第三節 テムザリアとシドウ
テムザリアの城門は、ダーレムの二倍はあった。
門の幅が広い。馬車が二台並んで通れる幅だ。
城壁が厚く、門の上部に見張り台が複数ある。
門番は四人いて、全員が武装していた。
港湾都市というだけあって、人と物の出入りが多い。
それを管理する必要がある。
防衛と管理の両方のための設備だ、と真は見て思った。
入城の確認は丁寧だった。
冒険者証の確認に加えて、荷物の内容を聞かれた。
武器について確認がある。
「神話級の武器を持っているか」という問いがあって、真は一瞬迷ったが正直に「一本持っています」と答えた。
門番が少し目を開いたが、確認してから通してくれた。
城門をくぐると、広い石畳の大通りが港まで一直線に伸びていた。
通りの幅がダーレムより広い。
馬車が三台並んでも余裕があるほどだ。
両側には商会の建物が並び、各商会の旗が風にはためいている。
旗の色と形が違う。
それぞれが別の商会の看板だ。何十もの商会が大通りに面して建物を持っている。
この大通りが利益の走る軸だと分かる。
遠くに港が見えて、帆船のマストが空に突き刺さっているのが分かった。
マストが何本もある。
大きい船が複数停泊している。
港の活気が遠くからでも伝わってくる。
「大きい」と真は言った。
「テムザリアは大陸でも三指に入る商業都市だ」とガルドが言った。
「物の動きが速い。商人の情報も速い。それだけ怪しい人間も多い」
「最後のひとことが引っかかるが」
「正直に言っただけだ」
「怪しい人間というのは具体的に」
「商売に絡んだ裏稼業だ。密輸、情報売買、暗殺の請負。商都の裏側にはそういう商売が必ずある。表の顔しか持たない都市はない」
「心がけておきます」
「心がけだけでいい。今すぐ問題になるわけではないが、知っておくのと知らないのでは違う」
四人で宿を取った。テムザリアの宿は部屋数が多かった。
廊下が長く、扉が並んでいる。
宿の主人が流れ作業で部屋割りをする。四
人分の鍵を渡して終わりだ。エルムの里の宿のような、客に関心を持った対応ではない。
客が多すぎて、一人一人に関心を持つ余裕がない。
それがこの街の速度だ。
翌朝、ガルドがシドウの工房に案内してくれた。
工房は港に近い職人街の一角にあった。
職人街は商会の建物が立ち並ぶ大通りとは空気が違う。
建物が低く、物作りの音が通りに漏れてくる。
木を削る音、金属を叩く音、革を縫う音。そ
れぞれの工房から、それぞれの音が出ている。
建物の前に「黒鎚工房」という看板が出ていて、中から金属を叩く音が聞こえてくる。
音のリズムが規則的だ。集中して仕事をしている人間の音だ。
扉を開けると、熱気が顔を打った。
炉が赤く燃えていた。
炉の火の赤と、金属の赤と、工房全体の熱さが混ざって、別の空間に踏み込んだような感触がある。
空気が重い。熱さの密度だ。扉を一枚隔てるだけで、外の温度とこれほど違う。
その炉の前に、背の低いずんぐりとした男が立っていた。
身長は真の腰くらいしかない。
しかし腕が太い。前腕だけで真の上腕ほどの太さがある。
顎まで伸びた赤い髭と、分厚い革のエプロン。
エプロンに焦げの跡が点々とついている。仕事の痕跡だ。
鍛冶の炎が飛んできた跡が、エプロン全体に刻まれている。
ドワーフだ、と真は思った。
ガルドから聞いていた通りの外見だ。
「ガルド」と男は振り向かずに言った。
鎚を持ったまま作業を続けている。鉄を叩いていた。
「来るなら来ると言え。仕事の途中だ」
「急に来た。見せたいものがある」
「後にしろ」
「神話級を作れる人間を連れてきた」
男の手が止まった。
鎚が下りかけた途中で、止まった。
次の動作に移ろうとしていた体が、完全に静止した。
その静止が、言葉の重さを示していた。
シドウが振り返った。
真を見た。
それからガルドを見た。それからまた真を見た。
何度も確認する
。信じたいが信じ切れないときの目の動き方だ。
「……冗談か」
「冗談を言ったことがあるか」
シドウが真に近づいてきた。
真より頭二つ分低いのに、存在感が重い。
体の密度が違う。近づいてくる圧力が、体格から来るものではなく、生き方から来るものだと感じた。
顔をじっと見る。
黒い髪と黒い目を、食い入るように見ている。
研究者のリリアとは違う見方だ。
リリアは学者の目で見た。シドウは職人の目で見ている。
素材を見るときの目だ。
「本当に幻の種族か」
「幻かどうかは知らないが、黒い髪と黒い目の日本人だ」
「日本語が話せるか」
「話せる。日本人だから」
「刻印を見せてくれ。紙でいい」
真はメモ帳を取り出し、ペンで「斬」と書いた。
迷わず書いた。書き慣れているから一画一画が確かだ。
それをシドウに渡すと、シドウが腰のポーチから小さな鑑定石を出し、紙に当てた。
金色の光が出た。
シドウが鑑定石を持ったまま、しばらく固まった。目が光を見ている。
光が出続けている間、シドウは動かなかった。
それから顔を歪めた。
怒っているのか泣いているのか判断できない顔だった。
口元が動こうとして、動かなかった。
「神話級だ」とシドウは言った。声が低かった。
「紙一枚に文字を書いただけで、神話級が出た」
「そうなるらしい」
「ワシは三十年、鍛冶をしてきた。神話級の素材を一度でいいから手に入れたいと思い続けてきた。使いたいと思い続けてきた。いい仕事はいい素材から始まる。ワシの鍛冶に、神話級の素材があれば何ができるかと、毎日思いながら仕事をしてきた」
シドウが言葉を止めた。
「目の前で、紙切れ一枚が神話級になった」
シドウの目が濡れていた。
大きな体が、静かに揺れた。
三十年分の想いが、この一瞬に集まっていた。
どんな言葉も、この沈黙より重くはなれない。
真はただ待った。
「……工房を使え」とシドウはしばらくしてから言った。
絞り出すような声だった。
「代わりに、刻印の仕事を一緒にやらせてくれ。材料はワシが用意する。お前が刻む。それだけでいい」
「それでいい」と真は言った。
ユナが横で小声で言った。
「感動させた」
「させるつもりはなかったが」と真も小声で返した。
「でも良かったんじゃないの。本物に触れた人の顔してた」
シドウがこちらを向いた。目が赤い。
「見るな」と言った。
「見ていない」とユナは真顔で言った。
工房の中が、少し和んだ。
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おっさん、戦国時代で絵を描いたら無双した件〜のんびり平和を目指していたはずなのに〜
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