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13 カラミティキャンディ #1


 小さな鳥の鳴き声がした。四重郎は目覚めると、自分の状況を確認した。いつの間に眠ってしまったのだろうか。雨戸を閉めなかったようで、窓からは煌々と輝く太陽の光が四重郎の頬に当たっていた。どうやら、この光で目が覚めたようだ。


 布団も敷かなかったようで、四重郎は直に畳の上に寝そべっていた。


「おはようございます、四重郎さん」

「あー」声がして、四重郎は間抜けな返事をした。寝ぼけ眼を擦ると、昨日とは違う服装に着替えた詩織が電子レンジを操作していた。

「そろそろ起きてくるかな、と思って。ご飯にしますか? お風呂も沸いてますけど」


 新婚夫婦の定番文句のような発言をして、詩織は電子レンジを見ていた。四重郎は回らない頭で頷いて、立ち上がった。スーツのままだった。


 四重郎が起き上がると、詩織が暖めているエビチリの存在に気が付いた。それを見て、四重郎は昨日自分が何をしたのかを思い出した。


 時刻は、既に午前九時を回っている。


「あー!!」

「えっ!?」


 大声に驚いて、レンジを見ていた詩織が振り返った。


「すまん、せっかく飯作ってくれたのに。すぐ準備するから」


 四重郎は洗面台に走った。


「別にそんなに急がなくても。ごはんは逃げませんよ」


 確かに、急いでも仕方がなかった。



 朝食が済んだ後、四重郎はようやく身支度をした。どうにも外に出る気にはなれず、窓を薄く開いて外の空気を部屋に入れていた。真冬だというのに随分と暖かい。気候というものは、本当に気まぐれなのだと思う。四重郎が窓の近くでぼんやりと座っていると、詩織が隣に座り、四重郎に頭を預けた。


「どうした?」

「いえ。なんでもないです」


 四重郎は黙ったままで、窓の外を見ていた。昨日面接をした会社、あれは駄目だろうと思う。ならば、新しい職場を探さなければならない――だが、四重郎はどうにも重たい腰を上げられずにいた。


 あれだけの玉砕をしてしまうと、もう一度目指すことは困難とも思えた。


「ごめんな」四重郎は詩織に謝った。

「ごめん?」詩織はオウム返しをして、四重郎の顔を見た。

「昨日は、取り乱して」


 正確には、とても恥ずかしい姿を見られたのだが。四重郎はどうにも気まずい気持ちを抑えきれず、詩織の顔を見られずにいた。顔を確認したわけではないが、詩織の表情が緩んだように感じた。四重郎は唇を固く閉じた。


「いえ。私は、嬉しかったですよ」

「嬉しかった?」


 詩織は四重郎に頭を預けたまま、答えた。


「誰かと悩みを話し合ったり、誰かと通じ合ったり、仲良くなったり。そういうのって、初めてでしたから」


 遠くで、小さな鳥の鳴き声がする。四重郎は自分に頭を預けている少女の表情を確認した。目を閉じて、まるで今にも眠ってしまいそうな表情だった。


「あんたは――」四重郎が聞こうとした時、詩織は四重郎の口元に人差し指を当てた。思わず四重郎は口を閉じた。

「詩織」

「え?」

「そろそろ、名前で呼んでくれても良いのではないですか。四重郎さん」


 そう言って、悪戯っぽく笑った。四重郎もまた、その言葉を聞いて微笑んだ。


 安心している。あるいは、信頼している。四重郎にもはっきりとそう分かるほどの、平和な時だった。



「すいません」



 ノックの音があった。詩織は四重郎の肩から頭を避け、四重郎は立ち上がった。午前中、普通の人間は学校か仕事へと向かっているこの時間に呼び出しなど、普通はない。主婦狙いの勧誘だろうか――面倒だと思いつつ、玄関扉を目指した。


「どちら様ですか?」


 言いながら、扉を開こうとドアノブに手を伸ばす。


「株式会社、パルスと申しますー」


 若い女性の声だった。瞬間、四重郎の手が止まった。


 振り返って詩織を確認すると、顔を真っ青にして四重郎を――玄関扉を見ていた。四重郎はその表情を確認して、あまり期待されていない客であるということを理解する。恭平が寄越した使いではないのだろう。


 だとするならば、


『ちょっと緊急事態でね。三上清孝が君を探し始めた』

『もしもの時は、『パルスドール』を使うこともためらわないと。君は人気のある『ドーラー』だから、いないと収支が付かないんだとか言っている』


 こちらだろうか、と四重郎は恭平の言葉を思い出しながら考えた。玄関扉が開かないように素早い動きでチェーンを掛けると、四重郎は部屋へと戻った。


「どうする」小声で詩織に問い掛けると、詩織は不安そうな表情で四重郎を見た。どうしよう、と言っているように見えた。

「おいこら、今すいませんって言っただろ。出ろよ」


 鈍器で殴るような鈍い音がして、玄関扉が振動する。間違いなく危険な人物であることが証明されたことと同時に、四重郎の中に覚悟が決まった。ぼんやりしている暇はない。


 四重郎はヘッドセットを装着すると、クローゼットに入った。


「四重郎さん!?」


 詩織は驚いていたが、構わず四重郎はヘッドセットの電源を入れた。リモコンを取り出すと、パルスドールを起動する。目を閉じてボタンを押下すると、ピピ、と電子音がして、四重郎の意識はぶれた。


 四重郎は和室で目を開いた。立ち上がり、自分の姿を確認する。赤い長髪、デニムジャケットにチェック柄のスカート、色鉛筆の髪留め。間違いなく、『あっと・パステル』の姿だ。四重郎は自分の姿に頷くと、クローゼットで眠る本体からリモコンを奪い、クローゼットを閉めた。四重郎の部屋のクローゼットは鍵付きだ。手早く鍵を閉めると、リモコンと同様にポケットへと入れた。


 続けて四重郎は、詩織を背負った。


「やっ、ちょっ、四重郎さん!?」


 詩織が顔を紅潮させて驚いているが、反応している暇はない。


「あーけーろーよー!!」なおも玄関扉は殴られている。歪みそうなほどに強い音だ。これならば、警察が来てもおかしくないと思う

「パルスドールは七階から飛んでも大丈夫なんだったよな!?」


 詩織がようやく四重郎の思惑に気付いて、目を丸くした。四重郎は窓を開き、助走を付けた。


「おおおおおおおおっ!!」


 ジャンプしようとして、右足に精一杯の力を込める。その時、四重郎は『あっと・パステル』の何かに異変を感じた。身体の奥深くで、機械のように熱くなる何かを感じた。ギシ、と音がしたかと思うと、四重郎は通常の人間にしてみれば圧倒的な――不可能と言ってもいい脚力を発揮し、足を離した位置から数メートル上昇した。


「おああああああっ!?」


 掛け声が威勢の良い声音から、驚愕の声音へと変化する。ジャンプは頂点に達し、着地しようと思っていた下の道路をはるかに越え、一つ向こうの公園へと近付いていた。四重郎は詩織を抱え、重力の慣性に従って落下し、落下速度は距離に比例して速くなっていく。


「ぎゃ――――!?」


 恥も外見もなく、四重郎は叫んだ。公園には人がいない。それだけが救いだった。


「四重郎さん、身体をくの字に曲げて!! 鳥が羽ばたいて着地するイメージを持ってください!!」


 詩織が冷静に四重郎に指示を出した。四重郎は言われるままに身体を曲げ、空を飛ぶイメージをした。着地の瞬間、重力に反発する何かの力を感じ、四重郎の落下速度は緩んだ。


 気が付くと、公園に立っていた。後ろを振り返ると、はるか七階に窓が開いたままの自分の部屋が見える。


「すっげえ……」思わずそう呟いて、パステルの身体を眺めた。

「よん……パステルさん、どうしますか?」

「慣れないよな、その名前」四重郎は笑った。


 とにかく、逃げなければ詩織が連れ去られてしまう。それは、恭平にも詩織にも都合の悪いことだと考えた。はたしてどちらが正しいのかということについては、四重郎には分からなかったが。それでも、ただ一つだけ言えることはあった。


「電車に乗ろう。人ごみの中まで逃げてしまえば、迂闊に手を出せないはずだ。あん――詩織は、それでいいか?」

「慣れないですね」詩織は笑った。


 四重郎は、詩織の願いを叶えてやりたいと考えていた。


「それにしても、パルスドールを使うのは本当に初めてなんですよね?」不意に、詩織がよく分からないことを聞いた。信じられない、といった表情で詩織は四重郎を見ていた。

「そりゃあ、詩織がよく知ってるだろ」

「そう、ですよね。それにしては、うまく飛んだなと思いまして」


 もしかすると、四重郎には意外なところで才能があったのかもしれない。四重郎が部屋の窓を見ていると、その窓から何者かが現れた。驚いて、四重郎は目を見開いた。


「目標、かくにーん」


 恐ろしい表情で笑うそれは、四重郎の想像を裏切る人間だった。いや――おそらく、あれはパルスドールだろう。四重郎の中には、ある種の確信があった。


 銀髪をツインテールにした、蒼い瞳の少女だった。髪の色と同じように透き通るような白い肌と、ゴシックロリータを髣髴とさせるエプロンドレスに身を包んでいる。


 コスプレ会場ならばともかく、あんな格好の人間はこんな場所には来ないだろう。まだ、このパステルの格好の方が一般的だ。


「あっと・キャンディ」詩織が呟いた。

「やばい……」

「逃げましょう、パステルさん!!」


 四重郎は踵を返した。だが次の瞬間、銀髪の少女は公園の出入口に着地していた。扱い慣れている――四重郎はそう思い、不安を募らせた。銀髪の少女は詩織と四重郎を確認すると、言った。


「噂の新型? 見たことないな。あんた誰?」

「おま――あなたの知ることではないわ」


 あまり本体の情報を与えることも良くないかと思い、四重郎は努めて女言葉を使った。


「雨音詩織を逃がした研究長かな? まあ、あたしには関係ないんですけど」


 銀髪の少女は憎たらしい笑みを浮かべた。話し言葉から推察すると、本体はまだ若い――高校生くらいの女性のように感じられた。


「壊しちゃっても良いよね? 目標奪還が最優先だよね」

「あなたは何者?」答えてはくれないと思ったが、一応聞いておいた。

「雨音詩織の消息を追うように命じられた者。……ってところかな。キャンディちゃんって呼んでよ」


 やはり、答えては貰えないようだ。公園の出入口に立ち塞がられては、逃げ場がない。四重郎は舌打ちをすると、脱出方法を探した。マンションに囲まれた公園、出入口は今キャンディが立っている。どうしたものだろうか。


「そう、キャンディさん。悪いけど、見逃して貰えないかしら。命令されただけなんでしょう?」

「パルスの人よりもお金出してくれれば考えなくもないけど。無理でしょ?」

「ば、場合によっては分かりませんよ」詩織が反論した。


 キャンディは品定めをするように四重郎と詩織を見ていた。


「……でも、一度街中で暴れてみたかったんだよねえ」


 これは無理かもしれない、と四重郎は思う。いつでも逃げられるように、四重郎は意識を高めた。パルスドールの内部で、じわりと熱を感じる。これを感じている間は、どうやら超人的な動きができるようだが――


「あたし、今ちょっとイライラしてるからさあ。壊させてよ」


 キャンディの髪がぼんやりと光る。何かの危機を四重郎は全身に感じていた。それは生命の危機だったのかもしれない。四重郎はごくりと唾を飲み込み、自身も意識を集中させた。


「武装発現――『カラミティドリル』」


 四重郎は我が目を疑った。一瞬にしてキャンディの右腕から身の丈ほどもあるドリルが出現し、キャンディはそのドリルを右手に突っ込んで来た。右足が地を蹴ったかと思うと、キャンディは既に四重郎の間合いにいた。


「まっ……じかよおお!!」


 四重郎は瞬間的にキャンディを飛び越え、公園の外まで跳躍した。咄嗟のことだったが、危機を感じた四重郎はそのまま詩織を抱え、全力でその場を離れた。


「むー……良い反応」


 逃げ際にキャンディが不満そうな顔でそう呟いたのが見えた。


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