2:自分淘汰
男は無言のまま、部屋を片づける人間を見ていた。
ここまで他の人間の部屋を片づける人間は珍しい。
何か報酬が出れば別だ。
しかし、奉仕の精神でここまでの働きよう。
…違う。
自分が部屋を管理できていないから代わりにしている…。
…?
人間はいったい何が目的だ?
自らの労力が生み出すのは、他人に対する無価値な行い。
それを知らないフリをしているとでも言うのか…?
自分はこうしてただ怠けて床に座っているだけなのに…?
なぜ、そんな自信に溢れているんだ?
部屋には何もないぞ。
見てのとおり汚れていて、歩きにくいところだ。
それなのになぜ…。
人間は動き続けるんだ?
……………。
迂闊だった…。
鍵を閉め続け、もう部屋で…。
…そう?
確かそうした…。
記憶にも鮮明に残っている…。
自分が最後に外の世界から帰ってきたとき、確実にそう誓ったことを。
…、…。
…奇妙だ。
…気持ち悪い。
…離れてくれ。
自分にはもう何も必要ないんだ。
…だから。
1人にさせてくれ…。
「起こしてしまってすみませんね…。
君主くん家に来て早々、騒がしいですよね………。
でも、なーちゃんから…。
…長原先生から合鍵を預かっておいて正解でした。」
人間の言葉には耳を貸さないことにしよう。
それが賢明だ。
何か企んでいるに違いない…。
俺の名前を気安く呼び、期待を込めた瞳をし、傍に近づく。
人間は何も恐れていない…。
俺の存在を無視をするかの如く、図々しく目の前にいる。
用意周到を示したいのか?
エプロンをし、掃除機をかけ、窓を開き換気をする。
ふざけている…。
…どこまで俺の部屋を壊せば気が済むんだ?
誤解するな。
他の人間に、自らの定義を押し付けても通用しない。
…いいや。
俺と他の人間は違う存在…。
こう言えば理解できるだろう?
本当に何も聞いてくれないんだな…。
…もう一度言う。
自分と彼女は違う。
…、……………。
いい加減、部屋から出て行ってくれ…。
「みんな心配していましたよ…。
長原先生、白井先生、島田先生…。
そして、私も………。」
…憂鬱だ。
幾度となくこういう体験をしてきた。
口では何とでも言える…。
彼女もそうなのだろう?
根拠の無い偽りほど悲しいものは無い…。
同情を装い、同感を演じ、同体になろうと試みる。
自分も、…わかる。
…以前、他の人間を真似ていたから。
彼女が今、自分で遊ぶように…。
………。
今までの自分なら付き合ってあげていた。
…でも、もうやめた。
そんなことをしても何も変わらない。
全て自己満足。
他の存在を満たすことなど出来ない。
仮面をつけたまま過ごすしか方法は無い…。
彼女も知っているはずだ。
自らの想いが強いほど…。
自らが望まない世界になった時に…。
…全てが痛むということを。
「…、私は知ってます。
君主くんは捨てれませんよ。
身体も、記憶も、心も…。」
そうだ俺を責めろ。
もっと俺を罵れ。
…そして俺を傷つけるんだ。
楽しいか?
嬉しいか?
満足か?
それで彼女の存在は確立される。
だから彼女が喜び自分は淘汰される。
つまり彼女は自分を消してくれる…。
自分も彼女みたな人間だったらよかった。
彼女みたいな…。
…道化師に。
「…箱がある限り。
みんなが大好きな君主くんです………。」
彼女は部屋の中から見つけ出したその小さな青い箱を、笑い狂うその男に差し出した。