過去から来た女
21世紀末、人類はタイムトラベル技術を完璧に確立したと信じ込んでいた。失われた歴史の観察、過去の英知の回収——その輝かしい技術革新は、平和と繁栄をもたらすはずだった。
だが、それは壮大な錯覚に過ぎなかった。
過去を変えるための扉は、同時に「終わり」を招くための最悪の通路でもあったのだ。歴史の闇に葬られた恐怖が、時空を超えて静かに狙いを定めていた。
「ワタシは、西暦で言いますと1695年、元禄時代からやって参りした」
女は何かを恐れるかののように、小さく小声を出した。
「元禄?」
僕は問い返す。
「さように御座います。世の民衆は、徳川綱吉さ様によりまして、泰平に生き、町は築かれておりました」
━━徳川……、綱吉?
ああ、その名前なら歴史の教科書で学んだ憶えはある。確か……、生類憐れみの令とか……。
僕は日本史が第苦だいの苦手であった。
「どうやって?何の為に?」
当時の科学技術のレベルを、推測すれば、背骨はないけれど タイムマシンなどというものを作れるものではなかったはずだ。ならば……?
彼女は応えた。
「何でって……」
彼女は言い淀んだ。
よくよくみれば、彼女は二十歳前後、当時で言えば中流階級の江戸の町民 といったところか?細い身体が、さして栄養状態の良くないの物語っているようだった。
「何でって……そりゃあ、主様のお言いつけですから」
彼女は小さく嗤った。その口元が、耳元まで引き裂けるようにぐにゃりと歪む。
「『1695年の病原体を未来へ持ち込め』と……」
僕が息を呑む前に、彼女の細い首がポキリと折れ、皮膚の下で無数の何かが蠢き始めた。彼女の体はタイムマシンなどではなく、300年前の未知の疫病を運ぶための、ただの生きた「容器」だったのだ。
ご愛読いただき、本当にありがとうございました!
「タイムトラベルの確立」という人類の夢が、最悪の脅威へと裏返る本作。過去から押し寄せる恐怖と、試される人類の選択を描いた物語はいかがでしたでしょうか。
歴史の裏に潜む存在の目的とは何だったのか——最後までお付き合いいただいた皆様に、心からの感謝を申し上げます。また次の物語でお会いしましょう!




