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9話 分からず屋



こそこそと、夜道を歩く影が視えた。

人目を気にするように、何度も何度も辺りを確認しながら村の出口へと進む影。

でも、私からしてみたらまるでなってない。全然ダメダメだ。足音が大きすぎるし、装備品がかちゃかちゃかちゃかちゃ響いて煩い。



「本当に、へっぽこだな」



つい、口から零れた呟きは、夜の闇の中に吸い込まれるように消えて行く。



「ごめん……祖母ちゃん、リア。俺…やっぱり、行くよ。絶対に、キーナを助け出すんだ」



ようやく、村の出口まで辿り着いた影……クレインは、振り返って村を眺める。

表情は暗闇に紛れて見えないが、声色から察するに泣いている。時折、鼻をみっともなく啜る音も聞こえてきた。まったくもって、見てられない。



「本当にだらしない」



木の上に腰を掛けたまま、私は足をぶらぶらさせた。

一方、私の声が聞こえたらしいクレインは、きょろきょろと辺りを慌てて見渡している。…頭上の木にいるなんて、思わないらしい。……先が思いやられる。私はため息をつくと、少し大きめな声で話しかけた。



「ここだよ、へっぽこ剣士」



その声で、ようやく私の居場所に気が付いたらしい。

ハッと顔を上げたクレインと、目が合う。……やっぱり泣いていたみたいだ。目元に水が溜まっているし、鼻をずるずる啜っている。



「な、なんでここにいんだ!?」

「そりゃ、夜に1人で村抜けしようとしている不届きものに鉄槌を下すために決まってるでしょ」



猫の様に音もなく飛び降りた。

着陸した時、足がズキンと痛んだが気にならない程度だ。出来る限り真顔を保ちながら、クレインの前で腕を組む。



「っく……俺は行くんだ。止めるって言うなら、リアでも……容赦しないぞ!」



と言いながら、クレインは剣を引き抜く。

銀の刃が月の光を反射し、青白く光ったように見えた。だけど、その件を持つ手は、見ていられないくらいに震えている。



「そんなに震えてるのにさ、旅に出るつもり?」

「う、うるさい!俺はどうしても、キーナを助ける薬を手に入れるんだ!」



問答無用。言葉通り闇雲に突撃してくるクレインを、私は正面から受け止める。

繰り出される剣筋を難なく避けた。いつもなら、もう少しましな剣捌きなのだが、今はギュッと眼を閉じている。だから、私は普通に歩くようにクレインに近づくと、そのまま右腕…つまり剣を握る腕を思いっ切り捻りあげた。



「痛っ!」



クレインは、痛みのあまり目を見開く。指先に力が入らなくなってしまったのだろう。剣が、カランと音を立てて地面に落ちた。私はそのままクレインを地面に突き飛ばすと、落ちた剣を拾う。



「どうしたの?その程度で旅立つつもりだった?」



ふふふっと悪役さながらの笑みを浮かべ、地面に這いつくばるクレインを見下ろす。

全身に奔る痛みと戦いながらも、なんとか立ち上がろうとするクレインを視ながら、つい数時間前に起こった出来事が脳裏に蘇ってきた。







キーナは、今でも自宅ベッドで眠っている。

そう、結局私は運命を変えることが出来なかった。




『夜の会』で魔力を暴走させたキーナは、しばらく辺りを破壊しつくした後、電池が切れた様に意識を失った。その跡地は表現するのが出来ないくらい無残で、死人が出なかったのだけが幸いという最悪な状態だった。



村一番のまじない師の老婆でも、手の施しようがない。

魔力暴走による昏睡状態では、衰弱も通常よりはるかに遅いらしいが、それでも持って2年。目を覚まさせるためには、『黄金百合』花の蜜から作られた秘薬が必要なのだそうだ。ただ、その黄金百合が自生している地域は、ここから遥か遠く―――既に魔王領の手に落ちた東方地域。



手に入れるのは、絶望的だ。



そんな時、とある旅の楽団員が告げたのだ。



『王都にほど近い“ルーク”という町で行われる“サバイバル大会”の景品で秘薬が手に入る』



…と。

だが、季節は春。

これから農業は益々忙しくなる時期だ。男衆は誰も行きたがらないし、行こうとしない。

気まずそうに下を俯くばかり。



結局。


『キーナのことは保留』



になってしまったのだ。













「……本当にその程度の実力で、大会に出場しようって思うの?」



ようやく地面から起き上がったクレインを、私は見つめる。

クレインは、肩で息をしながらも私をジッと睨みつけながら低い声を出した。



「あぁ、確かに俺は弱いさ。へっぽこ剣士で、村の中でも最弱さ。でも、キーナを見捨てるわけにはいかないんだよ!」



……まさか、ここで原作の台詞を聴くことになるとは思わなかった。

だが、ここではしゃぐわけにはいかない。というか、私は、もうはしゃぐような年齢じゃないし。嬉しいとか全然思ってないし。

私は、やれやれと言わんばかりに肩を下ろした。



「暴走したとはいえ、村をああしたのはキーナだ。目覚めたとしても、罪悪感に襲われるんじゃないの?」

「でも、死ぬ方が駄目だ!生きてたら、やり直せる。死んだら、お終いじゃないか」

「……」



私は何も答えない。

ただただまっすぐ私を睨みつけてくるクレインの真剣な瞳を、見つめていた。



「その言葉、クレインにも跳ね返ってくるってこと分かってる?」

「それは……」



クレインは、分かってる。

自分が弱いってことに。でも、勝ち残る可能性が『0』というわけではないと信じて、先に進もうとしている。




あの大会の最終戦の相手が、勇者以外倒せない魔族だとは知らないから。



でも、そのことを私が教えるわけにはいかない。

教えたら、前世の子とも何から何まで話さないといけないからだ。そんなの面倒だし、気味悪がられて私の居場所がなくなってしまう。



それは、嫌だ。

だから私は……



「分からず屋」



そう呟き、茂みに隠しておいた荷物を背負った。

そして、躊躇うことなく村の外へと歩きだす。



「どうした、行かないのか?」

「えっ……いや、その……」



ぽかん、と剣を構えたままクレインは動こうとしない。



「何してるんだ、リア?」

「分からないの?クレインだって死んだらお終いだ。だから、私はアンタの修行をつけてやる……大会会場に着くまでの間な」

「そんな!それは嬉しいけどさ、黙って出てきて―――」

「書置きは残したさ」



クレインを遮って、私は言葉を紡ぐ。

こうなることを見越して、すでに書置きは残してきた。

婆さん1人で食べていくくらい、2年くらいなら平気だろう。それに、クレインの大会行きは出来るだけ避けたい。旅をしながら、他の方法で『秘薬』か『黄金百合の蜜』を手に入れる方法を探し出す。



それが、私が考えられる範囲内で1番の良策だ。それに―――



「私の命を救ってくれたのは、クレインだよ。私は、その恩を返すだけ」



そう言うと、自然と笑みを浮かんできた。

クレインは、しばらく呆然とした表情だったが覚悟を決めたのだろう。剣を収めると私の後に続くように歩き始めた。



「言っておくけど、お前は女の子だからな。無茶するんじゃねぇぞ」

「弱い男が何を言ってるんだ?」

「なっ!」



憤慨したクレインが何か言う声が聞こえたが、知らん顔をして歩き続ける。

目指すは、王都にほど近いルークの街。国の中でもはずれに位置する村からだと、かなりの距離はあるが辿り着けないことはないだろう。



そっと夜空を見上げる。



「まさか、こんな形で旅立つことになるなんて思いもしなかった」

「何か言ったか、リア?」



私の独り言は、クレインに聞かれてしまったらしい。

私は村を振り返ることなく、歩き続けた。



「さぁな。とりあえず、朝までに隣村まで行くよ」

「おう!」



小走りで私に追いついたクレインが、元気よく返事をする。



私の旅は、再び幕を開けた。

でも、5歳の時とは違う。今度は義兄クレインと一緒に―――。






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