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第六章「黒髪黒目の波紋」 第一節 王都入城

ガルディアの王都に入ったのは、翌朝の早い時間だった。

夜明けとともに歩き始め、城壁が見えてきたのは朝日が完全に昇る前だった。

城壁の影が長く伸びていて、その影の中を近づいていくと、壁の高さが圧倒的なものとして迫ってくる。石積みの城壁は、近くで見ると表面に長年の風雨の跡が刻まれていた。

補修した跡が何箇所もある。それだけの年月、この城壁が続いてきたことが分かる。

城門の前で、衛兵が通行者を確認していた。

列が出来ていた。

朝早くから入城しようとする人間が、一定数いる。

商人、農民、旅人。

それぞれが列に並んで順番を待っている。

衛兵が一人ずつ確認して通している。

確認の内容は、名前と目的と、持ち込む荷物の内容だ。

「私は変装したまま入ります」とオリヴィアは言い、ボロの上着をより深く被った。

「旅の商人として名乗ります。ガルドさんが団長ということにしてください。旅の商人の護衛として他の方々を紹介していただければ」

「了解だ」とガルドは言い、一行の先頭に立った。

衛兵の前に来たとき、ガルドが先に話した。

慣れた商人のような口調で、どこから来てどこに向かうか、何を売り買いするつもりか、自然な流れで答えた。

嘘をついているのに嘘に聞こえない話し方だ。

傭兵として長く生きてきた人間の持つ、状況に合わせた対応の力だ。


衛兵が真の顔を見たとき、少し目が止まった。

黒い髪と目だ。

この国では見慣れない外見だ。

しかし確認の対象は顔の特徴ではなく、名前と目的と荷物だ。ガルドが先に答えを用意していたので、衛兵は特に追加の質問をせず、一行を通した。

城門をくぐった。

内側の光が外側より明るく感じた。

城壁に囲まれた空間に、朝日が差し込んでいる。

その光が石畳に反射していた。

王都の中は、外から見た印象以上に大きかった。

城壁の内側に広がる街は、区画ごとに性格が違う。

入口近くは市場と宿屋が集まる商業区だ。

朝早い時間なのに、すでに声が出ている。

屋台の準備をしている人間がいて、荷物を運んでいる人間がいて、昨日の終わりと今日の始まりが同時に動いている場所だ。

少し進むと職人の工房が並ぶ職人区になる。

朝から炉の火を入れている工房がある。金属を叩く音がすでに聞こえてきて、シドウが立ち止まって耳を向けた。職人としての反応だ。

さらに奥に貴族の邸宅が連なる高台区がある。

こちらはまだ静かだった。夜明け早々から動く貴族はいない。

石壁に囲まれた邸宅が高台の上に並んでいる。遠くから見ると、城の中にまた別の区画があるように見えた。

道路が整備されていた。石畳に水はけのための溝が切られている。

ダーレムの石畳よりも均一で、補修の跡が目立たない。

王都として維持するための人手とお金が継続的に使われてきた道路の状態だ。

「こんな街があるんだな」と真は言いながら歩いた。

「驚いていますか」とオリヴィアが言った。

「驚くというか、現実感がある」と真は答えた。

「コンビニで読んでいた漫画に、こういう場所が出てきた。中世ヨーロッパ風の都市、という設定で。架空の場所として読んでいた。それと同じ景色の中を今、実際に立って歩いている」

「架空の場所に見えますか」

「見えない。人の生活の匂いがある」と真は言った。

「あの路地で子供が走っている。二階の窓から洗濯物が干してある。どこかで鶏の声がする。これは絵ではなく現実だ。人が毎日ここで起きて食べて眠っている場所だ」

オリヴィアが少し表情を和らげた。

王都での振る舞いへの緊張があったのが、その言葉で少し解けた。

故郷の街を別の視点で見た人間の顔になった。

宿を確保した。

商業区の中ほどにある宿で、部屋数が多く、旅人が多く出入りする場所だ。

目立ちにくい環境を選んだ。

旅人の中に埋もれれば、特定の人間を探すのが難しくなる。

部屋割りを決め、荷物を置いてから、それぞれが動き始めた。

オリヴィアがサレン侯爵への接触方法を考え始めた。

侯爵邸への直接訪問は避けたい。

宰相側に知られる可能性がある。

旧知の使用人を通じて連絡を取れないか、心当たりがあるという。

リリアが手帳を広げて、文書の内容を整理し始めた。

会議で提示するための準備だ。文書が本物であることを証明するための論理を組み立てている。

シドウが「王都にはいい素材を扱う工房があるはずだ。明日確認しに行く」と言い、王都の地図を宿の主人から借りた。

ガルドが宿の食堂に降りて、王都の最近の情報を集めていた。

旅人や地元の商人との会話から、今の王都の空気を読もうとしていた。

真は部屋に一人で残って、荷物の整理をした。

メモ帳を取り出した。

旅の記録をつける習慣が続いていた。

今日あったことを書き留める。

城門を通ったこと、王都の区画の構造、道路の状態。

それから昨日の追跡と言霊のこと。

「止まれ」が広く届いた感触を言葉にしておく。

後から読み返したときに、成長の記録になる。

夕方、宿の食堂で五人で夕食を取っていると、隣のテーブルの客が真の顔を見て目を止めた。

「……その方、黒い髪と目ではないですか」

男の声が聞こえた。

隣の席の中年男性で、商人らしい服装だ。

声の質が悪意のある質問ではなかった。

純粋に驚いている。

珍しいものを見たときの、抑えきれない反応だ。

「そうだが」と真は答えた。

「失礼しました。珍しくて」と男は頭を下げた。

「王都でも黒い髪の方は見たことがなかったものですから。幻の種族と呼ばれる方ですか」

「旅の者だ」と真は言った。

それ以上は答えなかった。

男はそれ以上声をかけてこなかった。

しかし食堂の他の客が何人か、真の方を見ていることに気づいた。

ちらっと見て、また自分の食事に戻る。

しかし視線がある。

意識されている。

それが積み重なっていく感触があった。

「目立つな」と真は小声でガルドに言った。

「日本人の外見は、この国では本当に珍しい」とガルドは答え、スープを飲んだ。

「エルムの里や霧の洞窟では、物珍しさで済んだ。しかし王都は情報が集まりやすい。見た者が別の誰かに話す。その誰かがさらに別の誰かに話す。明日には宿の外でも知られている可能性がある。明日以降、動き方に気をつけた方がいい」

「気をつける、というのは具体的に」

「単独では動かない。外に出るときは必ず二人以上で出る。目的のない散策はしない。動くときは目的を明確にしてから動く」

「分かった」

ユナが食事をしながら、特に何も言わなかった。

しかし聞いていた。

話が終わった後、食堂の全体を一度だけ確認するように視線を動かした。

どこに誰がいるか、把握した。

そういう習慣がある人間の目の動き方だ。

その夜、真は部屋で早めに横になった。

王都に来た。

証拠を持ってきた。

あとはオリヴィアとサレン侯爵が動く。

自分が次に何をすべきかは、明日になれば分かることだ。

目を閉じながら、今日歩いた王都の道を頭の中で辿った。

区画が変わるたびに空気が変わる街だ。

一日では全体が掴めない。

それでいい。焦って全部を知ろうとする必要はない。

ここに来た目的が果たせれば、それでいい。

眠りに入る前に、ユナのことを少し思った。

昨夜の木立で、ユナが真の手を確認していた。

消耗の程度を見ていた。

心配していた、ということだ。

心配しているが、それを直接言わない。

見ることで確かめる。

ユナのやり方だ。

それを嫌だとは思わなかった。

そういう人間がいることが、旅の中で確かにある、ということが分かった。

それで眠れる気がした。


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