

「パルスドールが今の形になって、二番目のドールです」

「やっぱり、性能だけじゃなくて経験値による性能差みたいなものがあるのか」


 詩織は悲しそうな顔をして、頷いた。


「……それが、私が追われる理由ですから」


 四重郎は背後から飛んでくるドリルを鮮やかにかわし、隣の高層ビルに目を付けた。頂上まで飛べるだろうか。四重郎は意識を集中する。胸の奥で渦巻く熱いものが込み上げくる。四重郎は無意識のうちに、声を出していた。


「――――おおおおおおっ!!」


 全力だった。瞬間、四重郎の周りに水の波紋のようなエフェクトが現れると、四重郎は高層ビルの屋上へと飛んだ。空気の圧力を顔面に感じる。それでも乾かない目をしっかりと開き、四重郎は一直線に屋上へと向かった。このまま、頂上までは楽に飛ぶことができそうだ。


「四重郎さん、ほんとのほんとに、初めてなんですよね」

「なんだよ。だから、当たり前のことを聞くなって」


 詩織は驚きと感動の入り混じったような表情をして、風を受けていた。


「もしかして、勝てちゃうかも……」


 高層ビルの屋上へと降り立つと、四重郎は詩織を降ろした。あまり人が来るための場所ではないようで、無機質なエアコン用のダクトや室外機が鎮座している。出入り用の扉は錆び付いていた。強い風が四重郎と詩織に吹き付けた。


「……当然、追い掛けて来るよな」

「パステルさん、人間の限界を越える時と同じように意識を集中させて、『武装発現』と唱えてください。武器開放の合図になります」

「さっきキャンディがやってたアレか。武器名みたいなものがあるのか? カラミティドリルとかなんとか」

「はい。あっと・パステルの武器は、『カラーリングガン』といいます」

「めちゃくちゃ弱そうだけど大丈夫なのか、それは」

「準備を!」会話は途中で切れた。四重郎は目を閉じ、身体の中心へと意識を集中させた。瞬間、銀髪の少女――あっと・キャンディが現れた。


「武装発現、『カラーリングガン』」


 そう唱えると右手が光り、玩具のような桃色のハンドガンが現れた。花柄の模様でトリガーは二つあり、上下で撃ち分けが可能になっているようだ。あっと・パステルの見た目に沿った、可愛らしい銃だった。だが――あまりに、弱そうだった。


「めちゃくちゃ弱そうだけど大丈夫なのか、これは!!」


 振り返って詩織に確認すると、詩織は苦笑いをした。


「上のトリガーがペイントで、下はアクションだそうです。私も実物は初めて見ました」

「なんであいつの武器はごついドリルで、俺のは水鉄砲なんだよ!!」


 それは、とても理不尽な光景だった。詩織は微妙な笑顔のまま首をかしげた。


「俺? あんた、男なの?」


 キャンディが腕を組んで、こちらを見ていた。四重郎は男言葉を使っていたままだということを思い出した。はっと気付いて誤魔化すように笑うと、『カラーリングガン』という名前の銃をキャンディに向けた。


「気のせいよ。俺なんて言っていないわ」


 無意味な弁解だった。


「……まあ、どーでもいいけど。あんた何? あたしと戦おうって言うの?」

「詩織! 一応確認するけど、あれはパルスドールで、壊しちゃっても問題ないのよね?」

「もちろんです、ぱすてるさん! あんな人間、いませんから!」


 気に入らないといった表情で、キャンディは四重郎を見ていた。冷汗が流れる。


「へー。そうなんだ。ふーん。どうせあんた、『サーカス』にも出てないんでしょ?」

「……だったら、どうだって言うのかしらね。悪いけど、私はわりと向いてるみたいだけど」


 瞬間、キャンディは大きくドリルを振り被り、四重郎に向かって投げた。強い風でパステルの赤髪が揺れ――はらりと、何本かの髪が地に落ちた。


「パステルさん、ドリルは返って来ます!!」


 詩織が叫び、四重郎は慌てて屈んだ。間一髪で避けた四重郎の頭上を高速のドリルが通過し、再びキャンディの手中に収まった。


「――――え?」


 思わず、キャンディを見て四重郎が呟いた。全く、見えなかった。


「スピードがない代わりにパワーがあるんだよね、『あっと・キャンディ』は」

「……なんだそれ」


 目が点になってしまった。四つん這いの姿勢のままキャンディを見上げると、腹の底からこの状況を楽しんでいる目でキャンディは笑った。


「壊れちゃえ」


 キャンディが再びドリルを投げた。四重郎は四つん這いの体勢から、高く跳躍してそのドリルをかわす。ドリルを離してから、四重郎の横を通り過ぎるまでは一瞬。目でドリルの軌道を確認することはできない――なんという速さだろうか。それは、一瞬の攻防だった。四重郎はドリルをかわしたが、跳躍している間にキャンディが目の前にいた。


 キャンディは大上段に拳を構えていた。


「天誅!」


 笑顔のまま、四重郎は屋上のコンクリートめがけて叩き付けられた。コンクリートに頭がめりこみ、あっと・パステルの髪留めが外れた。四重郎は何が起こったのか分からず、声も出せなかった。


「がっ……!?」


 あさっての方向に飛んでいったドリルが返って来る。キャンディはそれを左手でキャッチした。四重郎の頭部に遅れて激痛が走り、視界がぶれた。


「パステルさん!!」


 詩織が叫ぶ。四重郎はすぐさま起き上がり、カラーリングガンをキャンディに向けた。だが、既にそこにキャンディはいない。


「無理無理!!」


 後ろから蹴り飛ばされる。四重郎はダクトに引っ掛かって減速し、屋上に転がった。遮るものがなければ、落ちていたかもしれない。


「戦いになってないけどー、新人さん?」


 蔑んだ瞳でキャンディが四重郎を見る。頭にきた四重郎は、乱暴にカラーリングガンを構えた。


「上のがペイント。下がアクションだったな」確認するように呟くと、キャンディは苦笑して首を振った。

「使い方も分からないのに」

「うるせえよ!!」四重郎はキャンディに向かって上のトリガーを引いた。絵の具のような液体がキャンディへと向かう。まさか、本当に水鉄砲だったとは――だが、下のトリガーはアクションだと話していた。きっと、何かの仕掛けがあるに違いない。


 四重郎がそんな事を考えている間に、キャンディは高く跳躍して四重郎に襲い掛かっていた。目の前に近付いてくる、キャンディの踵――逃げようと背を向けるが避けきれず、四重郎の頭は踏み抜かれた。額を強くコンクリートに打ちつけられ、四重郎の意識は飛びそうになった。


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