特別編 夏の陣 一
八月の中旬にあるイベントと言えば?と聞かれてお盆や花火以外の答えが見つからない人は読んでもあまりよくわからないと思います。
なんやかんやであの衝撃的事件から数か月が経ってしまった。
佐々良氏に公共の場での変態的言動を慎んでもらう代わりに、金・土・日はずっと二人で過ごすことを約束させられたことに関しては未だに納得はいっていない。しかし、そんな日々を受け入れて、そんでもって楽しんでいたりする自分がいたりする。
だだだだって、佐々良氏とはゲームは勿論だが、他にも好きな漫画が一緒だったりと、趣味が合うのだ。ここまでピッタリと趣味が合う人は中々いなかったので、気がつかないうちに長い時間話していたりするなんてことが多々ある。
……まあ、昼夜問わず急に襲ってくることに関しては本当に勘弁してほしいが。
それ以外はいたって問題もなく、驚くほどのリア充生活を謳歌していたりする。数か月前までには微塵も思いつかなかった生活だ。
そして今日、土曜日なのだが、午後から二人で買い物に来ている。
家や会社から遠いし、何より人の多い都会では中々知り合いに会う機会もない。普段ならば拒否をする、いかにもカップルっぽく佐々良氏が腕を私の腰に回すのを許していた。
「あれ?美保菜?」
一級フラグ建築士とは私のことだったようです。知らなかった。
呼びかけられた方へとゆっくりと顔を向けると、そこにいたのは……長い付き合いの友人である、円華だった。―円華とは高校生の時に部活が一緒になり、そこから付き合いが始まった。好きなジャンルはあまり被っていないけれど、所謂オタク仲間である。ちなみに彼女の守備範囲はBL(読んだり書いたり)とコスプレ(衣装を自ら作って自ら着る)だ。私とは逆でスレンダーで美人なために、そのコスプレ姿は素晴らしく、イベントでは彼女の周りに人が群がるのが常だ。
嗚呼、会社の人でなくて心底良かった。
「いやー久しぶりじゃん。そうだ今度の……」
固まった円華の視線の先は、私の隣。佐々良氏だ。
驚きの色から、次第に爛々と輝く円華の目に嫌な予感が……。
「ちょ、え、もしかして美保菜の彼氏さんですか?うわーすごい美青年捕まえたのねアンタ。よくやったわ!背が高くて、髪もさらさらヘアーで、顔も中々整っていて……うーん、優しそうに見えて実は鬼畜系かな?完全なる攻めね。うん、あー創作意欲が湧いてきた!ん、ちょっともしかしてジャイメルのデュランコス似合うんじゃない?いや、完全に似合うよねえ!これは良い!うん。いける。よし、じゃあ私はレミリアで行こうかな。決定!あ、美保菜の彼氏さんはコスプレ興味ある?無くても強制的に参加させるけどね!じゃあ採寸するからうちに来て!すぐ近くだし、すぐ終わるから。良いでしょ?」
円華の弾丸トークに流石の佐々良氏も圧倒されたようで、呆けた顔をしている。まあ私もここまで興奮している円華を見るのは久々で、ノリについていけていないけど。
そんなこんなであっという間に円華の家に連行されて、私は大好きな洋菓子店のシュークリーム(賄賂)を食しながら、目の前で繰り広げられる無駄のない動きで採寸する円華と為すがままの佐々良氏を見物した。いつも佐々良氏に振り回されている身としては、なかなか面白い見世物であった。ふふふ。
採寸もあっという間に終わり、早速衣装作りに取り掛かるということで円華の部屋から追い出された私たちは、時間も時間だったので佐々良氏の家に帰る(…)ことにした。
「面白い人だったね。イベントは8月の13日だっけ。ちょっと楽しみだなあ」
帰ったらあのイベントの恐ろしさを一から叩きこまねばならんな、なんて思っていたのに。
「そういえば美保菜、俺が円華さんに圧倒されているのを見て楽しんでいたよね……帰ってからも楽しみだなあ」
生まれたての子羊が如くか弱い私は、抵抗する術など持っておらず、結局帰り際の魔の宣告は実行され、イベントについての心構えを説くことが出来たのは、日曜もお昼を過ぎてからなのでした。