【21】勇者と王太子の後始末
少女たちの恋愛話とほぼ同時刻。王太子の執務室では、応接用の長椅子に勇者が腰を沈めていた。
「――そんな感じで、召喚魔法陣のこの部分を削れば召喚成功率が上昇する可能性がある。あと、今回の翻訳トラブルも、このあたりを消せば解消されるんじゃないかな」
「ふぅん……謎の文様にしか見えなかったが、これってそういう意味があったのか」
「意味を成してなさそうな物が大半だけどな。……たぶん、昔の勇者や聖女の持ち物から適当に抜粋した結果、なぜか記述が成立してしまった『バグ』みたいなもん……なのかな」
「……シュウ。話の腰を折ってすまないが、『バグ』とは?」
「いや、俺がすまん。あーっと、不具合や誤作動を引き起こす要因のこと。潰しておくに限るよ」
ちなみに、改めてざっと調べてみたのだが、過去の聖女が言葉による意思の疎通に困っていたという記録は残っていなかった。
おそらくは、この魔法陣が作られるきっかけになった異世界人がたまたま日本人だったため、引き起こされた誤作動なのだろう。翻訳扱いになった記述さえなければ、杏珠は修と同様の翻訳能力を女神から借りられていたはずだ。神官たちも昏倒せずに済んでいたに違いない。
思い返せば、召喚当初の修も、日本語を話す感覚のままでこの国の言葉を話していた。しかし、魔王討伐の旅を進めるにつれ、日本語とこの国の言語が少しずつ分離していった。もしかしたら、聖剣の導きに従って、色々な場所の神殿へ赴いていた理由のひとつかもしれない。各地の神殿で祈るたびに、この世界に馴染んでいく感覚があったのだ。
(そもそも、聖女召喚の魔法陣自体がグリッチみたいなもんだと思うが――)
本来なら聖女も、必要に応じて女神が喚ぶのだろう。しかし女神は、召喚魔法陣の廃棄を指示しない。容認か仕様かは不明。バグ修正をするのかも不明。ただ、その存在を否定していないことだけ判っている。
さらに、杏珠の過去を聞き、それを現在の様子と比べてしまえば……いくら修だって、聖女召喚そのものを否定する気にはもうなれない。
杏珠の語った過去が嘘だとも思えない。なにせ、僅かな希望にすがりついていたあの時の彼女と似た瞳をした子供を、修はたくさん見てきたのだ。そして、その僅かな希望の多くは、修の前で潰えていった。
ひとりの少女が、未曾有の奇跡の末に救われたのは、確かなのだ。だからきっと、これを否定することも、神を気取る愚か者の所行なのだと修は苦く思う。
正しさなんてものは、個人の物差しで容易に変わってしまうものだった。
結局、全ては女神の掌の上なのかもしれない。だとしても――。
「……今後は、召喚魔法陣の管理を王家と神殿で分けてほしい。人間による召喚を否定するのはもう止めるが、せめて慎重であってほしいんだ」
「そうだな、同感だ。女神の御業の真似事など、軽い気持ちで手を出すべきではない。となると……王家を含め各所にある資料の在処を洗い出してとりまとめて、修正し作り直して……? 秘匿情報ゆえ然程人員が割けないのが頭痛の種だな。当事者のひとりとして、勇者様にも管理責任者になってほしいところだが……」
「我が家に、そんな貴重品を保管する能力なんてないぞ」
「もちろん、実物の管理は王城と神殿がする。情報開示の権限を勇者が持っていることが大事だろう?」
「……言いたいことはわかる。『勇者』と『聖女』だったら、先に召喚されるのは必ず勇者らしいから……わかったよ。それがいいんじゃないかな」
修は大げさに溜息を吐き、固辞する理由もないのでさっさと折れる。
何百年後かの勇者が、聖女召喚の可能性を知って早々に頭を悩ませることになるかもしれないが……その時はよく考えてほしいものだ。たとえ世界全体に大きな影響はなくとも、自分の決断が、誰かの運命をねじ曲げてしまえることを、忘れないでほしい。
「しっかし、今回は首謀者が小物だった上に杏珠が素直な性質だったから、大した騒ぎにならなかっただけで……最悪を想定すればキリがない。そういえば、首謀者は結局どうなったんだ?」
「私が聞いたところによれば……神殿追放で実家に戻るか、僻地で見習いからやり直すかを選ばせたところ、後者を選んだらしい。ちなみに、ほかの者は単純な降格だな」
「聖女への賠償として私財を没収された上で実家に戻って……ねぇ。しかも、追放だ。確かに居場所なんて無いわな」
没収された私財は、大半がそのまま杏珠のものになっている。その管理運用は王城に委託しているため、彼女に負担はない。
杏珠が少し落ち着いた頃、生活費を気にしだしたので、この説明をしている。なお、説明をしただけで、修はこれに一切手を付けていない。修にとって、困っている同郷の子供の面倒を見るのは、大人の義務である。対象となる子供が、この世界でたったひとりとなれば、尚更だ。
「ああ、聖女様といえば……今回のことで蚊帳の外だった我が家の末弟が、未だにちょくちょく大げさに拗ねていてな。機嫌を取るために、何か良い案でもないか?」
サンダルフォンには、ガブリエルの下にもうひとり弟がいる。
修が教師になってから、あまり会う機会がないのだが、とても元気な少年だ。ふたりの兄とは違ったタイプで、どちらかといえばジブリールに近いのかもしれない。
そんな彼が、兄弟のなかで除け者になったと、不満を見せているという。わんぱくなくらいで、妙な我儘を言うほうでは無かったはずだが……学院入学を直前にした、独立心が高じたものかもしれない。
修は、何かヒントがないかと、王家の面々や過去の自分を脳裏に浮かべる。
ふと思いついたのは、訓練と勉強に明け暮れていた頃。文字や言葉の練習の一環で、日記と手紙を書いていた。手紙の主な相手は、ジブリールとガブリエル。同じように文章の勉強をしている、仲間であった。
「そういうことなら…………杏珠の文通相手になって欲しいんだよな。俺もさ、ジブリールとガブリエルにはずいぶんと助けられたし。まだ杏珠は文法や定型文が怪しいんだが……そこを踏まえてさ。相手がいたほうが覚えやすいだろ」
「なるほど。大変なことがあった者のその後を助けるというのも、実に重要な任務だな。あいつも、そのあたりは弱い分野だから、良い刺激になるか? ……非公式でも先に顔合わせをさせたほうが良さそうだな……」
「会うのなら、次のジブリールの訪問日に同行してもらって……いや、非公式でいいのなら、登城の練習機会にさせてもらいたいかもしれない」
「わかった、手配しよう。早ければ、来週にでも――――」
王太子の執務では、聖女の教育計画が人知れず着々と進んでいく。
後日、早速整えられた非公式の茶会の席で、なんと――末王子が聖女に一目惚れした。
柔らかい陽射しの差し込むサロンの席で、開口一番の告白に戸惑う聖女と初恋に前のめりな末王子。
その様子を見て、瞳を爛々と輝かせる騎士姫と、はらはらと見守る勇者。
そんなひと騒動があったものの……勇者一行が守ったアデルセム聖王国は、今日も平和である。
これにて「魔王を倒した召喚勇者様と、その後の世界に召喚された聖女様」は、完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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ネタが湧いたら、なんか二章みたいなものも書いてみたい気もします。たとえば、ちょっと成長した杏珠が主人公だったり……とか。




