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第六節 また始まる旅の朝

翌朝、真は約束通り村長に料理の作り方を教えた。

朝の早い時間に、里の台所に集まった。

村長と、料理を担当する数人の女性が来ていた。

前日に真が作った三種類のうち、特に反響の大きかった薄皮包みの作り方を教えることになった。

台所に立って、最初から手順を見せた。

粉を量る、水を加える、生地をこねる。

それぞれの手順で、なぜそうするかを説明しながら進めた。生地の硬さはユナが確認した方法を使った。耳たぶくらい、という説明を聞いて、女性の一人が「分かりやすい」と言った。

具の作り方を見せた後、包み方を実演した。

「端をしっかり閉じることが大事です。閉じ方が甘いと、焼いている間に具が出てしまう」と真は言い、指で端を押さえる動作を見せた。

「均一に力を入れることがポイントです。一カ所だけ強く押しても意味がない」

女性の一人がすぐに真似をした。

うまくいった。「できた」と言い、隣の人間に見せた。二人目が試した。少し形が崩れたが、三回目にはできた。

「すぐに覚えてくれるな」と真は言った。

「あなたの教え方が分かりやすい」と村長が言い、真の隣で見ていた。

「なぜそうするかを説明してから見せてくれるから、理解してから手が動く」

「そうか」と真は言い、次の手順に進んだ。

炉での焼き方は、ガルドが火の管理をしながら見ていた。

火の強さがどの程度かを、ガルドが横から説明を加えた。

真が言葉で伝えにくい部分を、ガルドが補足した。役割分担が自然にできていた。

一時間ほどで、里の女性たちが一通り作れるようになった。

最後に全員で作ったものを食べた。真が作ったものと比べると、形が少しずつ違う。

しかし味は同じだった。具が同じで、包み方が正しければ、火の通り方が同じになる。

形が不均一でも、食べた感触は変わらない。

「これなら祭りのたびに作れる」と村長が言い、一つ食べた。

「毎年、里の料理が一つ増えた」

「また来たとき、里の味として出てきたら嬉しいです」と真は言った。

「約束する」と村長は言い、深く頷いた。

台所の片付けを手伝って、外に出た。

昨日の祭りの後片付けが始まっていた。屋台が解体され、飾り付けの布が外されていた。

昨日あれだけ賑やかだった広場が、片付けの中で少しずつ元に戻っていく。

三日間の祭りの最終日は、感謝の儀式と片付けで終わる。

ガルドが「そろそろ出発の準備をするか」と言った。

「今日出るか、明日出るか」と真は聞いた。

「今日の昼に出れば、日が落ちる前に次の宿場に着ける。明日出ると一日ロスになる。どちらでもいいが、効率は今日の方がいい」

「今日にしましょう」

宿に戻って荷物をまとめた。

荷物の量はエルムの里に来たときと変わらない。

少し旅を続けていると、荷物が増えそうなものだが、増えていなかった。

テムザリアで道具を買ったが、消耗品は使い切った。

新しく増えたものは、メモ帳の一冊とシドウに作ってもらった短剣だ。

それ以外は変わっていない。

旅の荷物は必要最小限でいい、というのが今の真の考え方だった。

荷物が増えると動きが鈍くなる。

必要なものと不要なものの判断が、旅を続けるうちに少しずつできるようになってきていた。

ユナが部屋から出てきた。

荷物を背負って、顔が普通だった。

昨日祭りを楽しんでいた面影が、今日の顔には出ていない。旅の顔に戻っていた。しかし戻っていることを意識的にやっているかどうかは分からない。

ユナは切り替えが速い。

「準備できた」とユナは言った。

「俺もできた」

「ガルドさんは」

「先に下りている」

三人で宿の前に集まった。荷物を確認して、出発の準備が整った。

宿を出ると、村長が待っていた。それだけではなかった。

里の人間が、また来ていた。

前回の出発のときより人数が多かった。祭りで料理を食べた人間が加わっていた。

子供たちが走り回っている。大人が笑いながら真の方を見ている。

「また来い」

「また料理を食べさせてくれ」

「祭りの料理の作り方をもっと教えてくれ」

「次はその餃子とやらを自分で作って食べさせたい」

「黒髪の旅人に幸運あれ」

次々と声がかかった。真は照れながら礼を言い続けた。

どの声にも、本気の言葉が入っていた。また来てほしい、という気持ちが声に出ていた。

「なんとなく、英雄みたいな送り出され方だな」とガルドが真の横に立ちながら言った。

「英雄って感じじゃないですが」と真は言い、また声に返事をした。

「十分そうだ」とガルドは言い、また前を向いた。

ユナが隣でちらりと真を見た。何か言いたそうだったが、黙った。

「スローライフとは程遠いな」と真は言った。声をかけてくれる里の人間に手を上げながら言った。

「まあ」とユナが言った。少し間を置いた。

「でも、このくらいの賑やかさは嫌いじゃないんじゃないの」

「……そうかもしれない」と真は言った。

嫌いじゃない、という言葉が正確だと思った。好きと言い切るほどではないかもしれない。しかし嫌いじゃない。声をかけてもらうことが、料理が届いたことが、また来いと言われることが。全部が嫌いじゃない。

それでいい、と思った。

三人が歩き始めた。

里の入口に向かって歩く。背後から声が続いてくる。少しずつ遠くなっていく。

入口の門を通り過ぎた。里の外に出た。

振り返ると、門のところに人が立っていて、手を上げていた。

真も手を上げた。

歩き続けた。声が小さくなっていく。里が後ろに離れていく。道が前に続いている。

「次の目的地はダーレムだ」とガルドが歩きながら言った。

「そこでリリアに会い、言霊の謎に近づく。エルフへのルートも考える。先の話になるが」

「一つずつだ」と真は言った。

「そうだな」

道が農村地帯に続いていた。秋の農地が両側に広がっている。

刈り取られた後の畑と、まだ作物が残っている畑が交互にある。

朝の光が斜めに当たって、畑の色が鮮明に見えた。

「昨夜のガルドさんの話」とユナが歩きながら言った。

「何だ」とガルドが聞いた。

「まことから聞いた」とユナは言った。

「息子さんの話」

ガルドが少し黙った。「お前さんに話したのか」と真に聞いた。

「朝に少し話しました」と真は言った。「ユナも知っておくべきだと思った。一緒に旅をしているから」

ガルドが前を向いたまま、少し間を置いた。

「そうか」

「ありがとう」とユナがガルドに言った。

「礼を言われることではない」

「一緒に来てくれているから」とユナは言い、また前を向いた。

「それへの礼だ」

ガルドが何も言わなかった。

三人で歩き続けた。

真はメモ帳を上着のポケットに入れながら歩いていた。

昨夜のガルドの言葉を書いた紙だ。起きてから書き留めておいた。

スローライフの本質についての話と、向かっているところがあることの話だ。

後から読み返したときに、思い出せる形で残しておきたかった。

前を向いた。

道が続いている。ダーレムまでの道が、また始まっていた。

スローライフは遠い。それは分かっている。

言霊師の謎を解明する前にスローライフはできない。

エルフの図書館に辿り着く前にスローライフはできない。まだやるべきことがある。

しかし今日の朝、里を出てきた。また来ると約束してきた。

その約束が、戻れる場所を作った。ガルドが言っていた。

出発点に戻れることが、次に出る勇気を作る。

エルムの里が、その場所の一つになった。

歩く道はある。

隣には頼れる人間がいる。

ユナが少し前を歩いていた。銀色の髪が朝の光を受けている。

振り返らないが、足音の間隔が真との距離を保っている。遠くに行かない距離だ。

ガルドが前を歩いていた。大きな背中が、一定のペースで進んでいく。

昨夜、焚き火の前で話した内容が、今朝のガルドの歩き方には出ていない。

歩き方はいつもと同じだ。しかし何かが少し軽くなった気がした。

話したことで、少し軽くなった。

それで十分だと、真は思いながら、また前を向いた。

里の声が完全に聞こえなくなっていた。道の音だけがある。

三人の足音と、風の音と、農地の草が揺れる音だ。

旅が続いている。


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