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監禁日記

作者: 夏川優希

○月×日 晴れ

 日記をつけるのは何年振りだろう。

 中学生の頃、やたらと「天使」や「悪魔」、または「神」というワードが登場するダヴィンチもびっくりの日記を約3か月に渡って書いて以来だろうか。その日記が妹によって学校中にばら撒かれたのは良い思い出である。

 そんなお茶目な妹へのささやかなお礼として、彼女の机の引き出しの奥底に眠る妹自作の恋愛小説ノートをひっぱり出してきて学校中の生徒に配布してさしあげた。そしたらあれよあれよと人気作家になり、今や最年少恋愛小説家である。世の中はなんと理不尽なのだろう。

 そんな感じで17年間日陰者だった俺に転機が訪れたのは、つい1週間前の事である。

 そう、千秋ちゃんだ。

 マイ・スイートハニー、千秋ちゃんが俺の荒涼だった世界に光をもたらしてくれたのだ。彼女はまさしく天使である。俺の天使! 千秋ちゃん!

 いや、もう日記に天使とか悪魔とか書くのはやめよう。未だに風呂場で目をつぶって顔を洗っていると、俺の事を「孤高の悪魔祓い」と呼び蔑む声が聞こえる事があるんだ。フラッシュバックってやつなのかな。良く知らないけど。

 まぁ、その傷もきっと千秋ちゃんが癒してくれることだろう。

 長々と書いたが、言いたいことは一つ。

 この日記は俺と千秋ちゃんの愛のメモリアルである。



○月□日 晴れ

 今日は千秋ちゃんとデートだった。ちなみに初めて見る千秋ちゃんの私服は、ヒラヒラした白いワンピースだった。とんでもなく可愛かった。まさに天使だ。俺の天使だ。

 行先は隣町の映画館。初デートに映画館……何の捻りもなくって千秋ちゃんには申し訳ないが、デート初心者の俺が背伸びをしたって失敗することは火を見るよりも明らかだ。幸いにも、千秋ちゃんは映画デートを快く受け入れてくれた。

 俺の当初の予定ではCMで全米ナンバーワンと連呼している「シャイニング アントマン」を見るはずだったが、千秋ちゃんは少女漫画原作の恋愛映画を見たいと言う。

 今回のデートの目的は千秋ちゃんを喜ばすことなんだから、映画の内容なんて二の次である。別にシャイニング アントマンなんてどうだって良い。土の中を縦横無尽に動き回って敵を倒す蟻男なんて、全然見たくない。本当に。全然。

 という訳で、千秋ちゃんご希望の恋愛映画を見ることとなった。俺の器のデカさが千秋ちゃんにも伝わったことだろう。

 あいにくこの恋愛映画は俺に全くハマらず、上映中はもっぱら寝て過ごした。だから上映終了後、ファミレスに入って映画の感想を求められたときは本当に焦った。その時のアタフタ感は駅のトイレが清掃中だったあの瞬間をも凌駕していただろう。

 しかしデート中の俺の集中力には目を見張るものがある。あのわずかな時間で、「主人公の女の子、可愛かったよね」という86点の感想を叩きだすことができたのだから。

 なのにどうして千秋ちゃんは不機嫌になってしまったのか。今世紀最大の謎に認定されるべき事象であろう。



○月×日 雨

 千秋ちゃんが般若になった。

 「カップルに喧嘩はつきもの」というのは心に刻んでいたものの、まだまだ精進が足りなかったようである。

 千秋ちゃんいわく、「彼女ができたらもう他の女の子を触ったり、喋ったりしちゃダメなんだよ」とのことだ。つまるところ、千秋ちゃんが俺にヤキモチを焼いたのだ。

 なるほど、確かに「彼女ができたらできるだけ他の女性との接触を断つのがベターである」との噂を聞いたことはある。俺は大いに納得し、彼女に誠心誠意謝罪した。

 つい最近まで「彼女ができる」なんて都市伝説だと思っていたため、乙女心なんて砂粒ほども分からないのだ。これからはもっと気を付けて、千秋ちゃん以外の女性への傾向と対策を練らねばならぬ。

 まず当面の問題は、担任の静子先生にどうやって課題を提出するかだな。



×月△日 曇り

 しばらく日記をつけていなかったことは反省したい。しかし俺にも色々事情があったのだ。

 テストがあったり、夜中に千秋ちゃんが押し掛けてきたり、文化祭の準備があったり、千秋ちゃんからのメールの返信に追われていたり……いちいち羅列していてはキリがないほど、俺は色々な事に時間を割かねばならなかった。書かなくても誰にも咎められないこの日記が後回しにされるのは自然な流れであろう。

 それでなぜ、この日記を再開する運びとなったのか。

 それは俺に時間ができたことに他ならない。

 最初に言っておくが、俺は恋愛に精通している方ではない。だからこの儀式が何の意味を孕んでいるのかは全く分からない。そう、これは儀式なのだ。できたてホヤホヤのカップルが行う何か凄く神聖で、面白おかしい儀式なのだ。きっとそうだな、そうに違いない。

 きっと10年後、千秋ちゃんと共にこの日記を見て笑い合っているに違いない。たまのような赤子を抱いた千秋ちゃんはきっと言うだろう。「え~、パパ、この儀式の事知らなかったの?」って。

 そして一家の大黒柱となった俺はこう言い返す。「ははは、今思い返すと滑稽でならないよ。どうしてあの儀式の事を僕は知らなかったんだろう? こっちが聞きたいくらいさ」って。

 うん、なかなか和やかで良い光景ではないか。

 だからこれは決して監禁じゃあない。



×月☆日 多分晴れ

 暇なので日記でも書いて暇を潰すことにする。

 ここにはテレビもなければラジオも漫画もないのだ。窓もないので、天気も俺の推測になる。

 まぁこうやって俗世の喧騒から離れてのんびり自らについて考える時間を持つのも悪くはない。悪くはないが、こういう時間は2時間もあれば十分である。それ以上長いと人間と言うのは考えることを放棄してしまうらしい。現に俺はついさっきまで寝ていた。

 まったく、千秋ちゃんも酷いじゃないか。ちゃんと前々からこの儀式の事を伝えていてくれれば、きちんと準備をしてくるのに。急だったから文房具と電子辞書と日記しか持ってきてないよ。携帯はどっか行っちゃったし……。

 それにしても、日記を鞄に忍ばせておいたのは正解だった。中学時代の日記事件のトラウマが功を奏したと言える。あのまま無造作に引き出しの中に放っていたら今頃妹に発見されて恋愛小説のネタにされるか、もしくはネットに晒されていたかもしれない。

 それにしても暇だ。千秋ちゃんはいつ会いに来てくれるのだろう。本番で赤っ恥をかかないためにも、儀式の詳細をどうにかして調べなければならぬ。



×月●日 きっと晴れ

 千秋ちゃんが学校へ行ったので日記を書くことにする。

 ちなみに、もちろんだがこの日記は千秋ちゃんにも内緒でつけている。言ってしまうと将来二人で見る楽しみが半減してしまうし、なにより千秋ちゃんに気を使って変な事が書けなくなるからだ。

 それにしても、今日も昨日もずっと暇だった。多分明日も暇だ。

 千秋ちゃんに携帯をねだったが、取り合ってもらえなかった。ネットでこの儀式について調べようとたくらんでいただけに、俺の落胆ぶりは尋常じゃなかっただろう。

 仕方がないので恥を忍んで千秋ちゃんに儀式の事を聞いたが、千秋ちゃんはにこにこして俺の話に頷くばかりで儀式の事については一切言及しなかった。

 そこで俺は有り余る時間を使って考えた。

 まず、どうして俺はこの儀式の事を知らないのか?

 世の中には恋愛の作法的情報が満ち溢れている。そりゃもう、耳を塞いでいたって手の隙間から侵入してくるくらいに、俺たちは恋愛の情報に身を晒されているのだ。それなのに、俺はこの儀式を知らない。

 とすれば考えられるのは一つ。テレビじゃ放送できないような儀式であるという事だ。

 放送コードに引っかかるほどディープな儀式……とか。

 それならば千秋ちゃんが俺の質問に答えなかった説明もつく。「そんな恥ずかしい事言わせるな」ってことだろ?

 ってことはつまり……

 わあああああああああ



×月◎日 なんとなく曇り

 この地下室的な空間に連れてこられて何日がたっただろう。日記を読み返せばわかるかもしれないが、面倒くさいので後回しにする。

 毎日毎日千秋ちゃんが会いに来てくれるが、千秋ちゃんが学校に行っている時間と夜中は俺一人っきりだ。だから必然的に昼食を食う事はできない。動いてなくても腹はすくもんだ。後で千秋ちゃんに菓子パンを所望しようと思う。

 儀式的なことは今のところ何もない。いくら質問を重ねても、千秋ちゃんは何も答えてくれない。

 昨日アホな事で興奮したせいか、今日はなんだか気分がすぐれない。もう何日も同じ部屋で過ごしているのも原因の一つだろう。

 ずっと日が当たらないところで過ごしていると思考がおかしくなってくるらしい。なんだか最近「ミザリー」という映画の事が頭から離れない。ある作家がファンに監禁されるという話なのだが、そのファンがめちゃくちゃ怖いのだ。作家の足を折って逃げられないようにするシーンは未だ俺の中でトラウマとなっている。

 いや、まさか。千秋ちゃんがそんな事をするはずない。



×月◆日 おそらく雨

 今日、勇気を振り絞って聞いてみた。「いつになったら、俺はここを出られるの?」って。

 千秋ちゃんは満面の笑みで「どうして出る必要があるの?」って言った。

 これは「儀式を目的とした監禁」なんかじゃなく、「監禁を目的とした誘拐」だったんだ。

 考えてみれば、千秋ちゃんにはちょっとおかしいところがあった。千秋ちゃんは同級生の女子はもちろん、女性の先生と話すことすら禁じたし、受信ボックスは千秋ちゃんからのメールで一杯になった。

 恋は盲目とは良く言ったもので、俺は今まで千秋ちゃんの異常さから目をそらして生きていた。

 だが、さすがにもう限界だ。早くここを脱出しないと頭がおかしくなりそうだ。「ミザリー」みたいに足を折られるのだけは勘弁してもらいたい。

 今日、俺はここに宣言する。

 絶対、生きてここを脱出して見せる。

 今日より、この日記を『監禁日記』とする。



×月■日 雨っぽい

 千秋ちゃんの目を盗めるのは深夜、もしくは学校に行っている昼間だ。刑務所のように四六時中見張りがついているわけじゃない。きっとやろうと思えばすぐ脱出できるはず。

 鉄格子もところどころ錆びていて、すごくもろくなっているところもある。頑張れば折ることも可能かもしれない。

 問題は鉄格子を出たところにあるドアだ。おそらくあのドアを突破すれば外に出られるが、鍵がかかっている。見るからに頑丈そうだから壊すのは無理だろう。となると、千秋ちゃんが来た時に鉄格子を飛び出して鍵を奪うほかにないだろう。相手は女の子だ、すぐに組み伏せられる。

 取りあえず今日は鉄格子に切れ目を入れる作業をすることにしよう。



×月★日 風が強い気がする

 思った通り、鉄格子はずいぶん錆びて脆くなっていた。シャーペンで叩くと、意外と簡単に折ることができた。結構古い建物なのかもしれない。

 さらに折った鉄格子を再びはめ込んで、はた目には折れていると分からないようにした。これで千秋ちゃんを欺くことができる。

 士気を高めるために出た後の事を妄想することにしよう。

 とりあえず本屋に行って死ぬほど漫画を買い込んで、それからフカフカの布団で眠ろう。ここのベッドは固くて良くない。あと、今回の事件の顛末を友人たちに語って聞かせよう。今、とにかく俺は人との会話に飢えている。千秋ちゃんと喋るのだって楽しいけど、男同士でしか喋れないような馬鹿話がしたい。

 それから、千秋ちゃんから逃れたら新しい彼女を作ろう。もう千秋ちゃんみたいな恐い女はコリゴリだ。もっと大人しくって俺を癒してくれるような……そうだ、秋山さんなんて良いじゃないか。もし出れたら勇気を絞ってデートに誘おう。

 さぁ、もうすぐ千秋ちゃんが学校から帰ってくる時間だ。



×月☆日 はれ

 ちあきちゃんはボクのてんしです

 ボクはちあきちゃんとずっといっしょです

 あきやまさんみたいな女はキライです

 もう二どとにげようとしません

 ボクはちあきちゃんとずっといっしょです 

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― 新着の感想 ―
[良い点] バッドエンドな所 [気になる点] 日記だから仕方ないけど失敗した後の描写がない所。 洗脳される前に日記書かなかったのかな?その余裕すらなく洗脳されたのか…。
2014/05/11 16:16 退会済み
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