第三節 洞窟一層・二層
二層への入口は岩の階段だった。
下りていくほど霧が濃くなった。松明の光が届く範囲がさらに狭まり、二メートル先がぼんやりとしか見えなくなった。気温も少し下がる。岩の表面に水滴が付いていて、壁に触れると湿っている感触がある。
「植物系の魔物がいる」とガルドが言った。「「絡み草」という種類だ。壁や天井に生えているように見えるが生き物で、通路を通る者に蔓を伸ばして絡め取る。毒はないが動きを封じる。絡まれたまま放置すると、時間をかけて締め上げてくる」
「本体はどこにある」と真は聞いた。
「蔓の束の中心にある。蔓だけを切り続けても再生する。本体を直接斬れ。短剣の刻印なら一撃で切れるはずだ」
「本体はどう見分ける」
「蔓の付け根を追え。全部の蔓が出てくる中心点がある。そこが本体だ。形は丸く、人の頭ほどの大きさの塊になっている」
「了解した」
「ユナ」
「なに」
「絡み草に絡まれたら逆用できるか」
ユナが少し考えてから答えた。「植物系には試したことがない。内側の水分を操作できるかもしれないけど、確証はない」
「今日は試さなくていい。確認だけだ」
通路に入ると、すぐに天井から蔓が伸びてきた。壁と同じ色をしていて、霧の中では見つけにくい。素材が岩肌と似た質感だから、止まって見ると岩に見えた。しかし動く。ゆっくりと、しかし確実に、通路を歩く三人の方へ伸びてくる。
腕を引っ張られる感触があった。右腕に蔓が巻き付いた。思ったより強い。締め付けではなく、引き込もうとする力だ。素早く横にずれながら短剣で蔓を切った。一太刀で切れた。刻印の効果だと分かった。
本体を探した。蔓の付け根を目で追う。分岐が何本かあって、その全部が集まっている点がある。松明を近づけて照らすと、岩肌に溶け込んでいた丸い塊が見えた。
短剣を突き込んだ。
絡み草が萎れるように動きを止めた。蔓が全部垂れ下がって、ゆっくりと地面に落ちていく。動きが止まった植物は、ただの草に見えた。
「正確だ」とガルドが言った。
「探した」
「一発で本体を見つけるのは最初にしては速い」
「光の当て方の問題だ。陰影の違いで形が分かる」
「そういう見方をするのか」
「コンビニの棚整理で、在庫の形を光の当たり方で判断することがあった。それと同じ感覚だと思う」
ガルドが少し間を置いてから言った。「お前さんの前の経験が、違う形で役立つことが多いな」
「本人は驚いている」
「そういうものだ。どんな経験も無駄にはならない」
数カ所の絡み草を処理しながら進んだ。
「言霊のことを聞いていいか」と真は歩きながら言った。
「なんでも」とガルドが答えた。
「文字に書くのと、声に出すのと、効果は違うか。感覚的には違う気がするが、説明できない」
「文書記録によれば、どちらも有効だが性質が違う」とガルドは通路の先を確認しながら答えた。「声に出すと即効性があるが一過性だ。空気に溶けていく。書いた場合は持続性がある。アイテムに刻んだ場合は、そのアイテムが存在し続ける限り効果が続く。つまり声は「今に届く力」で、刻印は「先に持ち込む力」だ」
「向き不向きがある」
「そうだ。戦闘中に素早く制圧したい場合は声の言霊。アイテムに安定した力を持たせたい場合は刻印。使い分けが重要だと思う。ただしお前さんはまだLv.1だ。Lv.1では刻印は効果が半分しか出ない」
「今は声の方が使えるということか」
「今は、な。レベルが上がれば変わる。Lv.2になれば刻印も本来の力になるはずだ」
「レベルが上がる基準は何だ」
「使うことだ。感情を込めて使うことを繰り返す。それ以外にない」
二層の中ほどで休憩のために壁のくぼみに入り、水を飲んだ。ユナが乾燥した黒パンを取り出して三人に渡した。堅いが、噛んでいると少し甘みが出てきた。
「疲れた?」とユナが真に聞いた。
「少し。慣れない動きをした」
「最初にしては動けてる方だと思う」
「お前と比べたら話にならないが」
「私は鍛錬してきたから」とユナは言った。感情を込めず、ただ事実として言った。「まことは昨日今日だから比べなくていい」
「そうだな」
しばらく間があった。壁のくぼみに三人で入っていると、互いの距離が自然に縮まる。霧の中でこれだけ密に動いてきた一時間の感触が、体に残っていた。
「ユナはいつから冒険者をやってる?」と真は聞いた。
「少し前から」とユナは答えた。具体的な数字は言わなかった。
「一人でやってたのか」
「一人で動く方が楽だから」
「今も楽か」
ユナがわずかに間を置いた。その間は、答えを探している間だと真には感じられた。「不便じゃない」と言った。それだけだった。
不便じゃない、というのは「楽だ」ではない。しかし「楽ではない」でもない。どちらとも言えない、あるいはどちらとも言いたくない、そういう言葉の選び方だ。真はそれ以上聞かなかった。
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おっさん、戦国時代で絵を描いたら無双した件〜のんびり平和を目指していたはずなのに〜
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