残酷なる烈火 ――フェロー最期の戦い
第24話です。宜しくお願い致します。
※これは、マランたちが惨状を目にする“少し前の出来事”である。
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――その日、ネザリアの空はやけに静かだった。
普段なら風に揺れる木々のざわめきや、遠くで鳴く魔鳥の声が彩るはずの小さな集落は、不自然なまでに静寂に包まれていた。
フェローはその違和感を、真っ先に感じ取っていた。
「……妙だな」
胸騒ぎがする。
背筋を氷の爪で撫でられたような感覚。
マラン様たちは精霊族との交渉へ向かった。
今、ネザリアを守る責務は――自分にある。
鍛え上げた腕を組みながら、フェローは住処全体に視線を巡らせた。
子どもたちの遊ぶ声がない。
大人たちの話し声もない。
――静かすぎる。
(……嫌な予感がする)
その瞬間。
――ズシャァン。
遠くで、大木が“根本から切り倒されたような”轟音とともに倒れた。
フェローの目が細められた。
「誰だ……?」
息を呑む間もなく、異様な冷気が背後から迫ってきた。
振り返る。
そこに立っていたのは。
月光を封じ込めたような冷たい美貌。
血のように紅い瞳。
銀糸の髪を靡かせた、氷の刃のような女。
――《第5席》 カレン=ミュゼル。
「……ネザリアね。ここが」
美しい声。だが、その微笑みには色がない。
感情が欠落した氷の殺戮者のそれ。
「あなた……人族か」
「ええ。純血騎士団第5席、カレン=ミュゼル。
魔王を探しに来たのだけれど……不在のようね?」
フェローは沈黙した。
その沈黙を、カレンは勝手な解釈で受け取った。
「……あら。やっぱりいないのね」
その瞳が、血に飢えた獣のように細まる。
「ならば、“メッセージ”だけ残していくことにしましょうか」
その言葉の次の瞬間。
風すら反応できなかった。
カレンの姿が――消えた。
フェローが反応した時、すでに複数の魔族が背中を裂かれ悲鳴を上げていた。
「っ……やめろ!!」
フェローの叫びを、冷笑が切り裂く。
「どきなさい。弱者の悲鳴は嫌いじゃないの」
「テメェ……!」
怒りで目が赤く染まる。
だが、フェローは覚悟した。
(……マラン様は、遠い。
ザナドもシェリーもいない。
守れるのは――俺しかいない)
拳を構える。
「来いよ……第5席だか何だか知らねぇが……
ここは、俺が守る……!!」
カレンは肩をすくめた。
「本気で、私と戦えると思っているの?」
その瞬間――大地が裂けた。
カレンの剣が、光そのものになって降りそそぐ。
斬撃は一本ではない。
一本に見えるが、実際には無数の線が重なっている。
鋭い氷の真空刃。
フェローは両腕を交差させ、防御の構えを取る。
ゴッ――!!
凄まじい衝撃が腕を砕く。
「ぐッ……!!」
折れた。
だが、折れた瞬間フェローは踏みとどまった。
後ろには仲間がいる。
一歩も下がれない。
「……ほう。まだ立つの?」
カレンが薄笑いを浮かべる。
「当たり前だッ……!!」
フェローは体勢を整え、地面を踏み砕いて跳んだ。
「《魔鋼筋レイジ・アーマー》!!!」
全身が鉄のように硬化し、筋肉が膨れ上がる。
その拳は、城壁すら砕く威力。
「おおおおおお!!!!!」
拳がカレンへと迫る――
が、当たらない。
掠りもしない。
「遅いわ」
次の瞬間、フェローの腹に鋭い痛み。
斬られたと気づくより先に、血が噴き出した。
膝が落ちかける。
(く……そ……! まだだ……!!)
フェローは地面を殴って無理やり立つ。
腕は折れ、腹は裂け、呼吸もままならない。
だが。
その背後に、恐怖で震えて逃げ惑う民の影が見えた。
(――守らなきゃ、誰が守るんだよ……!
俺は……“長”なんだよ……!!)
フェローは、再度構える。
「行くぞ……!!」
「しつこいわね」
カレンがため息をついた、その瞬間――
氷の剣が光の軌跡を描き、フェローの左肩を切断した。
「ぐああああああああッ!!」
血が噴き出す。
視界が揺れる。
体が傾く。
それでも。
フェローは倒れない。
残った片腕で、大地を叩いて体を支える。
その姿に、カレンの目だけが細められた。
「……そこまでして、何を守りたいの?」
「決まってんだろ……!」
フェローの全身から血と汗が滴り落ちる。
「俺たちの居場所を……!
マラン様の国を……!
仲間を……!!」
その言葉は、胸から搾り出した叫びだった。
だが――
「価値のないものばかりね」
その吐き捨てるような一言が、フェローの何よりも深いところを切り裂いた。
「黙れッ!!!!」
フェローは最後の力を振り絞った。
「《魔鋼筋・超限界破りオーバーブラスト》!!!!!」
筋肉が裂け、骨が軋む。
本来なら死に直結する“禁じ手”。
身体能力が一時的に爆発的に跳ね上がるが、使用すれば確実に寿命を削る。
フェローは自分の寿命など気にしない。
守れれば――それでいい。
巨拳が、神速でカレンに迫る。
風圧で周囲の木々が吹き飛ぶ。
しかし――
「そう。そんなものね」
カレンは一歩、足を動かした。
たったそれだけで、フェローの拳は空を切った。
そして。
「――終わりよ」
音すらなかった。
フェローの身体が、胴から斜めに裂かれた。
「……あ……?」
自分の身体が崩れていくのを、フェローは一瞬理解できなかった。
地に膝をつく。
血が溢れ、視界が赤く染まる。
それでも。
フェローは顔を上げた。
目の前には仲間たち。
守ろうとした住処。
マランの作った国。
(……マラン様……すまねぇ……
俺……守れなかった……)
その目から、涙が落ちた。
それは痛みではない。
無念でもない。
――仲間を守れなかった、自分への悔し涙だ。
「……娘……」
フェローの頭に、やんちゃでいつも笑っていたマニアの顔が浮かんだ。
最後の力で、震える唇が動く。
「マニア……すまねぇ……守れなくて……」
その声は、風の音にかき消されるほど小さかった。
カレンは興味を失ったように剣を下ろした。
「……魔王への“警告”には十分かしら。
では、これで」
そして、冷酷な足取りで――血に濡れた地を去っていった。
フェローの大きな体は、ゆっくりと地面に倒れた。
その瞳が閉じる直前――
遠くで、幼い魔族の子が泣き叫ぶ声が聞こえた。
(……泣くな……大丈夫だ……
マラン様が……きっと……)
その想いを最後に――
フェローの意識は、静かに途絶えた。
マランたちが見たのは、この“地獄の結果”である。
フェロー……




