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4話 一縷の希望


格子戸の向こうには、雲一つない青空が広がっていた。

遮るもののない空を、小さな渡り鳥が悠々と舞っている。

ガタゴトと馬車の揺れに身をゆだねながら、ぼんやりと渡り鳥を眺めていた。

もし、あの鳥の様に縛られることなく、自由に動くことが出来たなら……すぐさま生まれ育った村に、いや、転生した直後に戻りたい。


今の私なら、もう少し両親に恐れられることなく、力を隠しながら振る舞える。15歳になるまで、貧しいけれど幸せな生活を送れる気がする。

……でも、起きてしまったことは仕方がない。奴隷に落ちたモノの、私を縛るのは鎖だけで、奴隷紋は刻まれていない。なら、この鎖さえ外れれば……



「…無駄だよ」



隣にうずくまっている少女が呟いた。諦めたような声で、無感動な視線を私の足元に向ける。

どうやら、私は無意識のうちに足の鎖を外そうとしていたらしい。今更ながら、じゃらじゃらと音を立てながら鎖をいじくっていることに気が付いた。



「煩いからやめて」



それだけ言うと、少女は前を向いた。向いたとはいえ、彼女の瞳は何も映していない。…彼女だけではない。この場に押し込まれている30人ほどの奴隷全員の瞳は、死んだように虚ろだ。



彼女らには、生きる気力を感じられない。



私は、そんな彼女たちを見ていられなくなって、視線を足元に落す。

……逃げ出すなら、この鎖を外される時だ。

まさか、5歳の女の子が逃げようとするなんて、誰も考えていないに違いない。

そっと音を立てない様に、鎖を触れてみる。…この鎖が解かれ、目を離された隙に逃げる。なにせ、軽く30人くらい奴隷がいるのだ。しかも、私は最年少の5歳。そっと逃げるなんて動作もない………たぶん。





もし、無事逃げることに成功したら……どこへ行こう?




小説の知識を総動員して、考えをめぐらす。

奴隷解放に積極的な派閥が、あった気がするけれども……確か本編開始の1年前に設立されたばかりだった。だから、今はそんな組織なんて存在しない。

では、何処に行こうか?……まず考えられるのは、勇者フランが生まれ育った村だ。たしか、あいつの祖父は、未来…勇者になると分かった孫のために、優秀な戦闘特化の奴隷を探していた。だから、レアを買い上げていた。運が良ければ、私も買い上げてくれるかもしれない。




…よし、まずはその案で行こう。

無理だったら……その時はその時だ。



そう思いながら、ふと格子戸の外に目をやる。すると、いつの間にか空は藍色に染まり始めていた。早いもので、もう日が沈んだのだろう。一日中揺れていた馬車が動きを徐々に遅め、ついに停車する。

あの我儘坊ちゃんの自宅に辿り着いたのかと思ったが、窓の外に広がるのは木に囲まれた街道。どうやら、一時休憩ということらしい。



ぐるぅぅぅと腹が鳴る。そういえば、今朝出発してから、微量の水以外何も口にしていない。大したものは期待できないけれども、食事の時間だろうか?



「おい、なんだこれ!」

「ヤバい、動かないぞ!」



御者台の方で、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。

どうやら、食事のために停車したのではないらしい。なにか、問題が起きたのだ。



「誰だアンタ!」

「この馬車を誰のモンだと、こころえ……「「ギャァァッァァア」」



突然、辺りに満ちる眩い光と、御者の野太い悲鳴。

盗賊の襲撃だろうか?いや、それならば、この光は一体……?

眼が焼かれるのではないかと思うくらいの光に、私は思わず両手で目を覆った。



がちゃり



金属が外れる音とともに、足に絡みついていた重みが取れる。



「…えっ?」



指の隙間から、足に目を落とす。すると、不思議なことに、足についていた鎖が切れているのだ。

私のだけではない。他の奴隷たち全員の足枷が、全て切られている。試しに足を動かしてみるが、何も動きを邪魔する障害は無い。



つまり…これは……



「逃げたい奴は、逃げろ。自由だ」



馬車の入り口から声がする。

ハッと顔を上げてみると、山高帽をかぶったシルエットが視えた。光が幾分か収まりつつあるとはいえ、逆光には変わりない。人物の顔を確かめることなんて、出来なかった。



「あなたは……誰?」



尋ねてみるけれども、山高帽は何も答えない。ただ



「生きたいなら、逃げろ」



とだけ言うと、マントを翻して視界から消えた。それと同時に、光も完全に収まる。

辺りは、すっかり夜の闇に包まれていた。それでも、満月の夜だからだろう。ランタンが無くても、夜道を歩けそうだ。

私はユックリと腰を上げる。とたんに、ぐらりと視界が揺れた。足に力が上手く、入らないのだ。なんとか壁に手をつき、立ち上がった。……だけど、不思議なことに、立ち上がったのは私だけ。他の奴隷たちからは、立ち上がる気配を全く感じられなかった。



「…逃げないんですか?」



未だにうずくまったままの少女に、声をかけてみる。でも、反応がない。

聞こえなかったということは、ないだろう。肩を揺らそうと、手を伸ばす。だけど、その手が届く前に、少女の口は開かれた。



「…意味ないでしょ?」

「意味ないって?」

「どうせ、逃げたって捕まるわ。脱走奴隷はね、商品価値が下がるのよ。想像できないくらい酷い所に、売り飛ばされるかもしれない」



――だから、私は逃げない――

消え入りそうな声で囁くと、少女の口は再び閉ざされた。自分を守るように、膝を抱えて蹲っている。

辺りを見渡すと、誰もが少女と同じ考えのようだ。

命令を待つスリープモードの機械ロボットみたいに、じっと動かない。



「……そう」



力が抜けそうになる足をなんとか前に動かし、馬車の入り口へ向かう。

入り口から顔をだし、辺りを見渡してみる。……外に人がいる気配は、ない。私はゆっくり、舗装なんてされていない石だらけの地面に、足を下ろした。



「…うぅ…」



御者台の方から、呻き声が聞こえてくる。

どうやら、御者たちが意識を取り戻したみたいだ。私はなるべく音をたてないように注意しながら、街道沿いの森へ駆け込んだ。




生きたい。

奴隷ものとしてではなく、1人の人間として。『カメリア・ドゥーレ』として、生きたいんだ。



だから、私は逃げる。

フランの祖父に受け入れられなくたって、構わない。だったら、5歳児の傭兵として働けばいいのだ。

5歳児の傭兵なんて、どこでも受け入れてくれないだろう。でも、地道に一歩ずつ進んでいけば、なんとかなる。漠然とだから根拠なんてないけど、そんな気がした。



「はぁ……はぁ……」



息が上がる。

木々の合間をくぐり、虫が沢山いそうで尻込みしてしまいそうな草を掻き分け、ひたすら走った。

とにかくがむしゃらに、走って、走って、走った。



「…この辺りで、大丈夫かな?」



少し開けた空間に辿り着いたとき、ようやく私は足を止めた。

大木に疲れ切った身体を預け、息を落ち着かせる。

裸足で走っていたからだろう。足に石が刺さり、ちろちろと血が流れている。爪には、泥が入り込んでしまっていた。

しかも、朝から何も口にしていないのだ。喉はカラカラで、お腹は催促の音を鳴らし続けている。…体力はとっくに限界で、もう動けそうにない。



……このままだと、フランの住む村へ辿り着く前に死んでしまう。

なにか、食べるものを探さないと……



「おい、見つけたぞ!」



聞き覚えのある野太い声。慌てて顔を上げると、少し離れた草叢に御者が立っていた。

にんまりとした笑みを浮かべてはいるけど、額に青筋を浮かべている。私は悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、御者と反対方向へ駆け出した。



「っち、ちっこいガキめ!」

奴隷しょうひんが……手間かけさせやがって!!」



不味い、不味い、不味い!

このままだと、絶対につかまる。



いくらチート能力を持っているとはいえ、所詮は5歳児。隙を突けば何とかなるかもしれないけれども、空きっ腹で体力も限界に近いという状態なのだ。大の大人の速度に、勝てるわけがない。

それでも、逃げないと捕まる。捕まったら最後、本当に今度こそ15歳になるまで生き続けられる自信がない。



だから走る。

痛みをこらえ、空腹を無視し、とにかく走るのだ。

だけど―――――



「うそ……だよね?」



運命は無常だった。

目の前に広がっていたのは、崖。断崖絶壁のがけだ。

崖の遥か下には、川が轟轟と音を立てて流れている。対岸の崖に渡れればいいのだけれども、軽く500メートルは離れている。もちろん、橋なんてないし、ツタもない。



「そろそろ諦めな、嬢ちゃん」



御者がギラギラと目を光らせながら、近づいてくる。

こんな状況の時……私は、どうすればいい?



目の前にいる御者の体格が、もやしだったら…まだ勝機があったかもしれない。

でも、生憎と服を着ていても筋肉が浮き立って見えるほど体格のイイ御者だ。これは、隙をついて逃げるというのは、ほぼ不可能に近い。



では、どうする?



生き残るためには……




私は覚悟を決めて、走り出した。崖に向かって。



「お、おい、待ちやがれ!!」



御者が追いかけてくる。

だけど、私は最後の力を振り絞って崖の上に立つ。

崖の下を覗き込むと、ぞわぞわっと背筋が逆立ちそうになる。飛び降りるなんて、怖くてたまらない。

でも……ここで飛び降りないと、私は奴隷に逆戻りなのだ。



「嬢ちゃん!早まるな!!」



御者の手が、私に延びる。

だけど、捕まるものか!



私は覚悟を決めると、身体に最後の鞭を打つ。

身を乗り出すように、私は崖から飛び降りた。ふわりと、決して長くない髪や泥まみれになった服が浮き上がる。そして、次の瞬間、勢いよく落下する。




―――轟轟と音をたてて流れる川に、一縷の希望を託して―――






3月14日:誤字訂正


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