第2話
これまで狩りをしたことのないミーシアは、ガエルドの後を付いていく他なかった。
ガエルドの体は、ミーシアに比べたら3倍も4倍も大きい。
歩く足も太く、爪は震えるほど鋭かった。
ミーシアは心細い気分でガエルドの揺れる尻尾について歩いた。
時々振り返るガエルドの顔の半分ほどもある口からは牙がのぞく。
そして、何よりも怖いのは顔の大きな傷跡だった。
左目の上の当たりにまるで穴がいたように赤黒い怪我の生々しい跡があった。
目が見え難そうにしているのは、きっと霧のせいだけではないようだ。
これまで狩りをした事のないミーシアは、歩きながらすぐにガエルドに叱られる。
まず、歩いていて小枝を踏む。パシッと音がしてガエルドが振り向きミーシアを睨み付けた。
「お前は狩りをしたことがないのか?」
そんなに大きな音を立てたら獲物がみんな逃げてしまう。
ガエルドはそう言ったが、確かにガエルドの大きな体は先程から何も音をさせずに歩いていた。
ミーシアは、歩きにくい棘のでた植物の茂みを歩くガエルドにも驚いた。
「なぜ、そんな危ないところを歩くの?」足に棘で引っかかれて痛くて敵わない。
「お前のように風上を歩いていたら、獲物は逃げていくばかりだぞ」
ガエルドに言われて自分たちが風下に回り込もうと茂みに入ったことが判った。
狩りをするうえで大切な、風の向きや、糞の形を見て何の動物がどのくらい前に通ったのかを知る方法について、ガエルドはミーシアに教えてくれた。
それらは、ミーシアにとって何もかもが初めて聞く話ばかりだった。
これまで木の実や、草しか食べた事しか無かった。でも自分が狼のように狩りをする事は想像できなかった。
「なぜ僕たちは狩りをして他の動物を襲うんだい?」 ミーシアはガエルドに聞いた。
当たり前の事だとガエルドは言う。強いものは弱いものに食われるのだ。
「だが俺達もさらに強いものには勝てない。俺も熊には勝てなかった。熊が狼を食べる動物なら、俺はあのとき食われていただろう」
そしてガエルドは、そうなったら、そうで仕方ない事だと言った。山の掟だからだという。
「ただ、俺達は必要の無い狩りだけはしない。食べるため以上に、例えば楽しむために狩りをしない。生きていくためだ。何が悪い?お前は飢え死にする事を選ぶか? 腹が減ったらお前だって狩りをしてでも食いたくなる。お前はまだ知らないだけだ。親から餌を貰っている間には判らない事が有るのさ」
ガエルドの言葉はミーシアを怖がらせた。たしかにお父さんやお母さんはねずみを襲う事がある。
それも食べるためだ。いつか自分もねずみを襲うようになるのだろうか。
夜の寒さのためではなく体が震えた。
そのうち、ミーシアは他の動物の匂いを感じた。この匂いはイノシシだ。
ガエルドにイノシシがいる事を教えた。今はこっちが風下だ。
ガエルドの動きがぴたりと止り、小さく伏せた。心臓まで止めたかのような見事な伏せ方だった。
ミーシアもガエルドの隣に伏せた。
子ぎつねがイノシシを狩る。こんな話は聞いた事が無いと思った。