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【11】名誉の代償

 ジブリールの負担緩和と言っても、ろくな準備も出来ない対策など、たかが知れている。

 

 行われたのは、修が担当している訓練科目の運動負荷をあげたり、他の教員と連携して課題の全体量を増やしたりなど。無関係の生徒は完全なるとばっちりだが、必ず身になるので頑張ってほしいものである。

 学生の本分に意識を集中させて精神的な余裕を取り払えば、ただ聖女様をちやほやするという()()を過ごす気力は無くなるだろう……という算段だ。


 また、ジブリール経由で高位貴族の子女の協力を得て、広い範囲に招待状を配った巨大放課後サロンを、継続的に開いてしてもらった。

 準備期間がほとんどない状況だったというのに、若いが才ある役者を呼んで、現在順次刊行中の勇者物語のお試し朗読会を開催しているのだ。ちなみに、裏で修が経費の負担を名乗り出たところ、それよりもゲストとしての参加を……と請われたので快諾した。当日には穴に埋まりたいほどの羞恥に襲われたが、確実な成果があったので忘れることにしている。

 

 この巨大朗読サロンには、杏珠を筆頭に「聖女様サロン」の面々も参加している。

 学院とはいえ、この朗読会は社交の場と見なされている。男女共に手広く招いているため、婚約者持ちが参加する際はパートナーに声を掛け、ペアで訪れることが原則になってくる。万が一、特に大した理由もないのに婚約者同士が別々に参加する姿など見られた日には…………即その場で、噂の的だ。さらに、男子生徒側が()()()()()()()だったりした時には、主催側のさりげない誘導によって男子生徒側に問題があるとの噂が確実に流れていくのだ。えげつない。


 そして、この朗読サロンの盛況を受けて、学院は芸術強化期間を急遽実施。経費補助などが追加で発表され、他にも大小様々な芸術系サロンが立ち上げられることになった。学長いわく「金で状況が改善できるなら楽なもんだよね」とのことである。


 以後、学生は授業に課題に社交にと、非常に忙しい日々を過ごしている。


 ジブリールも忙しさの種類が変わったものの、女子生徒全体の雰囲気が変わったことにより、精神的には落ち着いている。

 婚約者が聖女様に張り付いている女子生徒が、朗読会へ招かれた役者に熱を上げている姿もあった。たとえ異世界だろうが、推し活は強い活力を生み出すらしい。


 肝心の杏珠はというと、自分が音頭を取って何かをやるかと思いきや、その気配は特にない。興味深く楽しそうに、他のサロンに参加している姿をよく見る。サロンの主催とは、伝統的に女主人の仕事である。男子生徒と低学年の下位貴族が中心の彼らには、サロン主催ノウハウを得る伝手がないのかもしれない。


 生徒たちがバタバタと過ごすうちに、あっという間にひと月が経つ。学院内の見回りをしていた修は、杏珠とその友人たちが集まっている場に偶然遭遇した。

 廊下に見慣れた聖女の護衛の姿をみとめ、せっかくだからと声を掛けようと思い立つ。未婚の男女が在室中なため全開放されている扉へ意識を向け――室内から漏れ出してきた話題に緊張が走る。


「――――――でさぁ、やっぱり勇者物語ってすごいよね。いいなぁ、ああいうの憧れちゃう!」

「聖女様でしたら、きっとすぐですよ」

「勇者様は討伐の旅だったから、聖女様だったら浄化の旅とかじゃないか?」

「旅かぁ~。でもさ、いまじゃ平和すぎて何が出来るって話じゃない? あーあ、魔王復活しないかなー。そしたら、あたしも救世の英雄になれるのに」

「へ、平和な世界での活躍方法だって、聖女様なら――――――――」


 平和を享受する呑気な明るい声が、修の耳にやたらとまとわりついていく。


 ――こいつは、何を言っているんだ?


 扉を叩くつもりでゆるく握っていた修の拳に、ぐっと力が入った。


 修の脳裏に、過ぎ去った過去の情景が浮かんでは消えていく。

 楽しかったことも、つらかったことも、悲しかったことも。あの旅には全てが詰め込まれている。


 迫りくる濃い瘴気を払いきれず放棄された村。

 凶暴化した魔物によって壊滅した町。

 はぐれた家族を探す人々。

 家族を永遠に失った人々。


 魔物を斬った。

 魔物化した人間を斬った。

 ただの盗賊も斬った。

 立ち塞がる魔王信奉者も斬った。

 

 守れなかった命がいくつもあった。

 遅すぎると詰られたのも、一度のことではない。

 多くのものを奪われ、絶望に沈む瞳を見た。

 子を失って狂い叫ぶ母親の姿から目をそらした。

 大切な仲間の命が、目の前で失われた。

 うずくまる友の魂の慟哭は、今も胸に突き刺さったままだった。


 無数の魔物を斬って捨てて、聖剣で魔王を貫いた瞬間、その奥底に沈んでいた嘆きを覗き見た。

 

 長い旅の果てに、多くの犠牲の果てに、いまもなお癒えぬ傷の果てに――折り重なった数多の憎しみと苦しみの上に、魔王はようやく世界に還れたというのに。

 だというのに、なぜ、聖女が己の名声のためだけに、魔王の再来を望むのか。


「聖女杏珠。それは…………いったい、どういうつもりだ?」


 腹の奥が、不快な熱で煮え立っている。

 それと同時に、感情的になっては駄目だと頭の隅で理性が叫んでいることも、修は自覚している。

 

 今代の勇者が吐き出したのは、苛立ちを精一杯抑えているものの、強い感情が滲む低く硬い声だった。

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