新たな力と、ネザリアの第一陣
第8話です。
宜しくお願いします。
夜明け前の冷たい空気が、住処の中にもじわりと染み込んでいた。
黒い岩壁をくり抜いた洞窟の天井からは、焚き火の煙が細い筋となって昇っている。
魔族たちはそれぞれの持ち場で動き始め、武具を整え、鍛錬の準備をしていた。
その一角で、マランはひとり静かに目を閉じていた。
(……胸の奥が、やけにうるさいな)
心核のあたりが、昨夜からずっとざわついている。
嫌な感覚ではない。むしろ逆だ。
何かが“増えている”、あるいは“育っている”ような、不思議な充足感。
(ザナドが毒を治して、魔物も倒した。
あいつが得た経験と力が、こっちにも流れ込んでる感じがする……)
マランは自分のスキルを思い返す。
《魂響共鳴》
――自分に“繋がった”仲間が得た経験値やスキルの一部を、二倍の量で共有する能力。
これまでは、ぼんやりとした“手応え”程度だった。
だが昨夜、ザナドが命懸けで治療を行った時――胸の奥で、確かに何かが弾けた感覚があった。
(あれが引き金か……)
心核が強く脈打つ。
次の瞬間、マランの視界に、黒い紋様のような“文字”が浮かび上がった。
――新たなスキルが覚醒しました。
――スキル名:《家臣共鳴》
「……ほう」
マランは目を開け、小さく息を吐いた。
「新しい力、ってわけか」
洞窟の外、鍛錬場のような広場では、ザナドがマニアに囲まれていた。
「ねぇねぇ、もう本当に大丈夫だから! 見てて、ほら!」
マニアが軽やかに跳び上がり、岩壁を蹴ってくるりと一回転する。
脚に魔力を纏わせ、空中で軌道を変えるその動きは、本人が言う通り“元気そのもの”だった。
「《魔式・双影脚》ってこうやって使うの! えいっ!」
最後に地面へ着地し、軽く砂埃が舞う。
「……動きは問題なさそうですね。無茶はしなければ、ですが」
ザナドが苦笑すると、マニアは満足そうに胸を張った。
「ザナドが治してくれたんだから平気だよ!」
その様子を少し離れたところから見ていたマランに、ザナドが気づいて歩み寄る。
「おはようございます、マラン様」
「ああ。調子はどうだ?」
「少し魔力が抜けた感じはありますが、問題ありません」
「そうか」
短く答えたあと、マランはザナドをじっと見つめる。
「……ひとつ、確かめたいことがある」
「はい?」
少し人目を避けて、岩陰に移動する。
マランは腕を組み、低い声で言った。
「ザナド。お前、自分の“力の出方”に違和感はないか?」
「違和感、ですか?」
「この世界には塔があり、魔族や他種族を弱らせている。
……それにしては、お前の力の通りが良すぎる」
ザナドは目を瞬いた。
「それは……」
言われてみれば、と、ザナドも内心で思い返す。
人族の狩猟隊に囲まれ、瀕死の状態で倒れていたとき――
確かに“力が抜ける感覚”があった。
だが、悪魔として再生成されてからはどうか。
(……塔の波動を感じていない?)
「マラン様は……?」
「俺もだ。
この世界に生まれ落ちてから、力が抑えつけられている感じがまるでない」
塔の存在は視認している。
魔族たちも、その影響で苦しんでいると語った。
それなのに――
「俺もお前も、塔の弱体化をほとんど受けていない。
……そう考えるのが自然だな」
「つまり……」
ザナドは息を呑む。
「“塔にとって想定外の存在”である、ということでしょうか」
「かもしれない」
マランは曖昧に笑う。
「前の世界のこともあるしな。
俺は“こちらの世界が最初から持っていたコマ”じゃない。
転生者だ。システムの外側から降ってきた異物……」
そこまで言って、首を振る。
「とはいえ、今は推測の域を出ない。
重要なのは――“弱体化されない力を、どう使うか”だ」
マランの視界に、再び黒い紋様が浮かぶ。
《家臣共鳴》
「……そのためのスキルが、ひとつ増えた」
住処の中央広場。
フェローが腕を組んで立ち、他の魔族たちが輪になって集まっていた。
「それで……何だ、その“話”というのは」
昨日とはまた違う空気がそこにあった。
娘を救われた恩義ゆえの敬意と、族長としての慎重さが混ざった、複雑な空気。
マランは一歩前へ進み出る。
「単刀直入に言う。
――俺とザナドは、おそらく塔の弱体化をほとんど受けていない」
ざわ、と周囲が揺れる。
「馬鹿な……」
「塔の波動は世界中に満ちているんだぞ……?」
「いくら魔王でも、それは……」
フェローも目を細めた。
「根拠はあるのか?」
「体感だがな。
この世界に来てから、俺は一度も力が抑えられた感覚を覚えたことがない。
ザナドも同じだ」
ザナドも頷く。
「私が魔族だった頃、塔の近くでは身体が重く感じました。
ですが……悪魔として再び生まれてからは、その感覚がありません」
「…………」
フェローは黙り込み、しばらく考え込んだ。
やがて、低く呟く。
「……もしそれが本当なら――」
その声に、住処の魔族たちの視線が集まる。
「塔による枷を受けない“核”がある、ということだ。
魔族が再び世界へ牙を剥く可能性が……わずかだが、見える」
マニアがぱっと顔を輝かせた。
「それって……塔を壊せるってこと……!?」
「まだ断言はできない」
マランは肩をすくめる。
「だが、希望はある。
それをさらに現実的なものにするための力が――これだ」
マランの心核が静かに輝く。
「《家臣共鳴》。
――俺が“登録”した者は、塔の弱体化や呪いの影響を受けなくなる」
「……なんだと?」
フェローの声が低く、重く響く。
「そんなバカな能力が……」
「正式な仕様はこんなところだ」
マランは指を立て、淡々と説明する。
「対象者は、塔からの魔力抑制・弱体化・呪詛系統の影響を受けなくなる。
今のところ登録できる人数は二人までだが、俺が成長すれば増える可能性がある」
住処の魔族たちは言葉を失っていた。
それは“夢物語”に近い話だ。
だが、目の前の男は実際に悪魔を生み、娘の命を救う力を持ち、塔の影響を感じていないと自ら言う魔王だ。
すぐに、完全な否定はできない。
マニアが一歩前へ出る。
「それって……もしかして、私たちにも――?」
「そのつもりだ」
マランは即答した。
「ネザリアの第一の民として、塔を壊す最初の戦力になってもらう。
フェロー。マニア。
お前たちを、《家臣共鳴》に登録する」
フェローはしばし沈黙した後、静かに頷いた。
「……娘の命を預けた相手だ。
今さら怖じ気づく理由はない。
やってみろ、魔王」
「はいっ! 私もお願いします!」
マニアは満面の笑みで胸を張る。
マランは二人に向き直り、右手を差し出した。
「――契約だ」
マニアが最初にその手を取り、フェローもためらいなく重ねる。
次の瞬間、黒い魔法陣が足元に展開した。
「《家臣共鳴》」
黒い紋様が、フェローとマニアの胸元に浮かび上がる。
それは一瞬だけ燃えるように輝き――すぐに皮膚の内側へ沈んだ。
「っ……!」
フェローが歯を食いしばる。
身体の奥底から、ドクン、と心核が強く脈打つ。
塔によって長年押さえつけられていた何かが、外れていく感覚。
抑圧された魔力が、堰を切ったように解き放たれていく。
「……ぬおおおお……!」
フェローが拳を握りしめると、岩のような筋肉がさらに膨れ上がった。
地面に軽く足を踏み込むだけで、周囲の小石が跳ねる。
「この感覚……! 力が……戻ってくる……!
いや、あの頃よりも――さらに……!」
マニアも息を呑み、両手を握り開きする。
「な、何これ……! 身体が軽い……!
魔力が全身を巡ってる感じがする……!」
脚に意識を集中すると、自然と魔力が集まる。
《魔式・双影脚》を使わずとも、走り出したくなるような高揚感。
周囲の魔族たちは息を呑むことしかできなかった。
「塔の呪縛が……消えた……?」
「本当に……弱体化を受けていないのか……!?」
「これが……魔王の力……!」
マランは静かに様子を見てから、短く言った。
「どうやら、成功だな」
ザナドが隣で感嘆の息を漏らす。
「塔の弱体化を受けない、“本来の魔族の力”……。
これなら――」
「ああ」
マランは遠く、地平線の向こうにそびえる塔の幻影を思い浮かべる。
「このメンバーなら――最初の一本くらいは、折れるかもしれない」
だが、と続ける。
「念には念を、だな」
「……と、言いますと?」
ザナドが首をかしげる。
マランは懐から、小さな黒い球体を取り出した。
それは、どこか脈打っているように見える。
「覚えているか、ザナド。
お前が初めて新しい力を見せた時に倒した、あの魔物だ」
「ガル・クローラーの……心核……」
ザナドは息を呑む。
住処の魔族たちも、ただならぬ気配を感じ取り、ざわめいた。
マランは球体を軽く放り上げ、掌で受け止める。
「仲間は多い方がいい。
塔を壊す初陣だ。派手に行こうじゃないか」
心核を地面へ置き、ゆっくりと手をかざす。
「――《悪魔生成》」
黒と紅の魔力が、地面を走った。
洞窟の床一面に魔法陣が広がり、
住処全体が低く唸るように震え始める。
「……っ、これは……!」
「また、あの時の……!」
ザナドは、かつて自らが“贄”となって悪魔として生まれ変わった瞬間を思い出す。
だが今回は違う。
贄になるのは自分ではない。
魔王の手によって、新たな“同胞”が産み落とされようとしていた。
暗い光が、魔法陣の中心に集束していく。
意外と進むの速い感じしますね。
テンポ感的に皆さまはどう思いますか?




