001 - 近衛騎士メイナードの信条
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▼episode 001 - BGM
①パルクトゥード王国第二騎士団行進曲(笑)
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②メイナードのテーマ(笑)
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パルクトゥード王国第二近衛騎士団の朝は早い。
喇叭の音も高らかに、団員達の一日は始まる。
早朝から連なる流れは有事以外、基本変わることはない。
起床、着替え、確認、寝床と部屋の整理整頓、確認、整列、点呼、身体検査、朝礼、移動、準備、朝食、後片付け、移動、点呼、引継、訓練——と分刻み……いや、時には秒刻みの時間割を粛々と熟していかなければならない。
特に新人団員にとっての一分一秒は貴重だ。無駄なく、的確に、目的の行動を遂行するには練度が必要だ。だが彼等にはその積み重ねがない。経験値がない。
だから繰り返す。
日々上官に怒鳴られながら繰り返す。嫌でも繰り返す。体調不良は気の所為、上官の怒号は愛の鞭、頭で考えるより早く、身体が勝手に反応するまで繰り返す。ただ只管に繰り返す。延々と繰り返し続ける中で見つけた無駄を一つ、また一つと削ぎ落とす。
繰り返す。削ぎ落とす。繰り返す。削ぎ落とす——。
その小さな努力が重なってきて初めて余裕が生まれるのだ。
新人騎士達がこの流れを完璧に身に付けるまでには兎角時間が掛かる。
理由は簡単だ。
騎士団に入団する者達の約八割を占めているのが貴族子息だからだ。
彼等は腐っても貴族子息。所謂苦労知らず、世間知らずな御坊ちゃま、だ。余程の困窮貴族でない限り、貴族子息達は身の回りの事など出来やしない。
——何故か。それは幼少期より侍女や側仕えが彼等の世話をするからだ。
本人達は其れを当たり前に享受して生きてきた。誰かが自分の生活を支えているのだという自覚すらない者も多い。
甘ったれた根性を根元から真っ二つに折るには、集団行動と連帯責任、加えて上官から贈られる愛の鞭が必要不可欠なのである。
だから平民上がり(間に貴族家の騎士団経験者のみ)の新人騎士の方が飲み込みが早いのだ。世知辛い日々を逞しく生きてきた彼等は、無論自分の事は自分で出来る。強い者に命令されるのは日時茶飯事。溢れる程に存在する理不尽など慣れっ子で、呼吸をするように受け流して行動が出来るからだ。
逆に規則と命令を忠実に守り、厳しい訓練に耐え抜けば、毎日腹一杯の飯が食えるばかりか衛生的な寝床で休めるのだ。
何より「近衛騎士団員」という栄誉を平民出身で手に入れるなど、これを幸せと言わずして何が幸せなのか。
そして今日もまた、数多の想いが交錯する団員達の一日が過ぎていく。
***
「——なんだって?」
第二近衛騎士団の団長執務室。
片眉を跳ね上げて聞き返したのは団長のディケンズだ。
団長の怪訝そうな態度など意に介さず、メイナードは執務机に稟議書を置いた。そのまま人差し指でとん——と起案些細が記載された部分を指すと、先程と同じ台詞を繰り返した。
「だから——歯磨きだ」
メイナードが提出したのは近衛騎士団の時間割変更に関する立案書だ。既に各部署の押印は済んでいる。後は団長が決裁すれば完了——と妙に段取りが良い。
ディケンズは書類を斜め読みすると、その書面を目の前の副団長に向けて問い直した。
「いや、だからメイナード——もう少し分かるように説明を、だな」
「は、み、が、き——だ。何度も言わせるな」
全くもって理解不能な返答にディケンズの眉間はぐるぐると渦巻いた。
この副団長は突然乱入して来たかと思えば決裁寸前の稟議書を突き出し、自分に向かって「歯磨き」を連呼している。余りにも奇天烈な行動、これはどう対応するのが正解なのか。
ローガスタール侯爵家の次男であるディケンズはメイナードより三つ歳上だ。多分に漏れず貴族家の嫡男以外は肩身が狭いものだ。何処かの貴族令嬢と婚姻を結び新たに貴族籍を得るのか、はたまた平民となるか——この二択を迫られた彼に——ある時、第三の道が開けた。幸いにもディケンズには剣の才があった。研鑽した日々は裏切らない。鍛えた筋肉は裏切らない。
王国初の女性騎士であり、現在は王妃陛下となった御方の部下として肉体的にも精神的にも追い詰められ……ではなく、精神を鍛えられたディケンズは、その多大なる功績(?)も認められ前述の王妃陛下を護衛する第二近衛騎士団の団長と成った。それに伴って、一代限りの騎士爵を得たのだ。
ディケンズ・コールヴィッツ子爵は知る人ぞ知る苦労人でもある。
片や、この「歯磨き」を連呼する男。
メイナード・アルスベック男爵は平民出身でありながら、やはり一代限りの爵位を手にした幸運な男である。
低所得層に生まれた彼は貧民街に住み、靴磨きで日銭を稼ぐ少年だった。王都視察に訪れる国王の暗殺計画に嫌々巻き込ま……たまたま気付いた少年は、機転を効かせて其れを防ぐ一助を担った。ついでに己の功績を盾に当時の国王付き近衛騎士団長の小姓となる。元々器用だった少年は、女性近衛騎士団長にいたく弄られ……可愛がられてめきめきと頭角を表し、遂には輝ける近衛騎士団の副団長と成ったのだ。
そんな器用で機転が効く副団長が、何かの呪いが掛かったかのように「歯磨き」を繰り返しているのだからディケンズはほとほと困ってしまっている、という状況なのだ。
団長は再度、提出された稟議書を読んだ。
そう、書類は読むものだ。一文字一文字、漏れなく意図を汲み取らねばならない。
「……ふむ。毎食後五分、三食合計十五分の捻出——」
つまり、団員達の食後に歯磨きを行う時間を追加しろ、という提案らしい。
ディケンズは書面から顔を上げて副団長を見る。
「つまり、この五分が——」
「歯磨きの時間だ!」
副団長は噛み付くように言葉を被せた。紫水晶の瞳がぎらぎらと光る。一体、歯磨きにどれだけの熱い想いを注いでいるのだろうか。何が彼をここまで掻き立てるのか。
「そ、そうか。わかった」
ディケンズはメイナードの勢いに押され署名し掛けて——思い留まり手を止めた。
「——何か問題でも?」
承認を口にしながら筆を置いたディケンズに対し、副団長が不服も顕に冷えた空気を漂わせる。
飲まれてはいけない、とディケンズは腹に力を込めた。
特段、反対する内容ではない。団員の衛生管理も管理職としては大切だとディケンズも認識している。しかし、ここまで性急に行動時間の変更を推し進める必要があるのだろうか。他にも稟議は上がっているのだ。本件は最低でも一度、中隊長級を招集し熟考してからでも遅くはないのではないか。
「メイナード副団長、此処まで急ぐ要因を聞かせては貰えないか?」
至極、真っ当な質問である。
平素は誰よりも冷静な副団長なのだ。多少は落ち着きを取り戻した様子だし、今ならきちんと説明するのではないか——というディケンズの甘やかな希望は、メイナードの咆哮で打ち砕かれた。
「なんだと!? 事は一刻を争うのだ! この問題を急務と言わずして何が最重要案件と言うのか!」
「ちょ、ちょっと待て、メイナード! どうした、落ち着け! 別に通さないと言うわけではない! だが全体に周知をするにしても各部署と連携を取るには時間を掛けてだな——」
「団長! 歯磨きの時間を捻出も出来ないなど貴方は我が第二近衛騎士団を潰すつもりか!!」
「——は!?」
「いいか!? 歯は大事だ! 何よりも大事だ!! 我々は愚かにもそれを失念し疎かにしてきたのだ! 直ちに口腔環境を守る為! 動き出さねばならない!」
「——いや、だから……」
「剣を握り、振るう! その時、力を込めるために必要な部位は何処だ!!」
「——あ、う、腕?」
「そう! 奥歯だ!!」
「いや、あの、おい——」
「地を踏み締め、敵の懐に体当たりで潜り込む! その時に力を込める場所は何処だ!!」
「——は、腹?」
「そう! 奥歯だ!!」
「え、おま、ちょっと……」
「背後から敵に拘束され! そこから抜け出す為に身体を捩って逆に相手の顎に拳を入れる! その時に食い縛るのは何処だ!!」
「それ食い縛るのは一択しかな——」
「そう! 奥歯だ!!」
「うん、だよな。この流れだとそう来ると思った。確かにそうだけども、というかそれ、無理矢理奥歯に繋げているだけじゃ——」
「それなのにっ!!」
「聞けよ」
「今の過密な時間配分ではその大切な! 騎士にとって一番重要な!! 歯をしっかりと手入れする時間が無いではないか!! これを由々しき事態と捉えないお前は阿呆だ!!」
「あ、あほう、だと!?」
「ああそうだ、阿呆だ! 故にお前には! この第二近衛騎士団を統括する資質は無いと思え!!」
「言うに事欠いて……其処までの暴言を吐くか! 巫山戯るのも大概にしろよ?」
次から次へと繰り出される暴言に、流石のディケンズも勢いよく椅子から立ち上がった。
一触即発、すわ団長と副団長の一騎打ちが始まるか——と緊迫した団長執務室の扉を叩く音が響いた。
睨み合う二人を他所に、打音は徐々に大きく、早くなっていく。その間にも睨み合いは続いた。だが何方も引く気配はない。
終いにはどんどん! と太鼓を鳴らすような音に変化した。しかし両者、やはり視線は相手に向けたままだ。
すると、打音は止まり鈴の音を転がすような幼い声が聞こえてきた。
「——おとうちゃま? いないの?」
途端。
ぴくり、とメイナードの口端が痙攣し、今の今まで身に纏っていた剣呑な雰囲気が霧散した。かと思いきや、ぐるりと身を反転し扉へと向かうではないか。
ディケンズは腰の辺りに握り締めた拳もそのままに目線で敵を追う。
扉を開けた先には、天使のような笑顔を浮かべた幼女を胸に抱く美しい淑女が立っていた。
「おとうちゃま! いた!」
「モリー! おかあちゃまとお部屋で待っていなさいと言っただろう?」
「ごめんなさいあなた、モリーがどうしてもあなたの所へ行くと言って泣き出すものだから……」
眉尻を下げ、メイナードと言葉を交わす女性はディケンズに気付いて慌てて頭を下げる。
「コールヴィッツ団長、申し訳ありません。御仕事中にお邪魔をしてしまって……」
「やあ、アルスベック夫人。来ていたのか」
ディケンズは握り拳を背に隠し、強張った顔に無理矢理笑顔を貼り付けた。
「忘れ物を届けに来ただけなのです。直ぐにお暇しますので——」
「あ、ああ……いやいや、お気になさらず——」
上がった血圧を必死に下げるディケンズの存在など完全に忘れた様子のメイナードに、少女が両手を伸ばした。
「おとうちゃま! だっこ!」
「ははは、モリーは甘えん坊さんだな。さあ、おいで」
メイナードは蕩ける笑みで愛娘を妻女から受け取った。
すると——。
「——おくち、くちゃーい!」
メイナードに抱かれた天使が、顔を顰めて両手で鼻を覆った。
固まるメイナード。
朗らかに笑う妻女。
「くちゃーい。おとうちゃま、おくち、くちゃーい」
抱かれた腕から逃れようとするように上半身を反らせながらきゃっきゃと笑う天使は、殺傷能力の高い攻撃を浴びせ続ける。
「お、おとうちゃまは、ご、ご飯を食べた後だからね……」
「おかあちゃま、おとうちゃまのおくち、くちゃいよ?」
「おほほほほ、そうね」
「くちゃーい」
「おほほほほ、あ、コールヴィッツ団長、お騒がせ致しました。私達はこれにて失礼致します」
「おとうちゃま、くちゃーい」
「あ、ああ、いやなんのお構いも出来ず申し訳ない——」
「くちゃいの、くちゃいの、とんでけえ」
「——そ、そこまで見送って参ります」
「そ、そうか」
「くっちゃあい!」
「おほほほほ」
「おとうちゃま、くちゃーい」
「おほほほほ」
「くっちゃいねー」
「おほほほほ」
コールヴィッツ団長が見送る副団長の背中は、普段よりやけに小さく見えた。
「おくちくちゃーい」
「……うん、おとうちゃま、くちゃいね……ごめんねモリー」
「ほほほほほ」
無限に続く公開処刑。
無垢な天使が繰り出す口撃はこの場に居るどの騎士達よりも殺傷能力が高い。
廊下でその光景を和やかに見守る団員達。
切ないその後ろ姿を暫く見送った第二近衛騎士団団長は、執務机の上に置いてある稟議書を手に取ると静かに署名した。
——第二近衛騎士団 団長
ディケンズ・コールヴィッツ
歯医者で歯石ガリガリ取ってもらいながら思い付いた小話。
メイナード、マジでごめん。




