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3話 奴隷たちの夜



今は、何時ごろなのだろうか?



『ホゥーホゥー』という鳥の鳴き声が、遠くから聞こえてくる。

窓の隙間から差し込む月の光だけが、ほんのりと檻を照らし出していた。青白い月の光が届かない場所は、触れるのが怖いくらい暗闇に沈んでいる。か細い寝息と、鎖の音さえ聞こえなければ、そこに人がいるなんて夢にも思わないだろう。



「……眠れない……」



小さく呟き、寝返りを打つ。まだ慣れることが出来ない、じゃらりという音が静かな空間に響いた。




「早く、寝た方が、いい」



どこからか返事が返ってきた。首輪のせいで重い首を上げると、声の主を探す。



「ここ」



その子は、隣の檻に入っていた。

月明かりがほとんど届かない場所に座っているので、ボンヤリとした輪郭しか分からない。だけど、どうやら子供のようだ。私と同じか、少し年上の子供。ぶかぶかなコートを纏い、身を護るように背を丸めていた。



「君、何歳?」

「…私は、5歳」

「5歳……僕より、2つ下だ。なおさら、早く、寝た方が、いい」



言葉を区切って話すので、少し滑舌が悪い子だ。もしかしたら、辺境か隣国出身の子なのかもしれない。

……まぁ私も、隣国に限りなく近い辺境の村出身だけど。



「寝ないと、顔色が、悪くなる。商品の、質が、下がる」



…確かに、それには一理ある。

顔色が良い奴隷と、悪い奴隷とでは、ぜったい前者の方が高品質に見える。

高品質だと、値段も高い。つまり身分の高い貴族に買われるということだ。…一方、値段が低い顔色の悪い奴隷は、低い身分の者に買われる可能性が高い。



身分が高ければ、それだけ風聞にも敏感だ。

『あの家では、奴隷をいじめている』なんて悪い風聞を広めないためにも、表向き酷いことをしないだろう。……一方、低い身分だと、そんなことを気にしない場合が多い気がする。



「だったら、君も寝ないと不味いんじゃない?」

「僕は、平気。もう、飼い主が、決まってるから」

「飼い主が決まってるのに、ここにいるの?」



私が問うと、隣の子はコクリと頷いた。



「剣奴に、なるから」



淡々とした声で『剣奴』と告げられた時、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

…『7歳から剣奴』『滑舌の悪い話し方』といえば、あいつしか思いつかない。いやいや、待て待て。本当に、あいつなのだろうか?まだ決めつけるのは早い。他人の空似っていうことも、あり得るし。

私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「君……名前は?」

「いきなり?僕は………レア」



思わず、飛び上がって手を叩きたくなった。震えたくなるくらい暗いはずの視界が、ぱぁぁっと一気に明るくなったような錯覚に陥る。それくらい、私はうれしかった。

作中で『レア』と呼ばれている剣奴といえば、『レアンネン・アキレア』……私の未来の仲間ではないか。




槍使いの剣奴で、勇者フランの祖父に買い上げられ、フランの友人になる。

ぽつり、ぽつりとしか話さないけれども、それは標準語を使いこなしていないから。もう既に滅びた隣国アキレアの言葉を使う時には、物凄い口達者になるのだ。しかも、王子だったという裏設定。国が魔王の進行によって滅亡する際、奴隷商人に連れ攫われてしまった可哀そうな王子だったのだ。



今は暗がりで視えないけれども、きっと水色の髪で端正な顔立ちなのだろう。



「わ、私はカメリア。…リアって呼ばれているんだ」

「リア、か。……なんか、声の調子トーンが、上がって、ない?」

「気のせいだよ」



これは、あれか?

私も剣奴として売られ、フランの祖父に助けてもらうっていう設定なのか?なら、枕を高くして眠りにつける……枕は無いけど。

てっきり、女奴隷としてロリコン貴族の所へ売られるのではないかと、ヒヤヒヤしていたのだ。もちろん、剣奴として売られるのも嫌だけれども……でも、チート能力の影響で死ぬことはないだろう。性奴隷より1000倍マシだ!



「私も、剣奴として売られるんだろうな」

「どうして?」

「だって、力が強いし、魔術の素養もあるし、武器だって使いこなせる自信があるから」

「君は、違うよ」



レアの一言で、私は、固まった。

なんというか、漂っていた暖かな空気に、ビシリと割れ目が入ったような気がする。



「違う?違うって…どういうこと?」

「昼間、見たけど、君の鎖は、剣奴用の、鎖じゃない」



レアのシルエットが、モゾモゾと動く。ゆっくりと私の檻の方へ近づいてきた。

窓から斜めに差し込む月明かりが、彼の幼いながらも『端正』としか言い表せない顔を映し出す。……小説の挿絵で知った顔だけれども、実物を前にすると惚れそうになる。現に、顔が熱を帯び始めていた。……きっと、成長すればもっとイケメンになるのだろう。



……いや、待て。惚れるのは早い。コイツは、かなりの女たらしになるのだ。旅先で訪れた村々に女を作り、外伝では『隠し子事件』があった程ではないか。……つまり、こいつは女の敵だ。



「なに、その、軽蔑した、目は?」

「いや、気にしないで。それよりも、何で私が剣奴じゃないって思ったの?」

「……色」



少し怪訝な表情を浮かべながらも、レアは首輪を触る。レアの首輪は『赤』だ。でも、私の首輪には色が付いていない。塗装されていない鉄のままだ。



「赤は、剣奴の色。青は、性奴せーどの色。色なしは、使い捨ての、労働奴隷」

「使い…捨て…」



風船から空気が抜ける様に、昂揚していた気持ちが急落した。

使い捨てということは、元から値段が安い。長期使われることを目的にされておらず、乱暴に扱われる。

つまり……



「女神の馬鹿!!」

「えっ?」



思わず私は、叫んでしまった。

あの女神、私が『勇者の仲間に転生する』って言っていたじゃないか。仲間の証でもある痣もあるし。

でも、これでは確実に死ぬ。乱暴にボロ雑巾のように使われ、勇者と合流する前に死ぬ。良くて廃人だろう。



「私……長く生きられない……」

「いや、労働奴隷でも、長く、生きられる。主に、気にいられれば」

「無理だよ」



どの世界に、『特技:格闘技』という5歳児(しかも女子)を好む奴がいるだろうか?マニアックすぎるだろ。私は力の限り、ガンっと両手を檻に叩きつけた。だけども、檻は壊れないし、鎖が重重しく鳴り響くだけに終わる。



「ちくしょー、なんでこうなったんだ!」

「嘆く、暇が、あるなら、寝なよ。煩いよ」



レアが、呆れたような声を出した。そして、その場でゴロンと横になる。



「今のうちに、寝なよ。売られたら、寝る時間、ないよ」

「……分かってるって」



私も横になる。……しかし、頭が興奮しているのだろう。さらに眠気が遠ざかったような気がした。だけど、ひんやりとした床の感覚が、私の興奮を冷ましてくれるような気がした。



……そうだ。ここで嘆いていても、仕方ないじゃないか。

服の下に刻まれた痣に、そっと触れてみる。……勇者の仲間たる痣が消えたわけではない。だから、私は生き残るのだ。



労働奴隷として、生き抜いていかないといけない。いや、生き抜いてやるんだ。



「ありがとう、レア。私さ、頑張るよ」

「……そう」



レアは、それだけ言うと、疲れたように目を閉じてしまった。どこか子供っぽい寝息を立てながら。

そんな幼いレアの横顔を視ながら、ふと考える。




…いくら女の敵とはいえ、これから数年間の彼は剣奴の道を歩むのだ。

しかも、つい先日までは鎖なんてつけられることのない王族だったのに。そう考えると、目の前の少年が可哀そうに思えてきた。



「レアもさ、生き残りなよ」

「……」



すっかり寝てしまっているのだろう。レアからの反応は無い。相変わらず規則正しい寝息を立てている。



再び静まり返る奴隷部屋。

スヤスヤという寝息と、時折響く鎖の音。それらをBGMに私も眠りに落ちるのだった。




































「へへへ、旦那。久しぶりですなぁ」



奴隷商の声とともにガタンとドアが開いたかと思うと、強烈な光が奴隷部屋に差し込んできた。

私が目を閉じた数秒後に、太陽が昇ったのだろうか?それとも、本当にすぐ眠りに落ちてしまったのだろうか?



チラリと窓を横目で確認したけれども、外はまだ暗いままだ。レアと会話してから、そこまで時間が経過しているようには見えない。…と、いうことは……



「ランプ、の明かり、だよ」



いつの間にか起きていたレアが、こっそり囁く。私は右手を前に出し、光を少しでも遮りながら、奴隷商が建つ方を見つめる。

なるほど。レアの言う通り…どうやら、奴隷商の持つランタンの明かりが原因だったようだ。奴隷商が左手にランタンを掲げ、隣にいる男と何か話している。



「いやいや、旦那。今日の旦那は子供奴隷を欲するんですね。いや~、珍しい」

「俺がロリコンに目覚めた、とでも?」



男が吊り上った眼で、じろりと奴隷商を睨む。少し離れていても、男が発するビリビリとした殺気を感じるのだ。目の前にいる奴隷商はたまったものではないだろう。奴隷商は痩せた身体を、ぶるぶると震わせ始めた。



「い、いえいえ。そんなこと思っていませんとも。ただ、若い女性ではなく子供を欲しがるとは…珍しいと思いまして」

「実は、こいつの誕生日プレゼントにしようと思ってな」



男の背中に付き従うように立っていた小さな影が、ひょこっと前に出る。

ランタンの明かりのせいで、顔は見えなかった。だけれども、年は私やレアより上だろう。シルエットだけ見ると、10歳くらいか?



…それにしても、こんな夜中によく子供を連れて奴隷を買いに来るなんて……よほど、身分が高いか、よほど危ない仕事をしているかのどちらかだろう。出来れば、前者を願いたい。



「これはこれは、御子息様でいらっしゃいましたか。なるほど、つまりご子息様の年頃にあった奴隷を?」

「そうだな。それで、どのあたりだ?」

「はいはい、こちらでございます」



ランタンを携え、奴隷商が歩き出す。

進行方向を視るに、どうやら青色の首輪…つまり、性奴隷の方へ向かっているみたいだ。……誕生日プレゼントで10歳くらいの息子に、性奴隷……なんていう世界だろうか。この世界では、これが普通なのか!?



「青の中でも、魔力値が高いのは…この辺りになりますね」



鎖に繋がれた3人の美少女を前で、奴隷商が立ち止まる。男は、3人の美少女に対して、虫けらでもみるような視線を向けた。



「そうか。……この中に、気に入らぬ奴はいないな」

「いません、父上」



急に話しかけられた少年は、面倒くさそうに答える。

恐らく少年は、早く帰りたいのかもしれない。必死に欠伸を、かみ殺しているみたいだ。



「坊ちゃん個人が欲しい奴隷は、いませんか?これからお得意様になるのですから、誕生日価格として、元値から5割引きで1人差し上げますぞ」



奴隷商は、手をすりすりと擦りながら少年に笑いかける。少年は、面倒くさそうに父親を仰ぎ見た。



「父上」

「コヤツも言ってるんだ。好きな奴隷を選べ」



父親の言葉を聞いた少年は、ぶらりぶらりと檻の間を歩き始めた。父親そっくりな軽蔑した視線を、眼をこすりながら蹲る奴隷たちに向けている。

奴隷商は、ひっきりなしに奴隷の解説をしている。だけども、少年は聞いていないように見えた。奴隷商の熱心な話に対して、『ふ~ん』とか『あっ、そ』と答えるだけだ。私とレアがいる檻の近くも通ったけれども、興味なさそうに素通りされた。




「お気に召した奴隷は、いましたでしょうか?」



奴隷部屋を一周した時、奴隷商は、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

少年は、先程と変わらぬ『早く帰りたい』といわんばかりの無表情で、辺りを一通り見渡す。そして、詰まらなそうに……本当に心底つまらなそうに、こう告げた。



「……とりあえず、剣奴以外の人間全員」




……どうやら、私の主は『いかにも』我儘そうな坊ちゃんに決定したみたいだ。




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