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第五節 ユナの決意

会議の翌日、オリヴィアがサレン侯爵から連絡を受けた。

大臣会議は三日後に予定通り開かれる。

証拠の文書は会議で公開される。

宰相を排除するための手続きが会議後に開始される見通しだという。

侯爵からの言葉として「あとは任せてほしい」という内容も添えられていた。

「終わりそうだな」と真は言った。

宿の部屋で、四人が輪になるように座っていた。

「宰相の処断が決まるまでは気は抜けませんが」とオリヴィアは言い、手の中の書簡を丁寧に折りたたんだ。

「証拠が公開されれば、大きく動きます。サレン侯爵が声を上げれば、もう一つの中立家も動く可能性がある。宰相側の三家も、証拠が出れば動揺する。一枚岩ではいられなくなります」

「あとは待てばいい」

「あとは待ちます」とオリヴィアは言い、書簡を懐に収めた。

少し間を置いてから、顔を上げた。

「ありがとうございました。本当に」

「どういたしまして」と真は言った。

「王女への礼儀も何もなく、ただの旅の仲間として接してくれたことが、実はとても助かりました。

立場を気にされると、頼みにくいことが頼みやすくなる」

「王女だと聞いてから変える理由がなかった」と真は言った。

「話した内容と、一緒に動いてきた時間が先にあった。後から肩書きを聞いても、それより先にある事実は変わらない」

オリヴィアが真を見た。

しばらく見てから言った。

「そういう方なんですね、やっぱり」

「よく言われるのか」

「今日初めて言いました。でも、そういう方だとは最初から思っていました」

その日の午後は静かだった。

真はシドウの工房で少し刻印の作業をした。

王都の素材は質が高く、刻印を入れたときの反応が良かった。

「斬」を刻んだ剣をシドウが鑑定したとき、エルムの里のときより光が安定していた。

刻印の精度が上がっているのか、素材の質が良いからそれが出るのか、あるいは両方か。

「Lv.が上がるたびに刻印の質が変わる」とシドウが言い、鑑定石を腰に戻した。

「お前が上がれば、ワシも工夫する。どちらかが先でもいい。両方が上がっていけばいい」

「そういうものか」

「ものを作るとはそういうことだ。一人で完結するものより、二人が組んで初めて出るものの方が、長く使えることが多い」

夕方に宿に戻ると、廊下で声がした。

真の部屋の前に、見知らぬ人間が立っていた。

白い法衣だ。

昨日の会議に出ていた神聖国の代表ではなく、その補佐に当たる人間らしかった。

年齢は三十代前半で、礼儀正しく頭を下げた。

「ユナさんにお話ししたいことがあります」と補佐の神官は言った。

ユナが廊下に出てきた。

部屋の中にいたが、声を聞いて出てきた。

「何」と言った。

いつもの平坦な声だった。

「神聖国の古い記録に、銀髪紫眼の少女が神の器として生まれたという記述があります」と神官は言い、ユナを見た。

「その記述と、あなたの外見が一致する。確認させていただきたいと思いまして」

ユナの顔が無表情になった。

表情が消えたのではなく、表情の蓋が閉まった感触があった。

何かを外に出すまいとする動きが、顔全体に現れた。

しかしそれが一瞬で終わり、次の瞬間には普通の顔に見えた。

蓋が閉まったまま、その上に普通の顔を乗せた。

「知らない話ね」とユナは言った。

声が完全に平坦だった。

「ご確認いただければと思いまして。神聖国には詳しい記録があります。もしよければ、一度ご覧いただけますか」

「確認しなくていい」とユナは言った。

「私は私のことを自分で決める」

「ただ記録を見ていただくだけで」

「聞こえなかった?」

神官が困った顔をした。

反論を持っていないが、引き下がることへの躊躇がある顔だ。

「もし何かあれば神聖国にご連絡を」と言い残して、去った。

廊下に二人が残った。

真はユナを見た。

部屋に戻ろうとしているのかと思ったが、ユナは廊下の壁に背を預けて立っていた。

窓の外を見ていた。外は夕方の光で、石畳が橙色に染まっていた。

「話すか」と真は言った。

押しつけではなかった。話したければ話す。

話したくなければ話さない。

どちらでもいい、という言い方をしたつもりだった。

廊下が静かだった。

宿の他の部屋から、食器の音や話し声がかすかに聞こえた。

外から馬車の音が届いた。

それらの音が、廊下の沈黙の周囲にあった。

「……私のことは、まだ全部話せない」とユナは言った。

壁に背を預けたまま、窓の外を見たまま言った。

声が少し違った。

いつもの平坦さとは別の、何かを押さえている質の声だ。

「話せる範囲で十分だ」と真は言った。

「聞きたいわけでもない。お前が言いたければ聞く。それだけだ」

「……一つだけ言う」とユナは言い、外から視線を戻した。真を見た。

「私は自分で選ぶ。神聖国が何を言っても、エルフが何を言っても、誰かが「あなたはこういう存在だ」と決めても、私が何者かは私が決める」

「そうだな」と真は言った。

「まことはどう思う」とユナは続けた。

声が少し変わった。

確かめようとしている声だ。

「私が何か役割を持って生まれた存在だとしても、まことの中では変わらないか」

「変わらない」と真は言った。

迷わなかった。

「変わらない?」

「お前がユナだということは変わらない。それ以外の肩書きは俺には関係ない。神の器だろうと何だろうと、一緒に旅をしてきた事実と、今ここにいることが先にある。後から付く肩書きで、それより前にある事実は変わらない」

ユナが真を見続けた。

確かめている目だ。

本当にそう思っているかを、表情と目の動きで確かめている。

ユナが人を信頼するときの見方だ、と真には分かるようになっていた。

言葉だけでなく、体全体で言っているかどうかを見ている。

長い沈黙があった。

廊下の光が少し変わった。

夕方の光が動いていた。

「……一緒にいていい?」とユナは言った。

声が小さかった。

廊下に届く程度の声だった。

問いかけの形をしていたが、答えを求めているというより、声に出して確かめたかっただけの言葉に聞こえた。許可を求めているのでも、懇願しているのでもない。

ただその言葉を言いたかった。言うことで、何かを確認したかった。

真が驚いたのは、その言葉の選び方だった。

ユナは自分から何かを頼むことが少ない。

依頼の形で人に何かを求めることが少ない。

しかし今、一緒にいていいか、と聞いた。

言い方が問いかけの形をしていても、その問いの背後にあるものが伝わった。

一緒にいたい、という気持ちが先にあって、それを問いかけの形で言ったのだ。

「当然だ」と真は言った。

これも迷わなかった。

一緒にいていい、という問いへの答えが「当然」以外になる理由がなかった。

ユナが少し息を吐いた。

長くはない息だったが、体の内側から出た息だった。

何かが緩んだ音だ、と真は思った。

ずっと保っていた何かが、その息と一緒に少し解けた。

「ありがとう」とユナは言い、また窓の外を向いた。

真は何も言わなかった。

言う必要がなかった。

言わないことが答えだった。

しばらく二人で廊下にいた。窓から夕方の光が入ってきていた。

石畳の橙色が、少しずつ赤みを増して、暗くなっていく。

その変化を、二人で別々に、しかし同じ場所で見ていた。

やがてユナが「ご飯にしよう」と言った。

普段と同じ声だった。

平坦で、感情が外に出ない声だ。

しかしその言葉が今日の廊下の最後に来た言葉として、真には何か確かなものとして届いた。

「そうだな」と真は言い、廊下を歩き始めた。

ユナが隣に並んだ。

階段を降りながら、真は今の会話を頭の中で確認した。

ユナが話せる範囲で話した。

自分で選ぶ、という言葉を言った。

一緒にいていいか、と聞いた。

どれも短い言葉だったが、短い言葉が持てる重さを全部持っていた言葉だった。

この人間と旅をしている、ということが、真の中で確かなものとして改めてあった。

食堂でガルドとリリアとオリヴィアが待っていた。

ガルドが真たちを見て「遅かったな」と言った。

「廊下で話していた」と真は答えた。

ガルドが頷いた。

それ以上聞かなかった。

リリアが「今日の会議の記録をまとめました」と手帳を見せた。

「各代表の発言と、真さんの発言を記録しています。後から参照できるようにしてあります」

「ありがとう」

「真さんの発言に言霊が乗っていた部分があります。どの言葉かを記録しておきました。自分で確認するときに役立つかもしれないので」

「それは助かる」

オリヴィアが食事を勧めた。

今夜の夕食は宿の料理だった。

真が作る番ではない夜だ。

宿の料理は素朴だったが、温かかった。

全員で食べながら、会議の話をした。

エリスの発言の意図について、ガルドが分析した。

神聖国の代表の態度についてリリアが見解を述べた。

アストラが最後に近づいてきた話を真が伝えた。

言霊が乗っていたかもしれないという話に、リリアが強い関心を示した。

「Lv.3への段階かもしれません」とリリアは言い、手帳に書いた。

「静かな確信から力が出るようになれば、感情の波に依存しなくなる。それは制御という意味では大きな前進です」

「まだ確認できていないが」

「今日の会議がデータになります。あの場での空気の変化は、私も感じ取っていました。全員の表情が変わった瞬間がありました」

ユナが食事をしながら「感じ取れた」と言った。

「確かに届いていた」

「二人が同じことを言うなら、そうなんだろう」

食事が終わって、それぞれが部屋に戻った。

真は部屋でメモ帳を開いた。

今日あったことを書く。

神聖国の神官が来たこと。

ユナと廊下で話したこと。

会議の話を振り返ったこと。

書きながら、ユナが言った「一緒にいていい?」という言葉を思い返した。

あの言葉がどういう重さを持っていたか、真には分かっていた。

ユナがそういう言葉を口にするのに、どれだけのものが必要だったか。

普段のユナを見ていれば分かる。

感情を外に出さない人間が、あの形で言葉を出した。

それを受け取った、ということだけが今夜の答えだ。

メモ帳を閉じた。

明日、大臣会議まであと二日だ。

それが終われば、この王都での用が片付く。

その後どこに向かうかは、まだ決まっていない。

しかしユナが隣にいる。

それが決まっている。

それで十分だ、と思いながら目を閉じた。


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