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第二節 王国の陰謀

近くの宿場に入り、個室を借りて話を聞いた。

宿場は街道沿いの小さなものだった。

食堂と宿が兼用になっていて、昼間は行商人が休憩に寄る場所だ。

個室は三つしかなかったが、そのうちの一つが空いていた。

六人が入るには狭かったが、外で話せる内容ではない。

扉を閉めて、全員が壁際に立ったり床に腰を下ろしたりしながら、オリヴィアの話を聞いた。

オリヴィアが語った内容は、想像より深刻だった。

ガルディア王国の宰相ドミロが、ここ数年で王の信頼を独占し、実質的に国政を操っていた。

もともとは有能な官僚として王に登用された人間だ。

税制の改革を成功させ、隣国との交渉を有利に進め、干ばつの年に食糧配給を組織した。

実績がある。だから王が信頼した。だから権力が集まった。

「最初は本当に国のために動いていたのかもしれません」とオリヴィアは言った。

膝の上で手を組んでいた。

長い距離を走った後なのに、座り方が整っている。

体に染みついた習慣だ。

「いつから変わったのかは分かりません。ただ、気づいたときには変わっていた」

「具体的にどう変わったんだ」と真は聞いた。

「増税が繰り返されています。三年前から年に一度、税率が上がっています。農村は疲弊しています。王都から離れた地方ほど深刻で、村を出る人間が増えています。冒険者ギルドに流れ込む人間が増えているのも、その影響だという話を聞きました」

「農村から人が流出すれば、食料の生産が下がる。それがまた農村を追い詰める」

「そうです。悪循環になっています。しかし宰相は税収の増加という数字だけを見て、王に報告しています。疲弊の実態は報告されていない」

ガルドが腕を組んだ。

「貴族への根回しも進んでいると」

「はい。五つの侯爵家のうち、三家がドミロ側に取り込まれています。残り二家は中立か距離を置いている状態です。反対する貴族や官僚は、証拠のない形で失脚させられています。汚職の告発が来るように仕向けるか、病気に見せかけた失脚か、あるいは行方不明か」

「行方不明というのは」

「消えた人間が三人います。いずれも宰相の政策に反対していた人間です。私の協力者の一人もその中にいます」とオリヴィアは言い、少し間を置いた。「もう生きていないかもしれません」

部屋が静かになった。

オリヴィアは感情的にならなかった。

声が乱れなかった。

それが返って、その言葉の重さを示していた。

慣れているのか、慣れようとしているのか。

あるいはここで感情を出せば動けなくなると知っているから、出さないようにしているのか。

「父上は病床にあります」と彼女は続けた。

「一年ほど前から体調が悪く、政務に出られない日が増えています。その隙を宰相が利用しています。父上に届く情報は全てドミロが管理しています。父上は今の状況を、正確には知らないと思います」

「第一王子は」と真は聞いた。

「兄は宰相と親しくしています。取り込まれているのか、それとも状況を利用しようとしているのか、私には判断できません。ただ、私が兄に接触しようとすると、常に誰かが間に入ります。直接話せない状態が続いています」

「あなた一人でここまで来たのか」と真は確認した。

「信頼できる者が周りにいなくなりました。護衛として付けられていた人間も、気づけば宰相側の人間に入れ替えられていました。王都にいれば遅かれ早かれ手が届くと判断して、一人で出ました」

「どこに向かっていた」

「証拠を取りに行くつもりでした」とオリヴィアは言い、背筋を伸ばした。

「ガルディア王国の北部に、宰相の側近が管理する旧貴族領の屋敷があります。そこに、宰相のクーデター計画に関する文書が保管されているという情報を、協力者から得ていました。その協力者はもういないかもしれませんが、情報は確かなものだったと信じています」

「その文書があれば何ができる」

「大臣会議があります。年に一度、主要な大臣と各侯爵家の代表が集まる会議です。その場は、宰相の一存では揉み消せません。複数の証人がいる場で証拠を提示すれば、宰相を失脚させられる可能性があります」

「会議まで何日だ」

「二週間あります」とオリヴィアは答えた。

「二週間で証拠を入手して、王都まで届ければ、間に合います」

リリアが手帳に書き留めながら聞いた。

「屋敷の警備はどの程度ですか。外の見張り、内部の人数、建物の構造が分かれば計画を立てやすいのですが」

オリヴィアはリリアを見た。

初めてリリアの耳の先端を見た目の動きがあったが、それだけで何も言わなかった。

「外に三人、内部に数人と聞いています。旧侯爵家の屋敷を使っているので、建物は大きいですが古い構造です。地下に書庫があります。その書庫に文書が保管されているはずです」

「鍵はかかっているだろう」と真は言った。

「おそらく」

「それは何とかなる」

オリヴィアが真を見た。

「どうやって」

「刻印がある。

「開」と刻めば錠前が外れる」

オリヴィアが少し表情を変えた。

信じたいが信じ切れない表情だ。

「神話級の刻印、ですか。ガルドさんの手紙に書いてありましたが、実際に目にしたことはありませんでした」

「後で見せる機会があれば見せる」

「護衛なしで北部まで向かうつもりだったのか」とガルドがオリヴィアに言った。呆れでも批判でもなく、確認の口調だった。

「他に選択肢がなかった。信頼できる人間が周りにいなかった」

「今は」とガルドが聞いた。

オリヴィアが真たちを見渡した。

真を見て、ユナを見て、リリアを見て、またガルドを見た。

部屋の壁際に立っているそれぞれの顔を順番に確認した。

「……今は分かりません」と彼女は言った。

「ただ、あなた方が助けてくれた理由が打算だけではないと、何となく感じています。何かを期待しているのかもしれませんが」

「打算ではない」と真は言った。

「助けたのは、そうすべきだと思ったからだ。追われている人間を追い越すことがそもそもできなかった。それだけのことだ」

「一緒に動くつもりか、動かないつもりかを聞いてもいいですか」と彼女は言い、真を見た。

真は仲間の顔を見た。

ガルドが顎で頷いた。

はっきりとした動作だった。

ユナが「行く」と言った。

二文字だったが、迷いがなかった。

リリアが手帳から顔を上げて「後方支援に回れます。文書の確認は私の方が速いと思います」と言った。

「分かった」と真は言い、オリヴィアに向いた。

「一緒に動こう。ただし、動き方はこちらに任せてほしい。あなたは状況を教えてくれればいい」

オリヴィアの肩が少し下がった。

張り詰めていたものが、わずかに緩んだように見えた。

一人で全部を背負っていた重さが、少し分散した。

その変化が、小さくても確かに顔に出ていた。

「ありがとうございます」と彼女は言った。

「礼は後で言ってくれ。終わってから」

オリヴィアが頷いた。

ガルドが地図を広げ、北部の旧貴族領への道を確認し始めた。

リリアがオリヴィアに屋敷の構造について細かく聞いている。

二人が話す声が低く続く。

ユナは窓の外を見ていた。宿場の外の街道を確認しているのかもしれない。

追ってきた四人が戻ってくる可能性を見ていると思った。

真は水を一杯飲みながら、今の状況を整理した。

転移してからこの方、事件が次々と来る。

スローライフどころではない。

エルムの里ではスライム退治からはじまり、盗賊団の残党が来た。

テムザリアでは影の商会に目をつけられ、ユナが誘拐された。

そして今日、追われている王女を拾った。

しかし今日また誰かが助けを求めてきて、また動いている。

嫌ではない、というのが正直なところだった。

コンビニで夜勤をしていたころ、誰かのために動くことがほとんどなかった。

お客のレジを打つことは、誰かのためというより作業だった。

要求があって、処理する。

それだけで、結果が人の顔に出ることはなかった。

夜中に来た客がどんな顔で出ていくかは、次の客が来た瞬間に消えた。

しかしここでは、動いた結果が人の顔に出る。

オリヴィアの顔に、さっき安堵が出た。肩が下がった。

それが直接見えた。言葉が届く、というのはこういうことかもしれない。

音として届くのではなく、意味として届いて、相手の何かを動かす。

その動いた結果が顔に出る。その一連が見える。

コンビニでは見えなかった。

見えなかったのか、見ようとしていなかったのか、もう判断できないが、どちらにしても今は見える。

それが五年間との違いだと、真は思いながら水筒を置いた。

口に出すほどのことでもないと思い、地図の方に体を向けた。


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