絶望の帰還
第23話です。
宜しくお願い致します。
――空気が違う。
セイレーン宮殿から戻る帰路の途中、マランは胸の奥に刺すような痛みを覚えた。
胸のど真ん中――魂核に近い部分を、重い感情が叩きつける。
“怒り”
“悲しみ”
“恐怖と絶望”
全てが混じった黒い奔流。
マランの歩みが止まった。
「……フェロー?」
ファミリアリンクを通して流れ込む感情は、まぎれもなくフェローのもの。
だが、それはあまりにも深く、重く、そして――冷たい。
もう、生きている者の感情とは思えないほど。
「マラン様……?」
ザナドの声が震える。
マランは振り返り、険しい表情で言った。
「……急ぐぞ。ネザリアに何かあった」
影が地を這い、五人を包み込む。
――影歩。
一瞬で森を抜け、荒野を渡り、ネザリアの外周へ跳んだ。
そして――
たどり着いた時、五人は言葉を失った。
◆ ◆ ◆
そこにあったのは、かつての“ネザリア”ではなかった。
簡易の壁は崩れ、住居は半壊し、地面には血が散っている。
魔族たちの呻き声が、遠くからわずかに聞こえる。
焚き火の跡は踏み荒らされ、食料庫は破壊され、武器庫は空になっていた。
――戦場だった。
マニアは胸を押さえ、震える声を洩らした。
「……こんなの、ひどすぎる……」
ザナドはすぐに駆け出し、生存者たちに治癒魔法を施し始める。
シェリーは表情を変えぬまま瓦礫の陰を見て回り、アークレイドは拳を強く握りしめていた。
「……俺が……俺がいたら……!」
悔しさが声に滲む。
◆ ◆ ◆
マランはただ――静かに歩いた。
影が勝手に揺れ立ち昇るほど、怒りが溢れていた。
だが、その表情は無表情だった。
深すぎる怒りが、感情を奪っていた。
そして――
「……フェロー」
崩れた住居の奥。
倒れた巨体が、静かに横たわっていた。
フェローの胸には、深い切り傷が一本。
その周囲の地面には、巨大な足跡や戦闘の痕跡が残されている。
マニアの足が、止まった。
目が、見開かれた。
次の瞬間――
「……いや……」
小さな声だった。
しかしその一言に、すべての悲しみが詰まっていた。
マニアは駆け寄ることもできなかった。
ただその場で崩れ落ち、両手で顔を覆った。
「いやだよ……フェロー……お父さん……起きてよ……っ!!」
喉の奥が潰れるほどの嗚咽。
マランはしばらくその姿を見ていた。
だが――限界だった。
影が暴れていた。
怒りが、抑えられなくなっていた。
「マラン様……!」
ザナドが駆け寄り、震える声で呼びかける。
しかし、マランはその声が聞こえない。
怒りのオーラが、黒い渦となって足元から天へ昇る。
影が荒れ狂うほどの殺意。
周囲の魔族たちは息を呑み、震え上がるほどだった。
シェリーがそっとマランの前に立ち、静かに肩へ手を触れた。
「……マラン様。今は、娘さんを……」
マランの拳が震えた。
壊れるほど強く握り締め、唇を噛む。
「……許さない」
その一言は、まるで世界を凍りつかせるほど冷たかった。
◆ ◆ ◆
そのとき、生き残りの魔族たちが集まり、震える声で告げた。
「……き、騎士の中でも……えぐい女が……来たんだよ……!」
「赤い髪の……笑いながら殺す……魔族を玩具みたいに……!」
「純血騎士団の……女だ……十傑の……!」
アークレイドが静かに目を伏せた。
その表情は、深い後悔と、怒りに満ちていた。
「……女……十傑……」
苦しそうに喉を鳴らし、彼は言った。
「……第5席……カレン=ミュゼルの仕業だ」
その名前が告げられた瞬間――
マランのオーラが、一気に冷え切った。
とてつもなく静かで、深い怒り。
目には一切の感情がなかった。
「……カレン」
怒りを越えた“殺意”が、ただその一言に込められていた。
◆ ◆ ◆
マランは振り返り、マニアの肩に手を置いた。
震える少女の声が、掠れている。
「……マランさま……お父さん……」
マランは静かに言った。
「マニア。お前の願いは、必ず叶える」
その声は凪のように静かで――
だからこそ、恐ろしいほど深い怒りを孕んでいた。
「……フェローを取り戻す。失われた命もすべて……俺が戻す」
その宣言は、決して慰めではなく――
魔王の“約束”だった。
そしてマランの影が地面に大きく広がり、黒い波紋となって震えた。
――純血騎士団・第5席、カレン。
――必ず、殺す。
マランのその言葉が発せられた瞬間、倒れた住処の上空で雷雲が震えた。
怒りの魔力が世界に滲み出るほどの、深い怒りの決意だった。
夜風が吹き、血の匂いが揺らいだ。
この回描くの嫌でした…




