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7話 とある村の朝餉

今回は、前回から10年後の世界です。





ガタンっという音で、私の意識が浮上した。

古びた木窓を開け放った音が、遠くから聞こえてくる。

暗かった部屋に、朝の光が差し込まれたのを感じた。



「リアお姉ちゃん!朝だよ!!」



ゆっくりと目を開ける。そこには、いつも通りの光景が広がっていた。

全体的にふんわりとした少女……キーナが満面の笑みを浮かべながら、私を覗き込んでいる。だけど、私が異常なまでに冷や汗をかいていることに気が付いたのだろう。途端に顔色が曇り、心配そうな表情へ変わった。



「どうしたの、お姉ちゃん?真っ青だよ?」



そう言いながら、キーナは手近のタオルを渡してくる。ボンヤリとした頭を無理やり働かせつつ、私は普段通りの笑みを浮かべた。



「ん、キーナ。ただちょっと悪夢を見ただけだから。……それよりも、早くクレインを起こしに行った方がいいんじゃないかな?」



キーナは、どこか心配そうな表情を浮かべていた……が、私が笑っているので安心したのだろう。



「……うん!じゃあ、お兄ちゃんを起こしてくるね!」



パタパタと足音を立てながら去っていく。

その後ろ姿が視界から消えた時、ようやく私は動き始めた。テキパキと着替え、支度を調え、ふと水瓶に映った自分の顔が目に入った。



キーナが心配するのも無理ないくらい、青ざめた顔をしている。

……朝っぱらから、なんて酷い夢を見てしまったのだろうか。

そっと首の後ろに触れてみる。いまさら、10年も前の出来事を夢で見るなんて―――――



「お、お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!!」



母屋の方からキーナの悲鳴に近い叫び声が聞こえてきた。

私はため息をつく。また朝っぱらから、クレインの奴がキーナに何かしでかしたんだろう。恐らく、起こしに行ったらクレインが裸同然で寝ていたとか、変な寝言を言っていたとか、着替え中だったとか、まぁ……大方そんなところだろう。

まったく、クレインにしろキーナにしろ、10年前から何も変わっていない。少しは学習しろって話だ。



「まっ、私には関係ないか」



誰に言うのでもなく呟くと、私は寝床にしている物置を出た。

ちらりと視界の端に映った私の顔は、いつもと変わらなかったから。


















かちゃかちゃと食器がなる音だけが、食卓に響き渡る。

別に、静かだからと言って気まずい空気ではない。

誰もが、もぐもぐと食べるのに専念しているだけだ。それ以外に理由は無い。落ち込んでいるわけでもなければ、口も利きたくないくらい怒っているのでもない。



漂うのは、のほほんとした空気、とでもいうのだろうか?

変に騒がしいのでもなく、気まずいのでもない穏やかな雰囲気。

………今日も、そんな静かな朝食風景だ。



「美味しかった!」



スープを飲み終えたキーナが、器をテーブルにドンっと置く。口の周りに



「やっぱり、お姉ちゃんの作る料理って美味しいな。

お兄ちゃんより料理も上手だし、お兄ちゃんより力持ちだし、お兄ちゃんより働き者だし」

「おい、キーナ?それって、俺のことを馬鹿にしているのか?」



パンを食べる手を止めたクレインが、眉間に皺を寄せながら口を開いた。

キーナは悪戯っぽい笑みを浮かべると、



「うん!」



と言い放った。

クレインの身体が、がくしっと前に倒れる。



「お兄ちゃんって、情けないんだもん。まったく、見てられないよ。

汲みに言った水を溢すし、つまずいて収穫した芋を全部川に落しちゃうし、喧嘩の仲裁に入ったらボコボコにされてたし」



キーナが何か言うたびに、クレインは苦しそうに呻く。ぴくり、ぴくりっと動くさまは、瀕死の動物みたいだ。

……クレインのライフは、もう0。まったく、本当に視てられない奴だ。私は匙を使う手を止めずに



「キーナ、それくらいにしておいたら?」



と囁く。

すると、キーナは不満そうに口を膨らませた。



「お姉ちゃんが言うなら、仕方ないけど……」



足をぶらぶらさせながら、ポツリと呟く。その言葉に私は、思わず笑みを溢した。

数年前までこの言葉の後に



『あ~あ、おねぇちゃんが本当にキーナのおねえちゃんだったらなぁ~』



という言葉が続いていたのだ。

これは、かなりの進歩 (?)といえるのではないだろうか。生前から『自分に懐いてくれる妹か弟が欲しい』という願いが、ようやく達成出来たのだから。

生前は一人っ子で兄弟のいる友達の話をを指をくわえて聞き、今世で得た本当の家族からは気味悪がられ……



あぁ、転生してよかったと思える数少ない一時。



「おい」



しわがれ声で、はたと現実に戻る。

観ると家主の老婆が、私にコップを差し出しているではないか。私は黙って受け取ると、茶を注ぐ。



「うむ」



それだけ言うと、老婆は茶を啜り始めた。

老婆の食器に視線を走らすと、すでに空っぽ。私は立ち上がると、老婆の食器を集め始めた。そのついでに、他に空いている……例えば、私の食器とか……も上に載せていく。



「あっ、リア。俺も手伝うよ」



クレインが席を立とうとする。私は、そんなクレインを手で制した。



「これは私がやるから。クレインはキーナと一緒に祭りに行ったらどうだ?そろそろ始まる時間だろ」

「祭り?」



クレインは立ち上がりかけたままの姿勢で、動きを止めた。

ぽかんっと口を開けて『何のことだろう?』という顔をしている。そんなクレインにキーナは、少し呆れ気味だ。



「お兄ちゃん、忘れたの?今日は、春のお祭りでしょ?」

「あ、そっか……すっかり忘れてた」



どうやら、クレインは本当に忘れていたらしい。

むすっとキーナは顔を膨らませる。



「ずぅっとずぅっと、まだ雪が積もってた頃から言ってたじゃん!3の月の9日には、『春祭り』だって!楽しみだねって!」



キーナの言葉に呼応するかのように、集落の方から笛の音が聞こえてくる。

クレインは何か言いたげな表情になると、老婆にチラリと視線を向けた。

茶を啜っていた老婆は、コクリと頷く。そして、ポケットから小さな布袋を取り出すと、クレインに握らせた。渡す時、チャリチャリと金属が触れ合う音がしたから、恐らく金が入っているのだろう。



「行ってきな。ただ、めんどうごとは起こすんじゃないよ」

「あぁ!」



クレインの表情が、ぱぁっと嬉しそうな笑顔が広がりきる前に、キーナは嬉々とクレインの手を握りしめた。



「ありがとう、お祖母ちゃん!!ほら、お兄ちゃん、早く行こうよ!!」



キーナは世界最速の男もびっくりな速さで食事を終えると、クレインの手を握りしめたまま玄関へ駆け出した。当然、クレインはキーナに引きずられている。



「わ、分かった。分かったから落ち着け、キーナ」



どことなく嬉しそうな笑顔を、クレインは浮かべる。

最近、キーナに冷たくされている分、ああやって懐かれると嬉しいのかもしれない。というか、私がクレインの立場だったら嬉しい。クレインは、浮かれたような笑顔のまま、今度は私に視線を向けた。



「その……リア」

「リアは仕事があるのじゃ。祭りには行けん」



クレインが言葉を言い終える前に、老婆が言葉を紡ぐ。

その言葉を聞いたキーナはきょとんとした表情を浮かべ、クレインは『やっぱりそうだよな…』とでもいいたげな顔をしていた。



『春の祭り』……それは、春の訪れを祝う祭りであり、豊穣の女神を招く祭りでもある。

『秋は豊作でありますように』という祈りを女神にささげるのが、1番の目的らしい。だから、下手に余所者が参加し、女神の機嫌を損ねたらいけないのだ。基本的に旅芸人以外の余所者が参加することは、好まれることではない。それは、10年間でよく分かってることだし、クレインも分かっているはずだ。



だが、いつもならここで素直に下がるクレインが、今日に限って前に出る。



「だ、だけどさ。その……昼は無理でも、夜の会には来るだろ?お前も今年で16歳だし、さ」

「……」



祭りは1日中行われる。



『昼の会』は、春の訪れを祝い豊穣の女神に祈りをささげる神聖な祭りだ。…まぁ、神聖と言ってもかたっ苦しい儀式の後には飲めや歌えやの宴会が始まるのだが。



『夜の会』は、飲み会の延長戦だと聞いている。

違う所と言えば、子供の参加はNG。あと、隣村から若い男が飲みに来ることくらいだ。村と村との『親交』を深めるために、数人の未婚の男が、やって来ると聞いている。……実際に行ったこともないし、ろくに話題に上がったこともないから分からないが、たぶん『出会いの場』という言葉が、1番相応しいのだろう。



「まだ、興味がないな。……まっ、気が向いたら行くさ」

「そうか……」

「お兄ちゃん!早く行こうよ!!」



まだ何か言おうとしていたクレインだったが、キーナが急かす。

何を言おうとしていたのか分からないが、本当にタイミングの悪い奴だ。気が付くと、私は苦笑を浮かべていた。



「…それで、どうするつもりじゃ?」



いまだ食卓の席についている老婆が、ポツリと呟いた。

私は重ね合わせた皿を持ち直しながら、言葉を返す。



「行きませんよ」



―――まだ、この家に恩を返しきれていませんし。





古びた木窓の向こうに広がる青空には、北国からくる渡り鳥が悠々と舞っている。

ああ、春が来たんだ。本当に春が来たんだ。



後、何回……私は春を迎えることが出来るのだろうか?

魔王の進行は、かなり進んでいる。『勇者』がいない以上、このままだと私が20歳を迎える前に、この世界は魔王の手に落ちるだろう。そうなったら、私はどうなるのだろうか?



私だけじゃない。

クレインやキーナや、老婆や村の人達は――――――



「考えるな、馬鹿」



私は首を横に振ると、洗い物用の水瓶に汚れた食器を浸した。

勢いよく入れたせいだろう。バシャンっという盛大な音とともに飛沫が飛び散る。




幸せな今を、1秒でも長く過ごすことだけを考えろ!

顔を出した不安を洗い流すように、力を込めて皿を洗いを始めるのだった。



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