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11話 ぬか喜び


「いや~、悪かったのぉ!!」


私達の前で、盛大に笑う男を見て私は『ははは…』と力ない笑いを返すことしか出来なかった。

ちなみに、クレインは私の隣で呆然と座っている。



「嬢ちゃんと坊ちゃんが、敵かと思ったんじゃよ。いや~、ホントに」



男は大口を開けて、食べ物を湯水のように流し込む。

だが、やがて私とクレインが料理に手を付けていないことに気が付いたのだろう。男は食べる手をいったん止め、不思議そうに首をかしげた。



「ん、どうしたんじゃい?いや~、まさか嫌いな料理だったかのぅ?」

「えっと、その……」

「あ……えっと…」



私は、ちらりとクレインに視線を向ける。すると、クレインも私の顔色が気になったのだろう。青白い顔をしたまま、私に視線を向けてくる。



「(これ、リアは食べる?)」



眼で訴えかけてくるクレイン。だが、その問いに答える前に男が口を開いた。



「いや~、駄目じゃぞ?しっかり食わんと。残すのはダメじゃぞ」



その時、たぶん私とクレインは同じことを考えたと思う。




遠慮しているわけじゃないんだけど。

好き嫌い云々以前の問題だから!って。




基本的に、好き嫌いなんて無い。

前世の私はトマトや梅干し苦手だったが、今は非常に貧しい暮らしを送ってきていた。だから、好き嫌いなんて言っている場合じゃない。食べられるものは食べて、生き残る。それが信条の1つだし、クレインも同じだろう。



だが、これはない。



恐る恐る、目線を皿に落す。

自分の顔くらいある皿の底が見えないくらい、てんこ盛りに盛られた『蜂の子』。

しかも、生だ。白い蜂の子が皿の上で、うようよと蠢いている。



そりゃ、目の前の男は、クマ型獣人だから蜂の子を普通に食べることが出来るのだろうが、私たちはクマではない。……いや、前世の世界でもタイやアフリカ、日本でも長野の方で昆虫を食べる習慣があったが、私もクレインも今まで虫を食べる習慣なんてなかったのだ。美味しいのかもしれないけど、勇気が出ない。


私は引きつった笑顔を浮かべ、顔を上げた。



「えっと、いえ。私達お腹減ってないんです。それに、貴方の食糧ですよね?親族でもなんでもない私達が勝手に食べるなんて……出来ないよね、クレイン!!」

「そ、そうだよな、リア!!おじさん、せっかくだけど遠慮しておくよ」



物凄い勢いで、クレインが賛同する。

しばらく私たちの顔を疑うように見ていたクマ男だったが、やがてニッコリと笑った。



「そうか!いや~、失念してたのぅ」



すまんかった、と繰り返しながら私とクレインの前に置かれた皿を、クマ男は片づけた。

私達の意図が通じたのだろう。心の中で、ホッと息をつく。



「ヒトは生で食べないんじゃったよな?いや~、失念失念。すぐに火を通してくる」



そう言いながら、幼虫を一気にフライパンの上に落すクマ男。

私とクレインは声にならない悲鳴を上げた。



「い、いやイイです!気を使わなくていいです!」

「俺達、腹空いてないんで!もう、食べなくて平気なんで!!」



必死に訴える。こんな必死なクレインを、私は久しぶりに視た。顔から血の気という血の気が全て無くなり、小刻みに震えている。きっと、私も同じような表情を浮かべているんだろうと、頭の片隅で思った。



「いや~、遠慮しなくていいんじゃ。わしが悪いんじゃからのぅ」



だが、クマ男に私たちの気持ちなんて通じるわけがなかった。

そうだ。私達の考えが通じていたらそもそも、夕食に招かれること自体がなかったのだ。









そう、クレインは血走った目をしたクマ男に襲われていた。


私が目を離したすきに、クレインは『キノコ』や『木の実』を探そうと来た道(すなわち森)へ少しだけ戻ることにしたらしい。すると、クマ男に遭遇。どうやら、私達が通ってきた森一帯は、クマ男宅の敷地だったようだ。



『家宅侵入者!!』




と言って、クマ男は説明しようとするクレインを無視し、問答無用で襲いかかってきたらしい。

クレインも魔物や猛獣相手だったら本気を出せたのだと思うが、相手は言語を解する獣人。本気で斬りかかるなんて出来るわけなく、ひたすら防御に徹しながら川まで逃げ帰ったのだとか……。



結局。

私も参戦し、鳩尾に拳を叩き込み気絶させ、目が覚めてから事情を丁寧に説明した。

するとクマ男は、私達を誤解していたことにようやく気が付いた。そして、



『勘違いして悪かったのぅ。

そりゃそうと、腹が減ってるじゃろ?いや~、ワシの家で何か食べてくか?迷惑かけた礼としてな』



と、ありがたいことに食事に誘いくださり、『魚かな?』『蜂蜜がたっぷり塗ったパンかな?』と密かに胸ふくらませながら、クマ男の家に入った。




だが、現れたのは予想の斜め上を行く『蜂の子』。

まさかの『蜂の子』。どこからどうみても『蜂の子』。今まで一度も食べたことないし、これからも食べる予定がなかった『幼虫』というジャンルの食事だったというわけだ。




「いや~、すまんすまん。ほれ、出来たんじゃよ」



どこか蜂蜜臭いのする甘い香りが、鼻孔をくすぐる。

それと同時に、ぐぅっと鈍い音が私とクレインの腹から同時に鳴り響いた。血の気の失せた顔が、少し赤く染まるのを感じる。



「いや~、腹減ったみたいじゃの。ほれ、遠慮するんじゃない」



ことん、と私の前に置かれる皿。

熱を通したからだろう。先程よりも量が減っているように見える。もうピクリとも動かなくなった白い幼虫には、こんがりとした茶色の焦げが目立つ。だけど、形は幼虫そのままで……



「俺、食べる」



私が、どうやって食べないで済ませようか悩んでいると、クレインが覚悟を決めたような声を出す。

旅に出ると決めた時のような眼をしたクレインは、ゆっくりと木のスプーンを使い、蜂の子を掬う。そして、目をつぶり息を調えると……



ぱくり、と一気に口の中へ入れた。

もぐもぐと口を動かすクレインの反応を、私はじっと見た。ごくり、と飲み込んでからもクレインは何も言わない。ゆっくりと目を開け、じっと皿を見つめる。



「リア」



皿の上に盛られた幼虫たちを見つめはじめ、数十秒たったころだろう。ようやく、クレインは口を開いた。



「とりあえず、食べてみな」



たった10文字の言葉。

だけど、その10文字にどんな思いが含まれているのだろうか?



クレインの顔は、少し俯き影になっている。だから、表情が見えない。

それが、余計に怖かった。



美味いのか、不味いのか。



「ほれ、早くしねぇと冷めるぞ?」



クマ男が急かす。

私は覚悟を決めた。そっと木のスプーンを手に取ると、恐る恐る数匹の蜂の子を掬ってみる。

つい、数分ほど前までピクピクと動いていたのに、今では全く無抵抗だ。



「(…いただきます)」



日本にいた時から忘れない言葉を、心の中で呟く。

思いっ切り目をつぶり、口の中にスプーンを突っ込んだ。が、その瞬間、思わず目を開けてしまうくらいの衝撃を感じた。





美味い!




とてつもなく、美味い!目を見開くほど、美味い!



柔らかい感触。仄かに感じる甘い味。

あぁ……今、『蜂の子を食べている』ということを考えなければ、もっと美味しいのだろう。

引きつっていた顔が、ふにゃりっと崩れるのを感じた。



「いや~、美味いだろ!」

「「美味いです!!」」



私とクレインの声が被る。

そして、ほぼ同時に再び蜂の子を食べ始めた。……幼虫を食べているという事実に『かなりの』抵抗感があるから、目をつぶってだったが。



「いや~、喜んでもらえて何よりじゃ。ん?それで、嬢ちゃんたちはこれからどこへ行くんじゃ?」



食事を再開したクマ男は、そんなことを尋ねてきた。

私とクレインは、食べる手を止める。



「『ルークの街』です」

「『ルークの街』といえば、王都の近くじゃろ?いや~、それはまた遠くじゃのぅ。して、何しに?」



酷く驚いた表情を浮かべるクマ男が、身体を乗り出した。

クレインの表情が、少し曇る。



「えっと……」

「そこで開かれる大会の景品が、『黄金百合』なんですよ」



包み隠さず、私はクマ男に旅の理由を教えた。

もしかしたら、この単純そうなクマ男が大切な情報を握っている……かもしれない。ただ、何も考えずにサバイバル大会を目指すクレインに代わって、私がしっかりと大会に出なくても百合を手に入れる情報を探さなければ……



「コガネユリ?なんじゃい、そりゃ?」



……前言撤回。

どうやら、このクマ男から情報を得ることは出来ないようだ。



「妹が魔力暴走を起こしてしまって……そのための薬が、その大会でしか手に入らないみたいなんです」

「いや~、そりゃ大変じゃのぅ……そうじゃ!」



辛そうに眉を寄せるクマ男は、何か閃いたようだ。ポンッと手を叩くと、近くの棚に置いてあった古びた壺を持ち上げた。

それを、コトンっと大事そうに私たちの前に置く。



「これは……?」



クレインが、壺を覗き込む。

そして、ハッと息をのんだ。口をパクパク開け閉めするクレインの様子から察するに、とんでもないモノが入っていたのだろう。私もユックリ慎重に覗き込んでみる。



「なっ!?」



思わず大声を上げてしまった。

だって、そこに入っていたのは………



「蜂蜜じゃないですか!」



艶やかな黄金色をした蜂蜜が、壺一杯に入っていたのだ。

観ているだけで涎が出そうになる香りが、鼻孔をくすぐる。たった今、食事をしたばかりだというのに腹がなりそうだ。

王都の貴族様しか日常的に砂糖を口にすることが出来ない世界において、木の樹液の類の蜜は御馳走だ。

特に蜂蜜……しかも、ここまで高品質となると、御馳走中の御馳走。豊かな商人だって、ここまで高そうな蜂蜜を口にするのは、年に数回くらいだろう……たぶん。



「こ、これを……もしかして、私たちに?」

「いや~、ルークの街ってことは王都へ立ち寄ってからいくんじゃろ?実は王都に甥っ子が独り暮らししているんじゃよ。甥っ子に届けてくれるかのう?」



残念。

都合の良い足として、利用されることになってしまったらしい。

せっかく旅中に甘い菓子を食べることが出来ると、思ったのにぬか喜びだったなんて……

心の中でため息をついた私は、黙って壺を受け取るのだった。





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