12話 それぞれの覚悟
徐々に広がっていく川幅。なだらかになっていく丘。そして――――――
「すげぇ……」
何処までもどこまでも広がる草原。ちゃんと草が生えた草原が広がっているのだ。
ちなみに、似たような風景は私たちの住んでいた村にもあった。どこまでも広がっている平原。……もっとも、草木一本も生えていない荒野だったけど。
それを見慣れていたからだろう。
草が生えている土地が、ずぅっと遥か彼方まで続いているという事実を知った、衝撃はかなりのモノのはずだ。
「すげぇ……すげぇよ!」
本当にさっきから、それしか口にしないクレイン。
そんなクレインを指摘しようと、口を開いた私も
「凄い……」
と呟いてしまった。
何処までもどこまでも広がっている草原。
そのはるか向こうに、壁に囲まれた町が視えたのだ。そう、まさにファンタジーの世界と言えるだろう。ずっと昔に忘れかけていた感覚が、胸にあふれてきた。
そう、私は本当に小説の世界に来ているのだ!!
いやはや。ここ数年それどころじゃなかったので、忘れるところだった。
「ほら、クレイン。急ぐよ」
「わ、分かってるってリア!」
クレインはハッと我に返ったようだ。苦々しい表情がクレインの顔に広がっていく。
「この風景を、キーナと見れたらよかったのにな……」
「……」
女々しい奴だ。妹想いっていうのは分かるが、こうも女々しいと先が思いやれる。
私は両拳をバンッと叩くと、クレインに振り返った。
「どうしたんだ、リア?」
「王都に入る前に、今までの修行の成果を見せてみなよ。中途半端な弱さだったら、王都にはいる前に鍛え直しだからね!」
最後の言葉を言い終える前に、私は地面を蹴った。
一気にクレインとの距離を詰め、腹に右拳を叩きこもうとする。だが―――
「っく!」
拳が命中したのは少し硬い防具の感覚ではなく、もっと固いモノだった。それは、どこか笑みを浮かべた自分の顔を映している鋼の刃。どうやら、咄嗟に抜いた剣で防御したらしい。
「……ほう」
以前は今の一撃で、遥か彼方まで空の旅をしていたクレインだった。どうやら、ここ数週間で少しは成長したらしい。というか、成長してもらわないと困る。
私は後ろに跳ねとび、一旦クレインと距離を取った。
「い、いきなりか!」
額に汗を浮かべたクレインが、剣を構え直す。
「敵が御丁寧に名乗りを上げてから攻撃してくると、思っているの?」
「そんなわけ、ねぇだろ!!」
今度はクレインの方が、私に向けて駆けだす。全く躊躇いもなしに、まっすぐ剣先を向けて。
いやはや、成長したものだ。最初は『私を敵だと思って、突撃しろ!』と言っても、どこか恐々とした雰囲気が抜けなかったものだが、今では一切感じない。
「でもね」
やはり『私に刺さるのではないか』という気持ちが残っているのだろう。最後の最後で瞳に恐怖の色が混じり始め、減速している。
私は口元に笑みを浮かべると、足を半回転させて突撃をを避ける。
「うわぁっ、と、と、と」
変に勢いをつけていたせいで、逆にすぐ停まることが出来ない。クレインは、数歩先まで走り抜けてしまった。つまり、
「背中が、がら空きだ!」
私は、『どうぞ、蹴り飛ばしてください』と言わんばかりの背中を、迷うことなく蹴り飛ばした。
「っふべら!!」
蹴った衝撃で吹き飛ばされ、地面に衝突するクレイン。……受身くらいとれるようにしろよ、と思わずにはいられない。……でもまぁ、剣を最後まで握っていられたことを考えると進歩したのだろう。少し前までは、痛みのあまり剣を握りしめていることが出来なかったのだから。
「ほら、早く立ちなよ。私から一本取るまで先に進ませないから」
「そ、そんなの無茶ぶりだ!」
とか言いながらも、諦めずに立ち上がってくるクレイン。
こいつ、変なところで根性ある奴なんだよね。だから、妹のためだけに必死になれるんだと思うけど。
「今の敗因分かる?」
再び突撃してきたクレインに、問いかける。先程よりも瞳に迷いはない。かなりの距離まで近づいても、距離は減速するどころか増している。
……どうやら、恐怖を覚悟が上回ったようだ。
「そう、覚悟よ。でも、覚悟だけじゃ――――何にもならない!」
剣が防具に当たる寸前に、クレインの伸ばされた腕をガシっとつかむ。
前のめりになるクレインを、思いっきり背負いあげ、そのまま地面に叩き付けた。……いわゆる、一本背負いというやつだ。
「っ痛ぇ……」
「痛いじゃない」
地面に転がるクレインと目があった。
「敵の行動を瞬時に判断する力!
ただ突撃しても、避けられる前に停まれ!すぐに次の行動へ移行しなさい!」
……チート能力に頼った私が、言えるような忠告ではないけど。
自分はズルをしているという、微かな罪悪感が胸を横切る。
でも、このチート能力を圧倒するようにならないとクレインは生き残れないのだ。心を鬼にして、自分の知りうる知識と経験を教え込まないと……
大切なクレインもキーナも、みんな死んでしまう。
ソレだけは避けたいし、せめて恩だけは返したいのだ。
「り、了解!」
「……じゃあ、実戦練習だ」
そう言うと、私は後ろに跳ねとび、クレインは剣を構えて起き上がる。
ひゅぅっと柔らかな風が、背後から吹いてくる。私は、そんな風に乗るように走り出した。
‐その少し前、王都では―
「ぶ、無礼です!私を誰だと心得ているのですか!?私は、この国の王女『ジュリアナ』ですわよ!?」
悲鳴に近い声で、小動物のような少女が叫ぶ。
ジュリアナは重装備の騎士たちに囲まれ、剣を突きつけられていた。ジュリアナの身を守るのは、ジュリアナの最愛の召喚獣のみ。この部屋には他に、彼女を案ずる人なんて誰もいなかった。
「は、ハンス!助けてください、何かの間違いだって言ってください!」
騎士の中でも飛びぬけてイケメンの男に、ジュリアナは懇願し始める。一瞬、ハンスの顔に、迷ったような表情が浮かんでしまう。
……さすが、『ジュリアナに全てをささげる護衛騎士』よね。でも、……そうは、させないんだから。
「惑わされないで、ハンスさん!」
アタシは、上目づかいでハンスを見上げる。
「ジュリアナ王女様はね、王様を殺そうと思っているの。だから、部屋から毒薬が見つかったのよ」
「そ、そんなことありません!私は父上を殺そうとだなんて、それに、毒薬なんて知りません!」
焦って否定するジュリアナ。そりゃ、そうよね。だって、毒薬はアタシが用意したんだもん。
でもね、焦って否定しても何もならない。だって、ジュリアナは何度も『父上なんていなければいいのに……』って、ハンスに愚痴っていたもんね。
「嘘はいけないわ、ジュリアナ王女様。
アタシ……こんなこと、本当はしたくない。でもね、言わせてもらうわ」
ジュリアナ王女、この世界に『ヒロイン』は1人でイイの。
だから、消えてもらうわね。貴女の役割は、アタシがしっかり果たしてあげるから。
「『異世界の巫女』の命で告げます。『国王暗殺未遂犯:ジュリアナ』を捕えなさい!」
ハンスを含めた騎士たちが、一斉にジュリアナに襲い掛かる。
たった一匹、ジュリアナを守護する召喚獣が立ち向かったけど、ハンスの剣で真っ二つに切られてしまっていた。
哀れなジュリアナは身を守るすべを無くし、いとも簡単にとらわれてしまったのだった。
「―――『異世界の巫女』様」
後ろから、声を掛けられる。
ほろほろと涙を流しながら、必死に訴えるジュリアナから目を離した。
「どうしたの、スリス?……あと何度も言っているけど、私のことは名前で呼んで欲しいな。――――だって、友達でしょ?」
「し、失礼しました……」
メイドのスリスは頬を赤らめ、おどおどと頭を下げる。
……なんか、とろくてムカつく。でもね、スリスは密偵一族の末裔なのよ。情報収集能力が、特に優れているわ。
だから、アタシはスリスの望むアタシであり続ける。『大切な駒』を手放すわけには、行かないもの。
「あっちで話そう!アタシ……あんな変わり果てたジュリアナ様を見ていられないわ」
少し落ち込み気味に言うと、スリスはアタシを人混みの中から連れ出してくれた。
自室に戻り、スリスは他に人がいないのを確認するとアタシに頭を下げた。
「はい、ユウコ様が言った通り、『カメリア』という名の少女がいたという痕跡はありました。
非常に強く多彩な少女だったらしいのですが、……どうやら、5歳の時に奴隷として売られ、すぐに川に落ちて死んだらしいです」
「川に落ちて死んだ、ね」
怪しい話。
トリップ前に神様が教えてくれた話だと、日本人転生者は『傭兵:カメリア』に転生したって聞いた。でもね、小説だと転生者ってチートでしょ?そう簡単に死なないわよ。
ん~でも、出来ればそこで死んでてほしいけどね。
だって、あんまり自分の手を汚したくないし。
「その人、本当に死んじゃったのかな?」
「さぁ……それは、分かりません。もう少し、調べてみますか?」
「忙しいのに、ごめんね。お願いするわ」
はにかんだ笑顔を浮かべながら言うと、スリスは嬉しそうに顔を更に赤らめた。
せっかく転生したのに、ごめんなさいね……。
死ぬような思いをして、奴隷にまで身を落としているのに、殺すなんて悪いと思うわ。さすがにアタシは鬼じゃないもの。
でも、『転生者』は生かしておけないのよ。
アタシと同じトリップ者も、転生者も、同じ性別である以上、考えることは同じはず。きっと、役柄しか知らない彼女も『ハーレム』を築きたいに決まっているわ。そして、それを可能にする力を持っているはずなの。
だから、見つけ次第、殺してあげる。
だって『愛される姫』は、1人って決まっているでしょ?