表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

世界の現状と、魔族の誇り

第3話です。

宜しくお願いします。


 風が、血の匂いをさらっていく。


 狩場だった荒れ地に残っているのは、黒く乾いた血と、踏み荒らされた地面だけだ。


 ザナド=リースは、まだ膝をついたまま、ぎゅっと右手を握りしめた。


 さっきまで自分の命が流れ出ていたはずの場所。そこに残る生々しい感触は、不思議ともう痛みを伴っていない。


「……本当に、私は……」


 かすかな驚きと戸惑いが、その瞳に揺れていた。


 マランはそんな彼を見下ろし、ひとつ息を吐く。


「実感が湧かないか?」


「……ええ。死んだはずの自分が、こうして再び立っているのですから」


 ザナドはゆっくりと立ち上がった。指を握り、足を踏みしめる。


 筋肉の動き、魔力の流れ、心核の鼓動。

 どれも以前とは比べ物にならないほど明瞭に、強く感じられる。


「力が……前とは桁違いだ。視界も、気配も、全部、はっきりしている」


「俺の魔力と、お前の魂を混ぜた結果だ」


 マランは肩をすくめる。


「《悪魔生成デモン・ジェネシス》――心核を贄に、悪魔を産み出す魔王の力らしい。お前の場合は、ほとんど“そのまま”悪魔になった感じだがな」


「……“らしい”、ですか」


「ああ。さっき目覚めたばかりで、俺も半分手探りなんでね」


 さらりと言ってのける魔王に、ザナドは思わず苦笑した。


 自分を蘇らせた存在が、完全無欠の絶対者ではなく、どこか人間臭い“新米の王”だという事実は、奇妙な安心感を与えてくる。


(本当に、変な魔王だ……)


 けれど、その“変さ”が、ザナドには心地よかった。


「さて」


 マランは、周囲をもう一度見渡した。


「どうせなら、ここで状況整理といこうか。俺はさっき生まれたばかりの転生魔王、こっちの世界のことはほとんど知らない」


「……そうでしたね」


「お前は生まれも育ちもこの世界の魔族だ。ちょうどいい。俺に教えてくれ」


 マランの紅い瞳が、ザナドを射抜く。


「この世界が、どれだけ腐っているのか。八種族とやらのことも、あの塔のことも、全部だ」


 その言葉に、ザナドは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに頷いた。


「……わかりました。我が王。

 では、まずは――この世界に生きる種族のことから、お話ししましょう」


 ***


 二人は少し場所を移し、岩陰になった小さな窪地に腰を下ろした。


 吹きさらしの荒れ地よりも風が弱く、遠くの塔も見える。話をするには丁度いい。


 ザナドは遠くの地平線、天を突く巨大な影を一瞥してから、口を開いた。


「この世界には、八つの種族が存在します」


「人族、魔族、魔獣族、精霊族、地中族、魚人族、龍族、巨人族――で、合ってるか?」


「はい」


 ザナドは指折り数えながら、一つずつ説明を始める。


「まずは、人族。

 数も多く、文明も発達し、学問や魔術の体系化、道具の製作に優れています。身体能力や純粋な魔力では他種族に劣りますが、その代わり――」


「塔を建てた」


 マランが言葉を継ぐ。


「そうです」


 ザナドの表情がわずかに険しくなった。


「人族は八本の巨大な魔導塔を建て、それぞれの塔から放たれる波動で、他種族を弱体化させています。

 魔族の魔力、魔獣族の獣核、精霊族の自然同調、龍族の覚醒……そういった“種族の核”を、塔は容赦なく削る」


「なるほどな。自分たちより強い相手は、正面から戦うんじゃなく、システムで縛るわけか」


 マランは鼻で笑った。


「前の世界と、発想がよく似てる」


「……?」


「こっちの話だ。続けてくれ」


 ザナドは一瞬首をかしげたが、すぐに話を戻した。


「次に、魔族」


 彼は自分の胸に手を当てる。


「我ら魔族は、魔力と精神の強靭さに優れた種族です。

 誇り高く、何より“自分の意志”を貫くことを重んじます。そのせいで……」


「群れない」


 マランが静かに言う。


 ザナドは驚いた顔をしてから、苦笑した。


「さすがは魔王……ですね。

 はい。魔族は、基本的に群れを嫌います。誰かの下につくことを“誇りの放棄”だと考える者も多い。

 だから国家としてまとまることがなく、それぞれが勝手に、自由に生きている」


「自由に生きて、自由に狩られてるわけだ」


 皮肉まじりの言葉に、ザナドの表情がわずかに曇る。


「……否定は、できません。

 魔族が本気で一つにまとまれば、人族ごときに遅れは取らないはず……。

 ですがそれを“束ねる王”は、これまで現れなかった」


「前の魔王は?」


「……孤高の守護者、のような存在だったと聞いています。

 人族との均衡を保つためには戦いましたが、魔族をまとめる気はなかった。

 それでも“象徴”としての役割は果たしていたのですが――」


 ザナドは少し目を伏せる。


「その魔王も、人族の塔が建ってからは次第に弱り……やがて姿を消しました。

 以来、魔族には“王”と呼べる存在がおらず、今に至るまで数百年……」


「その結果が、さっきの狩りか」


「……はい」


 沈黙が落ちる。


 その沈黙を断ち切るように、マランは口角を上げた。


「なら、ようやく“まとまる理由”が出来たってことだな」


「え?」


「王がいないからまとまらない? じゃあ王がいればいい。

 群れるのが嫌いでも、“一緒に世界をぶっ壊してくれる王”なら、話は別だろ?」


 冗談めかした口調だったが、その紅い瞳は本気だった。


「続きだ。魔獣族は?」


 ザナドは、ほんの少しだけ呆れたような、しかしどこか嬉しそうな表情を浮かべてから話を続ける。


魔獣族ベスティアは、獣の身体と魔力核を持つ種族です。

 純粋な戦闘能力だけなら、全種族でも上位に入ります。群れを作り、縄張りを守り、仲間を何より大切にする。

 ですが……」


「塔のせいで、獣核を抑えられている」


「はい。怒りや闘争本能を鈍らせる“鎮静の波動”が常に流れていて、本来の力の半分も出せていません。

 人族は彼らを闘技場の見世物にしたり、軍事用の“生体兵器”として扱っている」


 マランの眉がわずかに動く。


「闘技場ね……。家畜の鑑賞用、ってわけか」


 覚えのある構図に、腹の奥がじり、と熱を帯びる。


精霊族エルディアは、森や川など自然と深く結びついた種族です。

 自然の声を聞き、癒しや守護の魔術に長けていますが――塔のせいで森は痩せ、精霊たちは次々と消えている。

 地中族グラウドは、鉱石の身体を持つ地下の民。鍛冶や工芸の名人ですが、今は鉱山奴隷として酷使されています」


魚人族マリスは海で、龍族ドラギアは空とことわりを守っていた。

 巨人族ギガスは古代の建設者――ってところか?」


「その通りです」


 ザナドは少し驚いたように目を見開いた。


「……我が王は、何か、こういった“世界の構造”に詳しいのですか?」


「似たようなものを見てきたからな」


 マランは曖昧に笑う。


「支配する側と、される側。それを固定する装置。

 どこの世界も、そういうものを作りたがる」


 AI。

 オルド=システム。

 数字で人間を管理し、効率だけを価値とした機械の神。


(今度の世界は、人間がその“役”をやっているだけか)


 吐き気がするほど、よく出来た悪趣味だ。


「……まだあります」


 ザナドが言う。


「年に一度、八つの種族の代表が集まる『大種族会議』が開かれます。

 本来は種族間の争いを避け、資源の分配や領土の問題を話し合う場……のはずでした」


「“はずでした”、ね」


「ええ。実際には、人族が主催し、他種族の“口出しできる範囲”を決める場になっています。

 しかも……魔族には国家がなく、王も不在。

 ここ数百年、魔族の席は空いたままです」


「……魔族の発言権は、存在しないに等しいわけだ」


「はい」


 ザナドはその場にいなかったにもかかわらず、その時の空気まで感じているかのように顔を歪めた。


「魔族は“暴れるだけの危険な種族”として扱われています。

 塔に弱らされ、散り散りに狩られながらも、それでも群れない愚かな種族だと」


 その言葉には、他人事ではない、深い悔しさが滲んでいた。


「……俺自身も、そう思っていた部分があるのかもしれません」


 ぽつりと、ザナドは言った。


「誰の下にもつかず、誰とも群れず、“誇り”を掲げたまま散っていく。

 それが魔族の生き方だと。

 ――でも、それで何が守れたんだろうって、ずっと、心のどこかで思っていました」


 獣人の子供の怯えた瞳が、脳裏によみがえる。


 守れなかった命。


 届かなかった手。


「強さを誇っても、仲間を守れないなら……そんな誇りに意味なんてない。

 そう思っていたのに、私は結局、一人で突っ込んで、勝手に死んだだけだ……」


 自嘲ぎみに唇を歪めるザナドの言葉を、マランは最後まで黙って聞いていた。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「一つ、訂正しろ」


「……え?」


「お前は“勝手に”死んだんじゃない」


 マランの声は静かだったが、断言する強さがあった。


「お前は弱者を庇って死んだ。

 雑に働いて、何も考えずに死んだわけじゃない。

 少なくとも――俺から見れば、お前の死は、“誇りを貫いた結果”だ」


「……誇り、を……?」


「そうだ」


 マランは短く言い切る。


「問題は、その誇りが“お前一人”で終わっていたことだ。

 お前みたいな奴が十人、百人、千人と繋がっていれば、結果は変わったかもしれない」


 それは、前の世界で何万人という“諦めた奴隷”を見てきた男だからこそ言える言葉だった。


「だから、俺はそれを繋げる。

 お前の誇りは、今日で終わりじゃない。

 これから俺と一緒に、この世界中にばら撒いてやる」


 ザナドの瞳が、見開かれる。


 胸の奥に、熱いものが込み上げた。


「……我が王」


 気が付けば、ザナドは再び膝をついていた。


 先程は召喚の勢いで自然にそうなった。

 今は、違う。


 意識的に、選んで、頭を垂れている。


「私は、生前に何も変えられませんでした。

 守れず、救えず、力が足りず……悔いだけを残して死にました」


 握りしめた拳が震える。


「ですが、貴方は違う。

 前の世界から“それでも世界を嫌い続ける意志”を持ち込んだ、真の魔王だ」


「ちょっと過大評価じゃないか?」


「いいえ」


 ザナドは首を振った。


「この世界を嫌うことは、多くの者ができます。

 ですが、“嫌いなものを壊す覚悟”を持つ者は少ない。

 まして、それを自分のためだけでなく、“誰も奴隷にならない世界”のためにやると言い切れる者は――魔族にも、人族にも、いませんでした」


 そこでザナドは一度言葉を区切り、深く息を吸う。


「だから――この意思は、私のものです」


 真っ直ぐにマランを見上げる。


「強制されたわけでも、命を握られているわけでもない。

 私は私の意志で、マラン=タン=リース様を“我が王”と呼ぶと決めました」


 その言葉には、魔族としての誇りがあった。


 縛られることを嫌う種族が、自ら縛られる道を選ぶ。


 それは屈服ではなく、誇り高い“契約”だ。


「ザナド=リース――」


 マランはその名を呼ぶ。


「お前は本当に、俺に“従いたい”のか?」


「はい。我が王」


「俺は、お前を隷属させるつもりはないぞ。

 俺は奴隷が嫌いだ。前の世界で散々見てきた。二度とああいう真似はごめんだ」


 ザナドの目が一瞬驚きに泳ぐ。


「……では、私は……何として扱われるので?」


「そうだな」


 マランは少しだけ考え、それから笑った。


「“仲間”でいい」


「仲間、ですか」


「そうだ。魔王と従者である前に、同じ方向を向いて歩く奴らだ。

 俺はお前の力を使う。代わりに、お前の望む世界を一緒に目指す」


 ザナドは、言葉を失った。


 予想していた答えではなかったからだ。


 主と従者。

 王と臣下。


 その関係に“仲間”という言葉を使う王を、ザナドは今まで見たことがない。


「……本当に、変な方だ」


 思わず漏れた呟きに、マランは笑う。


「さっきも言っていただろ。俺は魔王らしくないって」


「ええ。ですが――」


 ザナドは顔を上げる。


 その瞳には、迷いがなかった。


「その“変さ”に賭けてみたいと思いました。

 魔族としての誇りを捨てるわけではなく、その誇りを“繋げる”ために。

 我が王――いえ、マラン様」


「なんだ」


「改めて、ここで誓わせてください」


 ザナドは地に片手をつき、もう片方の手を胸に当てた。


「ザナド=リースは、貴方の剣となり、盾となり、道を照らす灯となります。

 この命、この魂、この心核の全てを――貴方の掲げる“誰も奴隷にならない世界”のために使い果たしましょう」


 それは、奴隷の誓いではない。


 誰にも膝をつかない種族が、ただ一人だけ選んだ“王”への誓約。


 マランはしばし沈黙した後、その頭にそっと手を置いた。


「……大げさだな」


「魔族は元から大げさな種族です」


「そうか」


 マランは小さく笑う。


「なら、俺も大げさなくらいに応えてやらないとな」


 目を閉じると、心核の奥に、ザナドの存在が感じられた。


 魔王と、悪魔となった魔族。


 その魂が、ごく自然に“繋がって”いる。


(……これが、俺のもう一つの力か)


 仲間が得た経験や力を、自分の内側にも流し込む共鳴の感覚。


 それはまだぼんやりとしていて、はっきりとした形にはなっていない。


 だが、マランは直感していた。


 ――いつかこの力が、世界を壊すための大きな武器になる、と。


「ザナド」


「はい」


「これから、色々と面倒ごとに巻き込むつもりだ。

 塔を壊す。人族の支配をひっくり返す。

 魔族に国を作らせて、八種族の会議に殴り込む」


 そこまで言って、マランは口を閉じた。


 それ以上は、今はまだ“言わない”ことにする。


 世界をどう壊し、どう作り替えるのか――それは、これからじっくりと形にしていけばいい。


「……今のは、予告みたいなものだ。

 具体的な話は、もう少し落ち着いてからにしよう」


「ふふ、十分すぎるほど、物騒な予告でしたが」


 ザナドは楽しそうに笑った。


「ですが――その全てに付き合う覚悟は、もうできています」


「ならいい」


 マランは立ち上がり、曇り空を見上げた。


 薄い雲の向こうに、ぼんやりと塔の輪郭が霞んで見える。


 今はまだ遠く、小さく見えるそれが、近い未来、真っ先に壊すべき標的になる。


「世界の現状は、大体わかった。

 あとは……壊す順番を考えるだけだな」


「ええ。我が王」


 ザナドも立ち上がり、その隣に並ぶ。


 荒れ果てた大地の上に、二つの影が伸びる。


 世界にとっては、あまりにも小さな影だ。


 だが、この日――


 世界を嫌った魔王と、誇りを抱き続けた魔族の青年は、確かに肩を並べた。


 この世界を壊す、その最初の一歩として。

ややこしい所とかも結構あると思うので忘れないように

出来るだけ更新頻度増やせたらなと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ