影魔王と純血の猟犬
第37話です。
宜しくお願いします。
塔の足元で、空気が軋んでいた。
精霊族と衛兵たちの激突。
純血騎士団とネザリアの仲間たちのぶつかり合い。
その全ての中心で――
マラン=タン=リースと、《第九席》ルークス=ハーデンが、真正面から対峙していた。
塔から放たれる圧は、魔族にとっては鉛の鎖。
だが、人族にとっては“加護”であり、力を底上げする祝福。
その恩恵を、ルークスは全身で浴びていた。
「いやぁ~~、最高の気分だよねぇ」
ルークスは、心底楽しそうに肩を回した。
細身の鎧に、血飛沫のこびりついた純白のマント。
その手には、黒鉄の長剣が一本。
だが――その瞳だけが、異様だった。
血走った瞳孔がひくひくと震え、頬が不自然な笑みに釣り上がっている。
「塔の真下で、“実験”し放題だなんてさぁ。
力も、感覚も、全部が気持ちよくてさぁ。
――ここでお前らを、どこまでバラせるかなって」
マランは無言でルークスを見据える。
その背後で、ネザリアの仲間たちと精霊族が、各々の戦場で戦い始めていた。
(……空気が違うな)
塔の圧が濃い。
それだけではない。
ルークスの周囲だけ、空気が歪んで見える。
塔から供給される魔力と、彼の狂気が混ざり合い、“異様な高揚”を生んでいた。
「いやぁ、それにしても――」
ルークスは、マランの頭の先から足の先までを、舐め回すように眺める。
「お前が“魔王”ってやつ?
マラン=タン=リース?」
「そうだが」
「ははっ、名前だけはカッコいいよねぇ。
見た目もまぁ、魔族にしては整ってるし?
……でもさぁ」
ルークスは、にちゃりと笑った。
「“魔族の国”なんて作っちゃうバカが、本当にこの塔を壊せると思ってるわけ?」
その言葉を聞いた瞬間――
マランの胸の奥で、何かが静かに熱を帯びる。
ネザリア。
フェロー。
そして、あの襲撃の日の光景――焼け焦げた住処、血だまり、倒れた仲間たち。
「お前たち純血騎士団がやったことを、俺は絶対に忘れない」
マランの声は低く、静かだった。
「……へぇ?」
「塔に縋って、他種族を弱らせて、それで“強い”と勘違いしているお前たちを――
俺は、心底くだらないと思っている」
一瞬、ルークスの笑みが引きつる。
だが、すぐに肩をすくめて、ケラケラと笑い出した。
「うっわぁ、説教くさっ。
ねぇねぇ、もしかしてさぁ」
わざとらしく顔を寄せてくる。
「――あの“魔族の巣”を襲った件、まだ根に持ってる?」
マランの目が細まる。
「……ネザリアのことか」
「そうそう。
俺は行ってないけどさぁ?
“カレン”が、嬉しそうに報告してくれてさぁ」
ルークスは、わざと大げさに手を広げた。
「『魔王の国を名乗る巣を一つ、良い感じに“しつけておきました”よ』ってさぁ。
いやぁ、さすがカレン。仕事が早いよねぇ?」
胸の奥で、ドロリとした何かが沸騰する。
(カレン……!)
燃え上がる憎悪のイメージが脳裏をよぎる。
だが――マランは、その黒い感情を、ぎゅっと握り潰した。
(今は目の前のこいつだ。順番を間違えるな)
マランは、静かに一歩前へ出る。
「……お前たちが何をどう嘲笑おうが関係ない」
「は?」
「塔に守られた“安全圏”から他種族を痛めつけて、笑っていられる世界を――
俺は必ず、壊す」
ルークスの笑みが消えた。
代わりに――露骨な殺意がその瞳に宿る。
「……ああ、ムカついた」
低く呟いた次の瞬間。
「調子に乗るなよ、“劣等種族の王様ごっこ”がッ!」
ルークスが、地を蹴った。
空気が爆ぜる。
塔の加護によって強化された脚力が、大地をえぐった。
視界から、ルークスの姿が消えた。
「――」
マランは一歩、横へ。
次の瞬間、風が裂ける音。
ルークスの剣が、先ほどまでマランが立っていた場所を薙ぎ払っていた。
「ほぉ……避けるんだ?」
ルークスが口の端を持ち上げる。
「この“塔の圧”の中でさぁ?」
塔の真下。
魔族であるマランにとっては、本来立っているだけで苦しいはずの場所。
それなのに――
マランは微動だにせず、呼吸も乱れていない。
(やはり……この男、塔の弱体化を受けていない……?)
ルークスの脳裏に、嫌な予感がよぎる。
だが同時に、その予感は“興奮”にも繋がっていた。
「……いいよ。
そうじゃなきゃ、面白くない」
ルークスは舌なめずりをし、剣を構え直す。
塔の魔力が、その身を更に包み込む。
血管が浮き出し、筋肉が膨れ上がる。
「《痛覚遮断ノーペイン・モード》――起動」
ぼそりと呟いた瞬間、
ルークスの目の色が変わった。
「さぁ、“試そう”か」
再び、爆発的な踏み込み。
今度は――真正面から。
マランは影を滑らせるように後退し、剣閃を紙一重で避ける。
しかし、振り抜かれた剣が、背後の岩をまとめて切り裂いた。
バギィィィン!!
塔の圧と、ルークスの筋力強化。
常人では扱えないほどの負荷が剣に乗っている。
「もっと避けろよぉ、魔王ぉ!」
左右、上段、下段――
ルークスの剣が乱舞する。
ひと振りごとに、大地が抉れ、石片が飛び散った。
だが。
その全てを、マランはほんの紙一重の差で躱し続けた。
「なっ……」
ルークスの笑みが薄れる。
(おかしい……塔のブーストを受けた俺の速度に、目で追いついてやがる……?!)
「――そろそろ、こちらも始めるか」
マランが静かに右手を掲げた。
「《影牙刃シャドウ・ファング》」
足元から伸びる影が、黒い牙となって一斉に立ち上がる。
扇状に広がる黒刃の群れが、ルークスへと襲いかかった。
「甘ぇんだよ!!」
ルークスは笑いながら、正面から突っ込んでいく。
影の刃が腕や脚を掠め、鎧を刻む。
肉まで切り裂かれたはずだ。
――だが、ルークスの表情は、一切変わらない。
「ほら見て、血ィ出てんのに、痛くも痒くもな~い♪」
薄く裂かれた腕をぶんぶん振りながら、ケラケラ笑う。
「痛覚なんて、戦いには邪魔なだけなんだよねぇ!
だからさぁ――」
ものすごい勢いで踏み込んでくる。
影刃がルークスの身体をさらに刻む。
しかし、それでも一切怯まない。
「お前の攻撃、“止める力”が足りないんだよッ!!」
真正面からの一撃。
塔の加護と《ノーペイン・モード》で無理やり限界を超えた一撃が、マランへと振り下ろされる。
「――っ」
マランは即座に影へと沈んだ。
「《影潜行シャドウ・ダイブ》」
剣が地面を叩き割る。
石が砕け、塔の足場がえぐれた。
直後、ルークスの背後から、黒い影が立ち上がる。
「《影縫拘束シャドウ・バインド》」
ルークスの足元から伸びた影が、一瞬で両脚を絡め取った。
「おっと?」
ルークスは即座に剣を振り下ろし、拘束を断ち切ろうとする。
だが――その瞬間を、
マランは待っていた。
「隙だらけだ」
「っ……!」
マランの足が、ルークスの顎を鋭く蹴り上げる。
脳が揺れ、視界が一瞬白く染まった。
だが。
「――ははっ!」
ルークスは、蹴り飛ばされながらも笑っていた。
空中で体勢を立て直し、そのまま地面に着地する。
「いいねぇ、いいねぇ!
やっぱりお前、“普通の魔族”じゃねえや!」
血をだらだらと垂らしながら、心底楽しそうに笑う。
「気に入った。
だから――」
剣を斜めに構えた。
「本気で、ぶっ壊してやるよ」
塔の魔力が、さらにルークスの身体に注ぎ込まれる。
血管が紫色に染まり、肌がじわりと黒ずむ。
周囲の空気がビリビリと震えた。
「《狂戦解放バーサーカー・ドライブ》」
その瞬間、ルークスの気配が一変する。
ただのサディストではない。
“戦闘そのもの”だけを愉しむ、純粋な狂気。
(……まだ、上があるのか)
マランは、ルークスの気配を読み取る。
塔と能力に依存した、歪んだ強化。
だが――力そのものは、本物だ。
「なぁ、魔王さぁ」
ルークスが歪んだ笑みを浮かべる。
「お前さえ殺せば、“ネザリア”なんて簡単に潰せんだよ。
五席様がやったみたいにさぁ。
あの時の魔族共の顔、想像すると、すっっげぇ楽しいよなぁ?」
マランの影が、ぐにゃりと揺れた。
胸の奥に渦巻くものが、再び沸騰する。
フェロー。
仲間たち。
血に塗れた住処。
泣き叫ぶマニア。
――だが。
「……そうだな」
マランは、ゆっくりと息を吐いた。
「お前のような連中が、この世界を踏みにじってきた。
だから俺は――」
影が広がる。
塔の足元一帯の地面が、黒く塗りつぶされていく。
「この世界を壊す。
その最初の一欠片として――」
マランは、ルークスを真っ直ぐに見据えた。
「お前を、叩き潰す」
「上等ォォォォ!!」
ルークスが咆哮とともに地を蹴る。
狂気と塔の加護を纏った刃が、黒い影へと突っ込んでいく。
黒と白。
影と光。
魔王と純血の猟犬。
二つの存在が、塔の足元で激突する。
この話もまた執筆量多くなりましたが宜しくお願いします。




